fate(槍弓以外)

ひゅう、と鋭い空気が喉を通った。湿気まじりの生暖かい空気が二人の間に充満している。目前には大柄な男の生まれたままの身体、思わず腕を目の前で振り、直視してはならないと一歩後ずさった。士郎の足掻きに、ふん、と呆れた声が前で発せられる。
「風呂を使う許可ならば凛から得たぞ」
「いや、アーチャー……悪い。って、なんだよ遠坂はうちに関係ないだろ」
ここは俺の、俺と切嗣の家なんだから。その言葉を、喉元の寸前で押しとどめた。それは、この武家屋敷が弓兵の家であっても構わないという願いを否定したくなかったからだ。
「邪魔してごめん、あ……」
使用中の浴室に侵入した俺が確かに悪いのだから、せめてアーチャーの目を見て謝罪すべきだ、と面をあげ凍りついた。褐色の鍛え抜かれた重い身体、その一面に這う傷跡を目の当たりにする。彼の歴史を形としてとどめている身体は、士郎の腹の底をざわめかせるほど力強く、圧倒的だった。
「謝りながらも退かない、面倒だな。私はさっさと湯を浴びたいのだがね、いつまでこうしていろというんだ。いい加減寒いのだがな」
嘘だろ、噎せかえるほどの蒸気と傷跡だらけの裸体に俺の頭は逆上せきっている。
「ごめん、いや、下がるから……ゆ、ゆっくり、してくれよ……」
バネ仕掛けの人形のように180度身体を回転させ、ぎこちなく出入り口へ足を踏み出す。二歩三歩と雲の上を歩くようにふわふわと移動し、最後扉の脇をすり抜けようとして――
「……いっ、いでっ、いたただだ」
強い音と共に右足の小指を扉の角へ強かに打ちつけた。
「……騒がしい奴だな、みっともない」
憎まれ口を叩く弓兵は裸体のまま士郎に近づくと、荒い手つきで赤い髪ごと頭蓋骨を片手で掴みあげ、軽々と廊下へ放り出した。その反動で尻もちをついた士郎を笑い、後ろから耳殻に口を寄せ、囁く。
 ――――精々、私の身体を好きなだけ眺められる力を得るために努力するがいい。最もそんな日などそう簡単にはこないだろうがな。
そう言い残すと同時に、ぴしゃりと浴室の戸は閉められた。何者の侵入も許さないというかのように。
「……はー、わかってない。わかってないだろうアーチャー」
好意を持っている相手の裸体なんて、いつどんなときでも真っ直ぐ見られるわけがないじゃいか。浴室からシャワーが床を叩く音がする。うう、と呻いた士郎は、そのまま頭を抱え、どうか沸騰した頭よ冷えろと、ひんやりとした板張りの床へ額を強く押し当てた。
6/8ページ