グラブル(フェルラガ)
終礼の鐘の音が広大な学校の敷地に響き渡っていた。夕焼けの日差しが窓を通して教室に差し込む。ラガッツォは机の上に乱雑に置いていた教科書とノートをまとめると数度叩いて整え、机の脇に吊してあった鞄を開けて仕舞った。生徒たちが別れの挨拶を交わして教室を出ていく。残った者たちはリラックスした様子で談笑を交わしていた。
イスタバイオン王国の教育を一手に担っている、マグメル島に位置する王立フィロス教導学校では、多種多様な生徒が机を並べ毎日学問に励んでいる。ラガッツォもその中のひとりだ。だが教室の空気はどこか弛緩し、緊張感を欠いている。ラガッツォ達第六学年の生徒たちは一ヶ月後の卒業を控え、既に殆どの者の進路が決定していた。部活動も委員会活動も引退して活躍の場を後輩に譲り、学校生活で残るは儀式的な卒業考査と――これで落第になる者は十年に一人しかいないともっぱらの噂だ――卒業式だけだ。授業は学期末まで詰まっているが、既に出席してこない生徒も多い。
ラガッツォも既に進路が決まり、考査さえパスできるなら出席は不要だ。
――けどなァ、とラガッツォは内心でため息をついた。
けどなァ、寮にいたって別にやることもねェし、なにより学校に来ないとアイツに会えねェし。来たところで会えるとも限らねェけど。
「おっ、ラガッツォ。帰らなくていいのかぁ?」
ドラフの男子生徒がラガッツォの肩をがっしりと掴み、揺さぶった。そのどこか含みのある言葉にラガッツォは舌打ちする。
「なんだァ、なにが言いてェんだよ」
「最近その話題で持ちきりだぞ、ラガッツォのことが好きな後輩の女の子! 毎日校門で待ってんだろ? 髪が長くてちっさくて可愛いって聞いたぞ、俺にも会わせろよ。もう告白されたか? 付き合ってんのか? んん?」
「うっせ。うぜ~」
「女の子と一緒にいるところ、目撃されまくってるらしいじゃねえか、お前も隅に置けないな」
「何言ってんだよォ」
ラガッツォは男子生徒を振り返り、肘を入れる。
「お前こそ、彼女いるのに別の子に告られたんだってなァ。隅に置けないのはどっちだか」
「おいおい、誰が喋ったんだよ」
「さァな」
「あ、あの……ラガッツォ君」
繰り出されるヘッドロックを躱そうともつれ合う二人に、線の細い女子生徒が声を掛けた。
「呼び出し、だって。今すぐ来なさいだって」
「え?」
「わお、第六学年随一の優等生ラガッツォ君、卒業間近に一体ナニやらかしたんだ?」
「うるせェ、それで、誰だよ。俺を呼び出したの、どのせんせー」
――フェルディナンド先生が、占星術教科準備室で待ってるって。
鞄を片手に提げ、棟の異なる占星術教科準備室へ向かって渡り廊下を進んだ。オレンジ色の夕日が眼下の生徒たちを照らしている。中庭でボールを弾き笑い声を立てる女子生徒を眺め、ラガッツォは静かに息を吐いた。その横顔には深く影が差し、赤い瞳が憂鬱そうに細められる。鞄を肩に担ぎあげると、ラガッツォは首を振り、そのまま足を踏み出した。
固く閉ざされた扉にノックをすると、中から「入りなさい」と声がする。ラガッツォはその声に従って扉を開け、思わず息を呑んだ。
夕日を背景に、すらりと立つフェルディナンドがいた。大柄だが繊細な作りをした身体を銀色のウェストコートとスラックスで包み、襟元の黒いシャツは釦が二つ外されている。丁寧にセットされた白髪が夕日に煌めいていた。少し気怠げにその身体を準備室の棚にもたれさせる様子は、ラガッツォに美術の教科書で見た神話に登場する精霊の像を思い起こさせた。
フェルディナンドは眼鏡越しに手にしていた書類を眺め終わると、神経質な手つきで眼鏡を外し、それを手にしたままラガッツォを指さした。
「扉を閉めてそこの椅子に座りなさい。鍵は掛けて」
「はい、」
