グラブル(フェルラガ)
旅立つ前、フェルディナンドはラガッツォの隣に座ると、まるでいま気づいたのだと言わんばかりに、ラガッツォの耳朶を摘まんだ。
「きみの耳はうつくしい曲線を描いているね。夜空に浮かぶかんむり座を連想するよ」
ラガッツォはいつものようにフェルディナンドの胸にもたれてその言葉を聞いていた。耳を這う彼の指の感触に目を閉じる。
「きみと暫く離れてしまうことが寂しいよ。パパもお仕事を早く終わらせるから、ラガッツォ、きみもひとりでお仕事をがんばるんだよ」
彼は親切そうに、痛切な事柄を告げるように、まるでラガッツォのことを心底愛しているかのような声色で言葉を続けた。
「今度きみが行く土地は、星でできたと言われている土地だ。旧い星が降ってできた島だという伝説があるんだ。寂しくなったら思い出してご覧、きみの傍には星が眠っているのだとね」
俺はせいせいしていた。やっとフェルディナンドから離れられる。ひとりきりになれる。解放される! 彼の傍にいたままでは、頭がどうにかなってしまいそうだった。
星でできたといわれる島に着いたとき、俺はひとりになれたのだと勝ち誇った。もう彼の「きみを愛しているんだよ」などという甘い言葉に惑わされない。彼の思わせぶりな言葉に期待しない。アンタの愛が全てを狂わせる。俺はそれを望むあまり、必死で彼が望む子供であろうとし、彼が望む振る舞いをない頭を絞って考え、彼の気分を損ねないように、嫌われないように、彼の「愛しているよ」と遠回しな拒絶の間を往復させられながら、張り詰めた緊張の下で生きる。そんな生活に俺はもう疲れ果ててしまったのだ。
けれど、一日一日が過ぎる度に思い出すのはフェルディナンドにまつわることばかりだった。
戦争が始まると囁かれている街で情報収集をしながら、ふと街角で見かけた男の背中にフェルディナンドを重ねて見る。暖かい腕を思い出す。
レストランに入ってメニューを開けば、「アンタの好物があるぜ」と口に出しそうになる。
雑貨屋に入り、フェルディナンドが使っている石鹸があるかどうか目が勝手に探しだす。
夜、島はぼんやりとした青白い光に包まれていた。宿の主人に聞けば、かつての星々が夜になると輝きだすのだという。「願ってごらん」と彼は言った。島の外れにある岬に行き星に願えば、願いが叶うと。
街を兵士が行き来する。戦火の気配が迫る。
俺は街を発つ前日、岬に行き、他の人々と同じように銀貨を傍にある泉に放り込んだ。透き通った水の中で銀貨が太陽を反射し輝いていた。
旅立つ寸前、宿の店主に礼を述べていると駆け込んでくる人影があった。郵便屋は鞄を探りながら、「間に合ってよかった」と呟き俺に手紙を押し付ける。裏返して差出人の名前を見て、俺の心臓は強く脈打った。
定期船の中で、フェルディナンドからの手紙を開封する。彼は事務的な事柄をその几帳面な筆致で綴り、文章の終わりを「愛しているよ、ラガッツォ」という言葉で締めくくっていた。
その言葉に俺の心はぐずぐずと崩れる。フェルディナンドにどこまでも愛されたいと心が叫ぶ。
アンタの愛だけが欲しい。だから俺は戻る、緊張に支配された日々へ。それこそが、俺の願い。
「きみの耳はうつくしい曲線を描いているね。夜空に浮かぶかんむり座を連想するよ」
ラガッツォはいつものようにフェルディナンドの胸にもたれてその言葉を聞いていた。耳を這う彼の指の感触に目を閉じる。
「きみと暫く離れてしまうことが寂しいよ。パパもお仕事を早く終わらせるから、ラガッツォ、きみもひとりでお仕事をがんばるんだよ」
彼は親切そうに、痛切な事柄を告げるように、まるでラガッツォのことを心底愛しているかのような声色で言葉を続けた。
「今度きみが行く土地は、星でできたと言われている土地だ。旧い星が降ってできた島だという伝説があるんだ。寂しくなったら思い出してご覧、きみの傍には星が眠っているのだとね」
俺はせいせいしていた。やっとフェルディナンドから離れられる。ひとりきりになれる。解放される! 彼の傍にいたままでは、頭がどうにかなってしまいそうだった。
星でできたといわれる島に着いたとき、俺はひとりになれたのだと勝ち誇った。もう彼の「きみを愛しているんだよ」などという甘い言葉に惑わされない。彼の思わせぶりな言葉に期待しない。アンタの愛が全てを狂わせる。俺はそれを望むあまり、必死で彼が望む子供であろうとし、彼が望む振る舞いをない頭を絞って考え、彼の気分を損ねないように、嫌われないように、彼の「愛しているよ」と遠回しな拒絶の間を往復させられながら、張り詰めた緊張の下で生きる。そんな生活に俺はもう疲れ果ててしまったのだ。
けれど、一日一日が過ぎる度に思い出すのはフェルディナンドにまつわることばかりだった。
戦争が始まると囁かれている街で情報収集をしながら、ふと街角で見かけた男の背中にフェルディナンドを重ねて見る。暖かい腕を思い出す。
レストランに入ってメニューを開けば、「アンタの好物があるぜ」と口に出しそうになる。
雑貨屋に入り、フェルディナンドが使っている石鹸があるかどうか目が勝手に探しだす。
夜、島はぼんやりとした青白い光に包まれていた。宿の主人に聞けば、かつての星々が夜になると輝きだすのだという。「願ってごらん」と彼は言った。島の外れにある岬に行き星に願えば、願いが叶うと。
街を兵士が行き来する。戦火の気配が迫る。
俺は街を発つ前日、岬に行き、他の人々と同じように銀貨を傍にある泉に放り込んだ。透き通った水の中で銀貨が太陽を反射し輝いていた。
旅立つ寸前、宿の店主に礼を述べていると駆け込んでくる人影があった。郵便屋は鞄を探りながら、「間に合ってよかった」と呟き俺に手紙を押し付ける。裏返して差出人の名前を見て、俺の心臓は強く脈打った。
定期船の中で、フェルディナンドからの手紙を開封する。彼は事務的な事柄をその几帳面な筆致で綴り、文章の終わりを「愛しているよ、ラガッツォ」という言葉で締めくくっていた。
その言葉に俺の心はぐずぐずと崩れる。フェルディナンドにどこまでも愛されたいと心が叫ぶ。
アンタの愛だけが欲しい。だから俺は戻る、緊張に支配された日々へ。それこそが、俺の願い。
