グラブル(フェルラガ)
「なにを作ってんだァ?」
フェルディナンドの気配を求めて家の中をウロウロしていたラガッツォは目的の相手をキッチンで発見した。フェルディナンドはいつも着ている黒いシャツの上から生成りのエプロンを掛け、長袖を腕の中ほどまで捲っていた。彼の頑丈な腕が晒され、指先から身体まで刻まれている刺青の紋様が覗いている。
その腕は、大きな銀色のボウルを抱えていた。
机の上には卵や薄力粉、泡だて器などが並んでいる。
「クッキーを作るんだよ」
おいで、という甘い言葉に誘われてラガッツォはフェルディナンドの身体に寄り添った。見上げると、彼の碧い瞳が優しい光を湛えてラガッツォを見下ろしていた。
「明日はホワイトデーだろう? きみがバレンタインにチョコをくれたから、そのお返しにと思ってね」
「あァ……」
そういえば、と思い出す。バレンタインの直前に街へ行くと、「大切なあの人に」という売り文句と共にチョコレートが店頭に山積みになっていた。ラガッツォはフェルディナンドが酒と共にチョコレートを食べていたことを思い出し、甘いものが嫌いではないだろう、と思って買って帰ったのだ。
「そんな、わざわざ」
「おや、いらないのかい? パパの作るお菓子がきみは好きだろう? 違うかい?」
ラガッツォは目尻を赤く染めながら、首を振った。
「……違わねェ」
ふふ、とフェルディナンドが笑う。ラガッツォはふと思いつき、「じゃあ、俺も手伝う」と言った。
フェルディナンドは困惑したように眉を寄せる。
「いいのかい? きみにあげるためのものなのに」
「構わねェよ。ふたりでやったほうが早ェだろ」
それにアンタと一緒になにかをできるのが嬉しい、という言葉は口に出さなかった。
「じゃあ薄力粉を篩ってもらおうかな」
ラガッツォは渡された道具を手に、フェルディナンドの隣に立った。二の腕がフェルディナンドの腕に触れる。彼の体温を間近で感じ、ラガッツォは彼にずっと触れていたいと目を伏せた。
フェルディナンドがバターと砂糖、卵を混ぜ合わせ、篩にかけた粉をそこに投入する。冷蔵庫で生地をしばらく冷やしてから伸ばすと、フェルディナンドはラガッツォの前に様々な形をした型抜きを広げた。ハート、星、月、他様々な形をした金属がころんと転がっている。無性に恥ずかしい気持ちを抱き、ラガッツォはハートの形をした型から敢えて手を遠ざけた。
「たのしいなあ。きみが子供の頃もこうして一緒にお菓子を作ったことがあるんだよ。トッピングを任せたら生クリームを鼻のてっぺんにくっつけていてね、かわいかったなあ。あの頃からだね、きみが喜んでくれるから私はお菓子作りが上手くなったんだ」
ふぅん、と鼻を鳴らし、ラガッツォは生地をくり抜いていく。フェルディナンドはそれを鉄板の上に手際よく並べていった。
焼くからしばらく時間がかかるよ、というフェルディナンドの言葉に従い、コーヒーを淹れてソファに座る。フェルディナンドが隣に座ったので、ラガッツォは本を開きながら彼の太腿に頭を乗せた。
行儀が悪いよ、と怒られるかと思ったがフェルディナンドは何も言わなかった。彼の手がラガッツォの髪に伸び、目に眩しい赤色を指に巻き付けては解く動きを繰り返す。
昼下がり、遠くで鳥が鳴いた。ふたりしかいない家には静寂が満ち、時折ラガッツォが本を捲る乾いた音だけが響いていた。
二つのマグカップが机の上で身を寄せ合っている。
やがて、家中に甘い匂いが充満してきた。ラガッツォは鼻をひくつかせ、胸いっぱいに空気を吸い込む。
――しあわせって、こんな匂いなのかもしれねェな。