ラガッツォは紅潮する頬を誤魔化すように頬を片手で擦り、扉の鍵を下ろした。準備室は占星術の教材が所狭しと並び、壁沿いには本棚が置かれ、空いた場所には大きく描かれた星座図が何枚も貼られている。本棚の傍に置かれた、両手を広げた程の幅をした机の前に椅子は置かれていた。
木の椅子を引いて腰かけ、机の上に山脈のように積まれた本越しにフェルディナンドを見上げる。
沈黙がその場を支配する。フェルディナンドはラガッツォと視線を合わせようとせず遠くを見つめ、無意識になのか手元に置かれた天球儀の球体を指先で撫でていた。
ラガッツォは暫く彼の手と、彼の手と共に動く刺青を目で追っていたが、やがて沈黙に耐えられなくなり、口を開いた。
「先生が、俺を呼んでいたって聞きました」
「……その理由はきみが一番よくわかっているだろう?」
フェルディナンドが呆れたような声で言う。彼の突き放したような物言いに、ぎゅっと胸が締め付けられる心地がした。
「話をしよう、ラガッツォくん」
フェルディナンドは立ったまま足を組み、顎先で先程まで自身が眺めていた書類を示した。
「ラガッツォくん、きみは第六学年だね? 成績は二学期まで良好、学業に対する姿勢も真摯、図書委員長も立派に勤め上げた。あとは卒業考査を待つだけの身だ。だからこんなことは私も言いたくないが――」
ラガッツォは太腿の上で握った拳にぎゅっと力を籠める。フェルディナンドと目を合わせることはできなかった。
「きみは先日の占星術教科の試験で赤点を取った。このままでは、私としてはきみの卒業に同意することはできない」
フェルディナンドは首を傾げ、同意を求めるようにラガッツォを見た。
「こんな噂を聞いたことがあるかい。『卒業考査で落ちるのは十年にひとり』。実際には十年にひとりもいないよ。何故なら、成績が悪い生徒には卒業考査を受けさせないんだ、この学校はね」
「でもっ……」
ラガッツォは掠れる声を振り絞り、フェルディナンドを睨みつけるように見つめた。握った拳が震える。
「卒業できねェのは困る、進路はもう決まってんだ」
反抗的な態度に、フェルディナンドは口角を上げた。彼が小さく笑い、目を細める。
「それじゃあ、きみはどうするんだい?」
ラガッツォは音を立てて唾を呑み込む。考える時間は必要なかった。そして寸分のためらいもなく椅子から立ち上がった。
フェルディナンドの前に跪き、彼のベルトを両手で外す。その間、彼は楽しそうにラガッツォの芯の強い髪を指に絡ませていた。
スラックスの前立てを留める釦を外していき、中に隠されている下着に手を掛けようとしたところでちらりとフェルディナンドを見上げる。すると促すように頬を指で撫でられた。
彼の下着をずり下げる。フェルディナンドのいまだ力を失ったままの性器がラガッツォの眼前にぼろりと飛び出た。そのまま両手で性器を捧げるように持つ。ラガッツォの持つものと比べて長さも太さも二回りは大きいソレは、確かな質量と重みを持ち、ある種の生き物が眠っているような姿をしていた。
大きく口を開け、性器へ舌を伸ばす。口腔に侵入したそれはピクリと反応し、鼻から息を吐きながら喉の奥まで咥えるとむくむくと大きくなっていく。
溢れてくる唾液を舌で表面に広げながら、ぎこちない動きで性器を口から出し入れする。
「あ……」
苦しさに一度動きを止める。するとフェルディナンドの指がラガッツォの後頭部を掴み、腰を強引に押し当てた。
「……ッ!」
無理矢理喉の奥を開けられ、目に涙が滲んだ。フェルディナンドの白色の叢が鼻先に当たり、下腹につけられた香水の香りが鼻を刺した。
「ふふ、きみも勃ってるのかい。しゃぶっているだけなのにガチガチだね」
