fate(槍弓以外)

 巨人を納めるための棺がいくつも並んでいるようだった。巨大な箱型の倉庫には各々の番号がプレートによって割り振られ、雨水を流すために傾いている屋根に立つことのできる弓兵にも、その全てを見渡すことはできなかった。
弓兵は屋根と屋根の間を、計画された通りに進んでいく。彼方で爆発が起こった。予定より二分早いが、弓兵は何故食い違いが起こったのかを確かめることはしない。あくまで一方の陣営だけを、誰に見られることもなく視察する計画だった。
弓兵を召喚した少年は、戦い方も魔術もろくに学んでいなかった。ただ目の奥に炎を燃やすだけの、未熟な子供だった。
弓兵の姿を隠しきらねば、マスターの持つただでさえ少ない切り札は、その力を失うだろう。弓兵はくるりと身体を回転させ、霊体を足元の暗闇へ侵入させた。

怪我をした少女を少年が担ぎ込む。棺に見える建物の一角に"師匠"がいるのだと少年は言い、俺は治療ができる人間のところに行くと言って姿を消した。
埃臭い空気の中に、ヒトが一人、確かにいた。彼はいた。
陰にはぽつりと一脚の椅子が置かれているようだった。弓兵に天井の小窓から日光が降り注いでいるせいで、眩しさに目がくらみ座る人間をよく見ることができない。これでは逆だ、と弓兵は思った。
人間にこそスポットライトは当たるべきなのだ、私などという存在ではなく、と。
「悪いな……足を悪くしていてね。立ち上がるのにも一苦労なんだ。椅子から失礼するよ。……しかし、君は余程この地に縁があるんだなあ。そうだな、君はこの地の人間だものな。それも当たり前か」
弓兵は警戒に身を強張らせた。短く問いを発する。
「何者だ。貴様は私のなにを知っている」
掠れ気味の、低い声をした男は苦笑したようだった。
「なにを知っているかと、それは。それは君の『生』だろうな。……ああ、君の外見は若かったんだな。……本当に若い」
戸惑う弓兵は、奥を見遣った。
「マスターの師匠とは、貴様のことか?」
「そんな大層なものではない。あの子が私に懐いてしまっただけだ。可哀相な子でね。振り切ることも出来ずにこんなところにまで連れてきてしまった。だが君が傍にいてくれるなら……うーん、どうだろうな」
初老の男は持っていた杖の上で手を組んだ。
「君はどうだ。今回は、今回も、勝てそうかい」
「……」
「――もう若くないんだ、俺も。こんな場所で君と再び会うとは思っていなかった。世界というのはいつまでも悪戯が好きなんだな」
 弓兵は男の声になにも返すことができず、光の中に立ち尽くした。問いたいことは沢山あったけれど、それは今問うべきことでもない気がした。
ただ一つだけ、弓兵には望みがあった。それを男は理解したらしい。持っていた杖を傍らに置き、どこか懐かしく、全身に沁みついた言葉を口で刻む。
ひゅっ、と空気を二刃が切り裂いて、ガン、と弓兵の左右の地面に突き刺さった。同じ生を辿り、違う道へと行ったらしい男が鍛え上げた双剣は、アーチャーが見たことのない構造をしていた。余分なものをそぎ落とし、無駄な動きなく手に吸いつく双剣。
「君のものとは違うだろうな。君はそれを自分のものにしたいと思うか?なに、今に生から降りようとしているちっぽけな人間の道楽だとも、こんな質問は」
弓兵は口を固く結び、丁重な手つきで双剣を地から引き抜いた。洗練されたフォルムの、今の弓兵の身体へは完全に合致しない、研ぎ澄まされた白刃。
「これが……ここが、貴方の、行きついた処か」
「私なりの、答えだよ。それが私の答えの全てだ。……戦え、弓兵よ。君のマスターと共に。私も手を貸そう。十分な身体ではないがね」
アーチャーは光の中から歩み出でて、椅子に座る男の手を握った。皺が寄り、魔術に焼けボロボロになった手は、若々しく張り詰めている弓兵の手を握り返す。英霊となった弓兵にはなれない、晩年の手。
「君を見ていると、私が君くらいだった頃を思い出すことができる。……世界は醜く、だからこそ人は愛おしく、それゆえに諦めることが惜しかった。この命を捨てることさえ惜しくないほどに。私は見た、君の見た景色を見た。そして私は君の後を追うのだろうな」
弓兵は迷い、それでも聞くべきだと思った。
「――――あなたは、おれになるのか?」
男は肩を竦め、ゆっくりと首を振る。
「それには答えないでおこう。さあ、動く時間だ。私たちは今、時の流れに身を任せなければならない。思うだろう?聖杯戦争とは、実に業の深いものだよ」
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