グラブル(フェルラガ)

「ラガッツォ君、きみ、僕の娘婿にならない?」
「……ハァ!?」

「ってことがあってよォ」
 ラガッツォは眼前に置かれたトマトジュースを一気に呷って、グラスをどしんと机に置いた。
「へぇ」
 向かいの椅子に座ったフェルディナンドが組んだ足の上に手を置いて微笑む。
 ラガッツォはここ数日、ナビスの任務のためにとある商会へ「取引」に赴いていた。様々な理由があって表では流通させることのできない品々を裏社会で捌くという仕事だった。
 取引先にいたのはでっぷりと太った腹を抱えた初老の社長だった。一見朗らかで、人当たりのいい男だったが、ラガッツォの鼻は彼が狸であることを嗅ぎつけていた。だが取引に関係のないことをいちいち突いても仕方ない。ラガッツォは納入品の並べられたリストを片手に倉庫で中身をチェックしていた。
 そこに現れた社長が言ったのだ。
「なんでも娘の婿候補が金持って逃げたんだってよ」
「へぇ、それは初耳だなあ。彼、私には色々話してくれていると思っていたんだけどね」
「そうなのか? まあともかく、だから、俺にその後釜に収まれと……」
「勧誘されたわけだ」
「そう」
 ラガッツォは肩を竦めると立ち上がり、居間のソファに移動した。テーブルの上に置いていた読みさしの本を取り上げ、栞の挟まっている頁を開く。
「それで、きみはなんて返事したんだい」
 ラガッツォは本に目を落としながら気のない返事をした。
「別にィ。知らねえ奴と結婚する趣味はねェなって言ったよ」
「……じゃあ、知っている子とだったら結婚するのかい?」
 フェルディナンドがラガッツォを追いかけ、ソファの肘置きに浅く腰を掛けた。上目づかいで彼を見上げると、身体の大きさも相まって壁が覆いかぶさってくるようだ。白い掌が伸び、ラガッツォの額を撫でた。
 くすぐったさに目を閉じる。
「なんだよ、今日は随分絡むじゃねェか。アンタ、俺が結婚するの嫌だとでもいうつもりかァ?」
「それは、勿論、私はきみのパパだから祝福したいよ。でもね、息子が結婚するところを想像するととても寂しいじゃないか……」
 フェルディナンドが雨に降られた犬のようにしょげていた。普段はみることのない彼の寂し気な表情に、ラガッツォは胸の高鳴りを抑えながら、手を伸ばした。
「何言ってんだよ。アンタはどうせやりたいようにするだろ。寂しいっていうなら、また俺を攫ってみせろよォ。何度だって攫えよ、俺をアンタの元に。俺は喜んでついていってやるよ」
 かたちのよい瞼が薄っすらと開かれ、フェルディナンドの碧い瞳が姿を現す。
「……そうだね。きみにはいつまでも隣にいてほしいから」
 フェルディナンドがラガッツォの耳朶に触れ、柔らかな部分を数度揉んだ。
「ねえ、ラガッツォ。きみ、ピアスに興味はないかい?」
「ピアス? そのうち開けたいと思ってはいるけど」
「じゃあ、パパとお揃いの場所に開けないかい? お揃いのピアスをあげるよ。近いうちにね」
「ふぅん。アンタがつけてくれるなら、つけるかもな」
 ラガッツォは視線をフェルディナンドから逸らし、本の世界に戻った。そんな彼の頬にフェルディナンドはそっと口づける。
「楽しみだなあ。きみの耳には、私が穴を開けてあげようね」
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