白い革靴を履いた足が、学生服を着たままのラガッツォの股間を軽く踏む。そのままそれを刺激するように、足先で中心を甲で押し上げ、靴底で捏ねまわす。彼の指摘通り、ラガッツォの性器は既に硬く勃ち上がっていた。男の性器をしゃぶっただけで勝手にいきり立ったものを冷えた瞳に見下ろされ、ラガッツォは荒い呼吸を繰り返した。自分が酷く興奮していることが己でもわかっていた。口腔では咥えられなくなった大きさの性器を口から吐き出すと、ラガッツォは目を伏せ水を飲む犬のように舌で性器を舐める。拙い舌の動きを繰り返すうちに、フェルディナンドの性器も硬く張り詰めていった。
血管の張り出した茎を唇で食み、先端から滲む苦い汁を舐めとる。するとフェルディナンドが手を伸ばしラガッツォに立つよう促した。素直に立ち上がり、窓辺に置かれた腰までの棚の天板に手をつく。
フェルディナンドの手がラガッツォの腰に回り、金属音をさせてベルトを外す。そのまま下半身の学生服を一気にずり下げられた。肌寒い空気が素肌を撫でる感覚に心許なくなり、身体を抱く腕をぎゅっと握った。
唇をラガッツォの耳元に寄せたフェルディナンドは吐息を吹きかけるように囁く。
「きみのことは本当に心配しているんだよ。最近勉強に力が入っていないように感じられてね。なにか心配事があるなら先生に言ってごらん。ああ、それとも……学生らしく、誰かに恋でもしているのかな?」
瞬間的に頬が紅潮した。思わず顔を伏せ、ぎゅっと拳を握る。
「あァっ!」
囁きと共にぬめりを帯びた指がラガッツォの最奥に侵入した。後孔を探っていた指がつぷりと腹の中に沈められる。
「あ、……ァ」
腹で感じる冷えた指先に、足先が震えた。ラガッツォは棚の天板に置いた手に全体重をかけ、体内を暴く指から逃れようと全身をのたうたせる。
「こら、大人しくしなさい」
フェルディナンドがラガッツォの腰を掴み、体内に含ませている指の本数を増やす。ぐちぐちと濡れた音を立てて後孔を拓かれる感覚に羞恥が生まれる。ラガッツォは顎を上げ、掠れた声で喘いだ。
「そろそろいいかな? 息をして、ラガッツォ」
ラガッツォは目を閉じて鼻を哀れそうに鳴らしたが、片足を持ち上げられても逆らわなかった。フェルディナンドが腰をラガッツォの足の間に差し込む。硬い性器の先端が後孔の表面を数度キスするように撫でては去っていく。そして次の瞬間、ぐっと身体を押さえつけられた。
「ぐ……うァ、あぁっ!」
ミシミシとめり込むように、フェルディナンドの怒張した性器が体内に侵入する。硬いそれを呑み込もうと、ラガッツォは肩で息を繰り返した。
「あァ、んんっ……」
縋るように手を前に伸ばしては後ろに引き戻される。棚に置かれていた本が暴れる腕に振り払われ、音を立てて落下していく。
先端の張り出した部分が半ば無理矢理押し込められるかたちで体内に収まると、ラガッツォは大きく安堵の息を吐いた。
腕に力が入らず棚の天板に倒れこむ。倒れた身体は眼前の窓ガラスに支えられ、頬が押し潰された。フェルディナンドは構わず腰を前後させ、奥まで支配しようと性器を突きあげる。
彼が背中に覆いかぶさり、手の甲を掌で握った。
「久し振りだから固いね。私のことを忘れてしまったのかな?」
ラガッツォは彼の言葉に無言で首を振ると、もっとと言うように足をぎこちなく広げてみせた。腹に差し込まれた性器が与える違和感を積極的に受け入れるように、拙い動きで腰を前後させ、性器をぎゅっと締め上げる。
「んん、……はっ」
フェルディナンドの唇が耳殻を食み、尖った舌が耳の穴を犯すように舐める。
「知ってるよ、近頃きみは後輩の女の子と帰っているそうだね、もう告白はされたのかい?」
「ああァっ! や、そこ、やァ……っ」
彼がラガッツォの弱い部分を狙って突きあげる。性器の張り出した部分が腹側の一点をくじるたびに声が上がり、限界まで伸ばしている脚が引き攣った。
フェルディナンドが乱れたラガッツォの学生服を指で辿り、面白がった手つきで胸の釦を外していく。
