グラブル(フェルラガ)
「はァ」
ラガッツォはソファに寝そべりながらため息をついた。穏やかな昼下がり、窓の外からは子供たちが遊ぶ声が響いてくる。突き抜けるような夏の空が青々と広がっていた。
先程まで目を通していた手紙に再び視線を落とす。差出人はラヴィリタだ。遠くに出張している彼は、フェルディナンドに報告書を提出するついでにとラガッツォによく挨拶文を寄越してくる。相変わらずまめな性格をしている、とラガッツォは改めて思った。ラヴィリタの性格を示すように、如才ない文字で手紙は綴られている。
『新しい土地は日差しがとても厳しく、服の新調が必要になりました。土地の人々は社交的ですが、意外と警戒心が強く困ります……』
色々と書いてあるが、ラヴィリタはああ見えて根っからの商人だ。新しい土地でもうまくやるだろう。
ラガッツォは上半身を起こすと机の上に置かれていたレターセットとペンを手元に引き寄せた。ペンをインクに浸し、しばらく考えたあと手紙を書きだす。
『元気そうでよかった』
……それから? 俺は何を書けばいいんだ。いつもアイツへの手紙には何を書けばいいのかわからず困ってしまう。
『俺はフェルディナンドと光華大会へ行く予定だったが、大雨が降って中止になった。今年はもうやらないらしい。残念だとふたりで言い合った……』
その日フェルディナンドは、すっかり日が暮れて家が夜の帳に包まれた頃に帰ってきた。ラガッツォはキッチンから顔を出し、彼を迎える。
「おかえり。……なんだその荷物」
フェルディナンドは両手に大きな包みを抱えていた。いつものシャツに夏用のジャケットを羽織った彼は、荷物でふさがった両手を上げたままラガッツォの頬にただいまのキスをした。
「ただいま。ほら、仕立てを頼んでいただろう。大通りの衣料店に、光華大会に着ていくためのユカタヴィラを」
「あァ……」
ラガッツォは口元を曲げ、衣料店のロゴが縫い取られた袋を見やった。確かに仕立てを頼んだとは聞いていたが、光華大会が中止になった今となっては、少なくとも一年は出番がないだろう。
「それと、これも買ってきたんだ。どうだい」
フェルディナンドはごそごそと別の袋を探って、小さな包みをラガッツォにかざしてみせた。
「線香光華だ。これなら私たちの庭でもできるだろう? 今年は光華大会に行けなかったからね」
どうだい? とフェルディナンドが首を傾げる。
「……やる」
ラガッツォはどこか拗ねたように言った。その胸の奥に満ちる歓びに気づいているかのように、フェルディナンドの瞳がきゅっと細くなる。
「それじゃあ、晩御飯を食べたら着替えて光華をしよう」
「コレ、どう着ればいいんだァ」
ユカタヴィラを広げて戸惑うラガッツォに微笑みかけながら、フェルディナンドがキッチンから出てきた。彼の手がラガッツォの手に重なる。皿洗いを終えた彼の手はほんのりと湿っていた。
「着せてあげよう。まずは下着姿になって」
指示に従い、下着姿になったラガッツォにユカタヴィラを羽織らせ、フェルディナンドが布地を持ち上げる。
「ほら、この線を身体の横にあわせるんだよ」
彼はそう言いながら器用な手つきでラガッツォの胴体に布地を巻き付け、手早く紐で括る。襟元をぐっと持ち上げられ、全体の姿が整っていく。
ラガッツォのユカタヴィラは、深い紺色をベースに鮮やかな青い花が散りばめられていた。鏡越しにいつもとは違う格好をした自分を見つめる。フェルディナンドが深い緑色の帯を腰に巻き付けた。彼の吐息が首筋にかかる。
ほのかな熱を感じた。胸の内に生じた熱が、ぐるぐると身体を回っていく。頬に赤みが差し、フェルディナンドにもこの熱がわかるんじゃないかと恐れたところで彼が離れていく。
「私も着替えないとね」
そう言いながら彼がシャツを脱ぎ出したので、ラガッツォはそっと目線を外した。
外は深く暗い闇に包まれていた。むっとした熱気が顔に吹き付ける。天では煌々と星が輝いている。家を囲む自然が濃く香り、植物の呼吸している音が聞こえてくるようだった。
ラガッツォは芝生を踏みしめ、庭に出てさりげなく背後を振り返った。家の明かりに照らされたフェルディナンドは、濃い灰色のユカタヴィラに銀色の帯をあわせ、涼しそうな表情をして立っていた。
フェルディナンドがマッチを擦り、ロウソクに火を灯す。ふわりと周囲が照らされた。
「線香光華は初めてだなあ。何色なんだろうね」
楽しそうな声がラガッツォに向けられる。
「色とかあんのかよォ。火の色じゃねェの」
「それじゃあつまらないじゃないか」
フェルディナンドがすらりとした指先を伸ばし、ほどいた包みから線香光華を取り上げる。ラガッツォも彼に倣い、一本手に取った。
じじ、と音をさせてロウソクから火が移る。やがてパチパチと音をさせて火花が散り出した。
火薬の匂いが辺りに漂う。小さな光がふたつ、フェルディナンドとラガッツォの間に灯る。
「……来年は、光華大会やるといいな」
「そうだね」
フェルディナンドが花火越しに微笑んでいた。彼の表情を目にして、ラガッツォの胸が熱く焦げる。目線をわざと外し、ぶっきらぼうに言う。
「来年は、一緒に行けるといいな」
フェルディナンドは、底の見えない瞳を細め、小さく囁いた。
「来年も、一緒に行けるよ」
ぽとり、と花火が地に落ちる。静かな闇の中で、鳥が甲高く鳴いた。