ラガッツォは開いた本を胸に伏せながら思った。
焼きあがったことを知らせる音が鳴り、フェルディナンドはソファから立ち上がる。彼のあとを追って、ラガッツォは鳥の雛のようについていく。
焼きあがったクッキーは湯気を立て、きつね色に色づいていた。フェルディナンドは扇いで冷ましたハート型の一枚を手に取ると、ラガッツォの口元に差し出す。
「ほら、ラガッツォ。味見をしてくれるかい? あーんして」
「はっ……?」
ラガッツォはしばし躊躇うと、やがておずおずとフェルディナンドが持つクッキーに直接歯を立てた。噛み砕くと、甘く香ばしい味が口いっぱいに広がる。
ラガッツォはクッキーを咀嚼し、フェルディナンドを見上げた。彼は鉄板を風通しのいい場所に置きながらラガッツォに微笑みかける。。
「どうしたんだい? おいしくなかった?」
ラガッツォは慌てて首を横に振った。
「なァ……我が儘言ってもいいか?」
「なんだい、なにか難しいことかな」
フェルディナンドの目が可笑しそうに細められる。白い睫毛が透き通って光を弾いていた。
「来年も、焼いてほしい。その次も、その次も、ずっと」
「なんだ、そんなことか」
フェルディナンドが手を伸ばし、ラガッツォの頭を撫でる。触れたものを慈しむその手の動きに、ラガッツォは陶然と身を任せた。
「何度でも作ってあげるよ。チョコも、クッキーも、ケーキも、なんでもね。きみが欲しがるものは、なんだって作ってあげる。ラガッツォ、だから私の傍にずっといるんだよ」
フェルディナンドの言葉にラガッツォは頷いた。
――アンタの愛は甘く舌の上で溶け、俺の身体を満たす。俺はアンタの掌から愛を与えられ続ける。
ラガッツォは物欲しげな眼差しでフェルディナンドを見つめる。フェルディナンドは微笑み、再びクッキーをラガッツォの口元に差し出した。
フェルディナンドの気配を求めて家の中をウロウロしていたラガッツォは目的の相手をキッチンで発見した。フェルディナンドはいつも着ている黒いシャツの上から生成りのエプロンを掛け、長袖を腕の中ほどまで捲っていた。彼の頑丈な腕が晒され、指先から身体まで刻まれている刺青の紋様が覗いている。
その腕は、大きな銀色のボウルを抱えていた。
机の上には卵や薄力粉、泡だて器などが並んでいる。
「クッキーを作るんだよ」
おいで、という甘い言葉に誘われてラガッツォはフェルディナンドの身体に寄り添った。見上げると、彼の碧い瞳が優しい光を湛えてラガッツォを見下ろしていた。
「明日はホワイトデーだろう? きみがバレンタインにチョコをくれたから、そのお返しにと思ってね」
「あァ……」
そういえば、と思い出す。バレンタインの直前に街へ行くと、「大切なあの人に」という売り文句と共にチョコレートが店頭に山積みになっていた。ラガッツォはフェルディナンドが酒と共にチョコレートを食べていたことを思い出し、甘いものが嫌いではないだろう、と思って買って帰ったのだ。
「そんな、わざわざ」
「おや、いらないのかい? パパの作るお菓子がきみは好きだろう? 違うかい?」
ラガッツォは目尻を赤く染めながら、首を振った。
「……違わねェ」
ふふ、とフェルディナンドが笑う。ラガッツォはふと思いつき、「じゃあ、俺も手伝う」と言った。
フェルディナンドは困惑したように眉を寄せる。
「いいのかい? きみにあげるためのものなのに」
「構わねェよ。ふたりでやったほうが早ェだろ」
それにアンタと一緒になにかをできるのが嬉しい、という言葉は口に出さなかった。
「じゃあ薄力粉を篩ってもらおうかな」