「こんどの卒業式では、この第二釦を誰にあげるんだい? もう決まっているのかな」
身長の低いラガッツォを半ば持ち上げるようにしながら、フェルディナンドは何度もその身体を揺さぶった。ラガッツォの性器はとうに限界まで張り詰め、白濁した先走りをぼたぼたと垂らしている。
額から汗が流れ落ちる。眼下では夕日の差す校庭で生徒たちが部活動に励んでいる。廊下や教室から、生徒たちの声が響いてくる。
明るい部屋で、フェルディナンドに全てを見られている。
明るい学校の部屋で男に抱かれる背徳感に全身が焼け焦げてしまいそうだった。
「なァ、なァ……触って、もうっ……」
「ん? どこを触ってほしいんだい?」
わざとらしい彼の言葉に、ラガッツォは涙を浮かべた瞳で背後を振り返る。唇を噛んだまま彼の手を握って、身体の中心で立ち上がり放っておかれたままの自分自身に誘導する。フェルディナンドの肉厚な掌がぐっとラガッツォの性器を包み、上下に擦られると全身で光が弾けた。
「ああァ、や、あ、はァ……いく、もう、」
もういく、と譫言のように繰り返しながら絶頂への坂を駆け上っていく。腰の中心で沸騰した熱が、長い指で芯を扱かれるだけで爆発しそうになる。
「――!」
ぐり、と先端を親指の腹でくじられた瞬間、ラガッツォは腹で一際強くフェルディナンドの性器を締め上げ、声もなく精を放った。
ちかちかと視界で光が瞬く。崩れ落ちた身体を抱いたまま、フェルディナンドは腰を打ちつける。やがて息を止め彼も精を吐き出した。生温い液体がじわりと身体の中に広がる感覚に、肩が震える。
身体を重ね合わせたまま、暫く荒い呼吸だけを繰り返していた。やがてフェルディナンドが立ち上がり身体を離した。体温が離れていき、酷く寂しい気持ちになる。
ずるり、と準備室の床に座り込む。フェルディナンドは先程までラガッツォを犯していた気配など微塵も残さない雰囲気をまとい、ハンカチを取り出すと彼の掌に吐き出されたラガッツォの精を拭っていた。
「くそっ、アンタまた中に出したなァ……面倒だからやめろっていっつも言ってんだろォ」
「おや、ごめんよ」
フェルディナンドは心底申し訳なさそうな表情を浮かべてみせる。だが彼が言うことを聞いてくれたことは一度もない。
ラガッツォは髪を掻きむしり、足元でわだかまっていた学生服を引き上げた。ベルトを探して辺りを見渡していると、フェルディナンドがその前に立つ。見上げるラガッツォの顎を手に取り、くい、と上げさせた。
「それで?」
「それで、ってなにがだよ」
「どうしてわざと赤点なんて取ったんだい」
ラガッツォは目を泳がせ、フェルディナンドから逃れようとするが彼はそれを許さなかった。数度口を開いては閉じ、やがて意を決して言葉を発した。
「アンタ、わかってんのかよ。俺、もう卒業するんだぜ」
「そうだね」
フェルディナンドの冷静な声に胸が塞がる。涙が滲みそうになる声を誤魔化しながら続けた。
「こんなことでもしなきゃ、アンタともう会えないって……だから、俺は」
ラガッツォは耐えきれず目を閉じた。
「……目を開けなさい、ラガッツォ」
いやいやと駄々をこねるようにラガッツォは首を横に振った。
「いい子だから、ラガッツォ。私を見て」
優しい声に促されるように、そっと瞼を開く。視線の先には、柔らかな笑みを浮かべたフェルディナンドがいた。
「きみは卒業後も私と会いたいと思うかい?」
「……決まってんだろォ」
「じゃあ、今度私の家へおいで。私は終末と長期休暇のときは新島ユートピアの家へ帰るんだ。きみもそこへくるといい」
どうだい? と首を傾げるフェルディナンドに、ラガッツォはおずおずと手を伸ばした。
「行っていいのかァ? 俺が、」
「勿論、歓迎するよ」