ラガッツォはソファに寝そべりながらため息をついた。穏やかな昼下がり、窓の外からは子供たちが遊ぶ声が響いてくる。突き抜けるような夏の空が青々と広がっていた。
先程まで目を通していた手紙に再び視線を落とす。差出人はラヴィリタだ。遠くに出張している彼は、フェルディナンドに報告書を提出するついでにとラガッツォによく挨拶文を寄越してくる。相変わらずまめな性格をしている、とラガッツォは改めて思った。ラヴィリタの性格を示すように、如才ない文字で手紙は綴られている。
『新しい土地は日差しがとても厳しく、服の新調が必要になりました。土地の人々は社交的ですが、意外と警戒心が強く困ります……』
色々と書いてあるが、ラヴィリタはああ見えて根っからの商人だ。新しい土地でもうまくやるだろう。
ラガッツォは上半身を起こすと机の上に置かれていたレターセットとペンを手元に引き寄せた。ペンをインクに浸し、しばらく考えたあと手紙を書きだす。
『元気そうでよかった』
……それから? 俺は何を書けばいいんだ。いつもアイツへの手紙には何を書けばいいのかわからず困ってしまう。
『俺はフェルディナンドと光華大会へ行く予定だったが、大雨が降って中止になった。今年はもうやらないらしい。残念だとふたりで言い合った……』
その日フェルディナンドは、すっかり日が暮れて家が夜の帳に包まれた頃に帰ってきた。ラガッツォはキッチンから顔を出し、彼を迎える。
「おかえり。……なんだその荷物」
フェルディナンドは両手に大きな包みを抱えていた。いつものシャツに夏用のジャケットを羽織った彼は、荷物でふさがった両手を上げたままラガッツォの頬にただいまのキスをした。
「ただいま。ほら、仕立てを頼んでいただろう。大通りの衣料店に、光華大会に着ていくためのユカタヴィラを」
「あァ……」
ラガッツォは口元を曲げ、衣料店のロゴが縫い取られた袋を見やった。確かに仕立てを頼んだとは聞いていたが、光華大会が中止になった今となっては、少なくとも一年は出番がないだろう。
「それと、これも買ってきたんだ。どうだい」
フェルディナンドはごそごそと別の袋を探って、小さな包みをラガッツォにかざしてみせた。
「線香光華だ。これなら私たちの庭でもできるだろう? 今年は光華大会に行けなかったからね」
どうだい? とフェルディナンドが首を傾げる。
「……やる」
ラガッツォはどこか拗ねたように言った。その胸の奥に満ちる歓びに気づいているかのように、フェルディナンドの瞳がきゅっと細くなる。
「それじゃあ、晩御飯を食べたら着替えて光華をしよう」
「コレ、どう着ればいいんだァ」
ユカタヴィラを広げて戸惑うラガッツォに微笑みかけながら、フェルディナンドがキッチンから出てきた。彼の手がラガッツォの手に重なる。皿洗いを終えた彼の手はほんのりと湿っていた。
「着せてあげよう。まずは下着姿になって」
指示に従い、下着姿になったラガッツォにユカタヴィラを羽織らせ、フェルディナンドが布地を持ち上げる。
「ほら、この線を身体の横にあわせるんだよ」
彼はそう言いながら器用な手つきでラガッツォの胴体に布地を巻き付け、手早く紐で括る。襟元をぐっと持ち上げられ、全体の姿が整っていく。
ラガッツォのユカタヴィラは、深い紺色をベースに鮮やかな青い花が散りばめられていた。鏡越しにいつもとは違う格好をした自分を見つめる。フェルディナンドが深い緑色の帯を腰に巻き付けた。彼の吐息が首筋にかかる。
ほのかな熱を感じた。胸の内に生じた熱が、ぐるぐると身体を回っていく。頬に赤みが差し、フェルディナンドにもこの熱がわかるんじゃないかと恐れたところで彼が離れていく。
「私も着替えないとね」
そう言いながら彼がシャツを脱ぎ出したので、ラガッツォはそっと目線を外した。
外は深く暗い闇に包まれていた。むっとした熱気が顔に吹き付ける。天では煌々と星が輝いている。家を囲む自然が濃く香り、植物の呼吸している音が聞こえてくるようだった。
ラガッツォは芝生を踏みしめ、庭に出てさりげなく背後を振り返った。家の明かりに照らされたフェルディナンドは、濃い灰色のユカタヴィラに銀色の帯をあわせ、涼しそうな表情をして立っていた。
フェルディナンドがマッチを擦り、ロウソクに火を灯す。ふわりと周囲が照らされた。
「線香光華は初めてだなあ。何色なんだろうね」
楽しそうな声がラガッツォに向けられる。
「色とかあんのかよォ。火の色じゃねェの」
「それじゃあつまらないじゃないか」
フェルディナンドがすらりとした指先を伸ばし、ほどいた包みから線香光華を取り上げる。ラガッツォも彼に倣い、一本手に取った。
じじ、と音をさせてロウソクから火が移る。やがてパチパチと音をさせて火花が散り出した。
火薬の匂いが辺りに漂う。小さな光がふたつ、フェルディナンドとラガッツォの間に灯る。
「……来年は、光華大会やるといいな」
「そうだね」
フェルディナンドが花火越しに微笑んでいた。彼の表情を目にして、ラガッツォの胸が熱く焦げる。目線をわざと外し、ぶっきらぼうに言う。
「来年は、一緒に行けるといいな」
フェルディナンドは、底の見えない瞳を細め、小さく囁いた。
「来年も、一緒に行けるよ」
ぽとり、と花火が地に落ちる。静かな闇の中で、鳥が甲高く鳴いた。
