fate(槍弓)

「私、アイスが食べたい。買ってきてランサー、ソーダ味」
暑さに全員がうだるある夏の午後二時、凛が言った。畳の上に寝転がりぱたぱたと団扇を扇ぐ青髪の男は、面倒くさそうに顔を凛に向けた。
「なんでオレが」
「だって一番暇そうだもの。私には勉強があるし、いつもタダで食べてる御飯代のかわりにちょっとは働きなさいよランサー」
ランサーは片眉をあげ反撃のために口を開きかけたが、しばらくして無言で顔を逸らし、ため息をついた。
「わかりましたよお嬢様」と、のっそり起き上がる。
「行こうぜアーチャー」
と居間で洗濯物を入れ終えた男を見もせずに誘い、玄関へ向かう。凛の向けた視線に肩をすくめ、アーチャーは無言でランサーの後を追った。
 がらりと戸を開け「あっちぃ」とランサーは呟く。会話もなく、真っ青な空の下をのろのろと5分先にあるコンビニへ向かって歩く。アーチャーは不意に訪れるランサーとの時間が嫌いではなかった。
二人きりで沈黙だけが続いても、共に歩く度に思うことを男の背中を見ながら、また、思った。
コンビニが10分先にあればよかったのに。否、10分でなくとも、2分でも、1分でも、少しでもこの男と歩ける道が長ければいいのに。
アーチャーは己の奥底にある欲望にとうに気づいていた。アーチャーの欲望は目前の男が欲しいと全身を振り絞って泣き叫んでいる。
きっと、どれだけの時間を共有しても足りず、たとえ二人だけの時間を共有してもなお足りないのだ。
 ――――そして、かつてこの故郷を失くしたように、この男も失くすのか。
 唐突に湧き上がった思いをかき消すように、つい、と片手をあげたままアーチャーは固まった。
二歩ほど前を行く青い髪の男は後ろのアーチャーが動きを止めたことに気づかぬまま数歩歩き、ゆるく止まった。ひょい、と後ろへ振り向き片手をあげたまま静止する褐色の男に声をかける。
どうしたんだアーチャー、凄い顔してるぞ。
笑い飛ばしたランサーは、しかしアーチャーの周囲に漂う空気を感じ、笑い声を徐々に沈ませる。
真夏の住宅地、人の姿はない。焼かれた鉄板の上にいるような暑さの中で、くたびれた街路樹から蝉の鳴き声が響いている。道沿いの白い壁に二人の真っ黒な影が僅かに伸びる。
沈黙の中で、アーチャーはかさついた唇をそっと結び、あげていた右手を下ろした。
空気も熱で歪む午後に、二人は汗もかかず距離を保ったまま立ち尽くしている。
 先に動いたのはランサーだった。容易く距離をつめ、アーチャーの武骨な手に筋張った白い手で触れ、びくりと弾かれるように跳ね除けようとする手を離すまいと握りしめる。
アーチャーの手首に、ひんやりとしたランサーの体温が伝わり、アーチャーは目尻を仄かに赤くした。
「どうしたんだアーチャー」
低く囁くようにランサーが呟く。
アーチャーは目を逸らし俯きながら、なんでもない、なんでもないんだ、はなしてくれと吐息交じりに告げる。
 離さない、はなしてくれ、離さない。
押し問答に焦れたアーチャーは、私はもう家に帰ると身を翻そうとし、ランサーに背を向けた。その身体を勢いで抱きこみ、ランサーは言った。
「今、お前を帰したらいけない気がする」
その言葉に、アーチャーは掴まれていない方の掌で顔を覆った。
どうしたんだと問うランサーに、君こそ恋人でもないのだから私に構うこともないのだ、と答える。ランサーは押し黙った。
二人の身体が重なった部分は熱を帯び、互いの体温を上昇させる。
「……なってもいいかもしれないな」
冗談とはとても思えぬトーンの低い言葉に、アーチャーはあえて「冗談はやめたまえよ」と返す。
その声を聴いたランサーは、アーチャーの身体をぐっと強く抱いた。
「やめてくれ」
アーチャーは吐き捨てる。
ただ昔の感傷に浸ってしまっただけだ。昔の夏を思い出しただけだ。
もうこれ以上捨てなければならないものを増やさないでくれ。
ランサーはその目を閉じ、背を向ける男の首筋に顔をうずめた。
「お前の恋人ってのもいいかもしれないな。お前を、慰められるのなら」
首筋に当たる男の乾いた唇が喋る感触に全身を逆立てながら、やめてくれ、私は嫌だと吐かれた嘘は、夏の揺らめく空気にかき消された。
2/34ページ