フェルディナンドがラガッツォを抱きしめ、額に唇を落とす。ラガッツォは彼の厚い身体に抱き着き、身体を満たす幸福に浸っていた。
イスタバイオン王国の教育を一手に担っている、マグメル島に位置する王立フィロス教導学校では、多種多様な生徒が机を並べ毎日学問に励んでいる。ラガッツォもその中のひとりだ。だが教室の空気はどこか弛緩し、緊張感を欠いている。ラガッツォ達第六学年の生徒たちは一ヶ月後の卒業を控え、既に殆どの者の進路が決定していた。部活動も委員会活動も引退して活躍の場を後輩に譲り、学校生活で残るは儀式的な卒業考査と――これで落第になる者は十年に一人しかいないともっぱらの噂だ――卒業式だけだ。授業は学期末まで詰まっているが、既に出席してこない生徒も多い。
ラガッツォも既に進路が決まり、考査さえパスできるなら出席は不要だ。
――けどなァ、とラガッツォは内心でため息をついた。
けどなァ、寮にいたって別にやることもねェし、なにより学校に来ないとアイツに会えねェし。来たところで会えるとも限らねェけど。
「おっ、ラガッツォ。帰らなくていいのかぁ?」
ドラフの男子生徒がラガッツォの肩をがっしりと掴み、揺さぶった。そのどこか含みのある言葉にラガッツォは舌打ちする。
「なんだァ、なにが言いてェんだよ」
「最近その話題で持ちきりだぞ、ラガッツォのことが好きな後輩の女の子! 毎日校門で待ってんだろ? 髪が長くてちっさくて可愛いって聞いたぞ、俺にも会わせろよ。もう告白されたか? 付き合ってんのか? んん?」
「うっせ。うぜ~」
「女の子と一緒にいるところ、目撃されまくってるらしいじゃねえか、お前も隅に置けないな」
「何言ってんだよォ」
ラガッツォは男子生徒を振り返り、肘を入れる。
「お前こそ、彼女いるのに別の子に告られたんだってなァ。隅に置けないのはどっちだか」
「おいおい、誰が喋ったんだよ」
「さァな」
「あ、あの……ラガッツォ君」
繰り出されるヘッドロックを躱そうともつれ合う二人に、線の細い女子生徒が声を掛けた。
「呼び出し、だって。今すぐ来なさいだって」
「え?」
「わお、第六学年随一の優等生ラガッツォ君、卒業間近に一体ナニやらかしたんだ?」
「うるせェ、それで、誰だよ。俺を呼び出したの、どのせんせー」
――フェルディナンド先生が、占星術教科準備室で待ってるって。
鞄を片手に提げ、棟の異なる占星術教科準備室へ向かって渡り廊下を進んだ。オレンジ色の夕日が眼下の生徒たちを照らしている。中庭でボールを弾き笑い声を立てる女子生徒を眺め、ラガッツォは静かに息を吐いた。その横顔には深く影が差し、赤い瞳が憂鬱そうに細められる。鞄を肩に担ぎあげると、ラガッツォは首を振り、そのまま足を踏み出した。
固く閉ざされた扉にノックをすると、中から「入りなさい」と声がする。ラガッツォはその声に従って扉を開け、思わず息を呑んだ。
夕日を背景に、すらりと立つフェルディナンドがいた。大柄だが繊細な作りをした身体を銀色のウェストコートとスラックスで包み、襟元の黒いシャツは釦が二つ外されている。丁寧にセットされた白髪が夕日に煌めいていた。少し気怠げにその身体を準備室の棚にもたれさせる様子は、ラガッツォに美術の教科書で見た神話に登場する精霊の像を思い起こさせた。
フェルディナンドは眼鏡越しに手にしていた書類を眺め終わると、神経質な手つきで眼鏡を外し、それを手にしたままラガッツォを指さした。
「扉を閉めてそこの椅子に座りなさい。鍵は掛けて」
「はい、」
ラガッツォは紅潮する頬を誤魔化すように頬を片手で擦り、扉の鍵を下ろした。準備室は占星術の教材が所狭しと並び、壁沿いには本棚が置かれ、空いた場所には大きく描かれた星座図が何枚も貼られている。本棚の傍に置かれた、両手を広げた程の幅をした机の前に椅子は置かれていた。