ラガッツォは渡された道具を手に、フェルディナンドの隣に立った。二の腕がフェルディナンドの腕に触れる。彼の体温を間近で感じ、ラガッツォは彼にずっと触れていたいと目を伏せた。
フェルディナンドがバターと砂糖、卵を混ぜ合わせ、篩にかけた粉をそこに投入する。冷蔵庫で生地をしばらく冷やしてから伸ばすと、フェルディナンドはラガッツォの前に様々な形をした型抜きを広げた。ハート、星、月、他様々な形をした金属がころんと転がっている。無性に恥ずかしい気持ちを抱き、ラガッツォはハートの形をした型から敢えて手を遠ざけた。
「たのしいなあ。きみが子供の頃もこうして一緒にお菓子を作ったことがあるんだよ。トッピングを任せたら生クリームを鼻のてっぺんにくっつけていてね、かわいかったなあ。あの頃からだね、きみが喜んでくれるから私はお菓子作りが上手くなったんだ」
ふぅん、と鼻を鳴らし、ラガッツォは生地をくり抜いていく。フェルディナンドはそれを鉄板の上に手際よく並べていった。
焼くからしばらく時間がかかるよ、というフェルディナンドの言葉に従い、コーヒーを淹れてソファに座る。フェルディナンドが隣に座ったので、ラガッツォは本を開きながら彼の太腿に頭を乗せた。
行儀が悪いよ、と怒られるかと思ったがフェルディナンドは何も言わなかった。彼の手がラガッツォの髪に伸び、目に眩しい赤色を指に巻き付けては解く動きを繰り返す。
昼下がり、遠くで鳥が鳴いた。ふたりしかいない家には静寂が満ち、時折ラガッツォが本を捲る乾いた音だけが響いていた。
二つのマグカップが机の上で身を寄せ合っている。
やがて、家中に甘い匂いが充満してきた。ラガッツォは鼻をひくつかせ、胸いっぱいに空気を吸い込む。
――しあわせって、こんな匂いなのかもしれねェな。
ラガッツォは開いた本を胸に伏せながら思った。
焼きあがったことを知らせる音が鳴り、フェルディナンドはソファから立ち上がる。彼のあとを追って、ラガッツォは鳥の雛のようについていく。
焼きあがったクッキーは湯気を立て、きつね色に色づいていた。フェルディナンドは扇いで冷ましたハート型の一枚を手に取ると、ラガッツォの口元に差し出す。
「ほら、ラガッツォ。味見をしてくれるかい? あーんして」
「はっ……?」
ラガッツォはしばし躊躇うと、やがておずおずとフェルディナンドが持つクッキーに直接歯を立てた。噛み砕くと、甘く香ばしい味が口いっぱいに広がる。
ラガッツォはクッキーを咀嚼し、フェルディナンドを見上げた。彼は鉄板を風通しのいい場所に置きながらラガッツォに微笑みかける。。
「どうしたんだい? おいしくなかった?」
ラガッツォは慌てて首を横に振った。
「なァ……我が儘言ってもいいか?」
「なんだい、なにか難しいことかな」
フェルディナンドの目が可笑しそうに細められる。白い睫毛が透き通って光を弾いていた。
「来年も、焼いてほしい。その次も、その次も、ずっと」
「なんだ、そんなことか」
フェルディナンドが手を伸ばし、ラガッツォの頭を撫でる。触れたものを慈しむその手の動きに、ラガッツォは陶然と身を任せた。
「何度でも作ってあげるよ。チョコも、クッキーも、ケーキも、なんでもね。きみが欲しがるものは、なんだって作ってあげる。ラガッツォ、だから私の傍にずっといるんだよ」
フェルディナンドの言葉にラガッツォは頷いた。
――アンタの愛は甘く舌の上で溶け、俺の身体を満たす。俺はアンタの掌から愛を与えられ続ける。
ラガッツォは物欲しげな眼差しでフェルディナンドを見つめる。フェルディナンドは微笑み、再びクッキーをラガッツォの口元に差し出した。