木の椅子を引いて腰かけ、机の上に山脈のように積まれた本越しにフェルディナンドを見上げる。
沈黙がその場を支配する。フェルディナンドはラガッツォと視線を合わせようとせず遠くを見つめ、無意識になのか手元に置かれた天球儀の球体を指先で撫でていた。
ラガッツォは暫く彼の手と、彼の手と共に動く刺青を目で追っていたが、やがて沈黙に耐えられなくなり、口を開いた。
「先生が、俺を呼んでいたって聞きました」
「……その理由はきみが一番よくわかっているだろう?」
フェルディナンドが呆れたような声で言う。彼の突き放したような物言いに、ぎゅっと胸が締め付けられる心地がした。
「話をしよう、ラガッツォくん」
フェルディナンドは立ったまま足を組み、顎先で先程まで自身が眺めていた書類を示した。
「ラガッツォくん、きみは第六学年だね? 成績は二学期まで良好、学業に対する姿勢も真摯、図書委員長も立派に勤め上げた。あとは卒業考査を待つだけの身だ。だからこんなことは私も言いたくないが――」
ラガッツォは太腿の上で握った拳にぎゅっと力を籠める。フェルディナンドと目を合わせることはできなかった。
「きみは先日の占星術教科の試験で赤点を取った。このままでは、私としてはきみの卒業に同意することはできない」
フェルディナンドは首を傾げ、同意を求めるようにラガッツォを見た。
「こんな噂を聞いたことがあるかい。『卒業考査で落ちるのは十年にひとり』。実際には十年にひとりもいないよ。何故なら、成績が悪い生徒には卒業考査を受けさせないんだ、この学校はね」
「でもっ……」
ラガッツォは掠れる声を振り絞り、フェルディナンドを睨みつけるように見つめた。握った拳が震える。
「卒業できねェのは困る、進路はもう決まってんだ」
反抗的な態度に、フェルディナンドは口角を上げた。彼が小さく笑い、目を細める。
「それじゃあ、きみはどうするんだい?」
ラガッツォは音を立てて唾を呑み込む。考える時間は必要なかった。そして寸分のためらいもなく椅子から立ち上がった。
フェルディナンドの前に跪き、彼のベルトを両手で外す。その間、彼は楽しそうにラガッツォの芯の強い髪を指に絡ませていた。
スラックスの前立てを留める釦を外していき、中に隠されている下着に手を掛けようとしたところでちらりとフェルディナンドを見上げる。すると促すように頬を指で撫でられた。
彼の下着をずり下げる。フェルディナンドのいまだ力を失ったままの性器がラガッツォの眼前にぼろりと飛び出た。そのまま両手で性器を捧げるように持つ。ラガッツォの持つものと比べて長さも太さも二回りは大きいソレは、確かな質量と重みを持ち、ある種の生き物が眠っているような姿をしていた。
大きく口を開け、性器へ舌を伸ばす。口腔に侵入したそれはピクリと反応し、鼻から息を吐きながら喉の奥まで咥えるとむくむくと大きくなっていく。
溢れてくる唾液を舌で表面に広げながら、ぎこちない動きで性器を口から出し入れする。
「あ……」
苦しさに一度動きを止める。するとフェルディナンドの指がラガッツォの後頭部を掴み、腰を強引に押し当てた。
「……ッ!」
無理矢理喉の奥を開けられ、目に涙が滲んだ。フェルディナンドの白色の叢が鼻先に当たり、下腹につけられた香水の香りが鼻を刺した。
「ふふ、きみも勃ってるのかい。しゃぶっているだけなのにガチガチだね」
白い革靴を履いた足が、学生服を着たままのラガッツォの股間を軽く踏む。そのままそれを刺激するように、足先で中心を甲で押し上げ、靴底で捏ねまわす。彼の指摘通り、ラガッツォの性器は既に硬く勃ち上がっていた。男の性器をしゃぶっただけで勝手にいきり立ったものを冷えた瞳に見下ろされ、ラガッツォは荒い呼吸を繰り返した。自分が酷く興奮していることが己でもわかっていた。口腔では咥えられなくなった大きさの性器を口から吐き出すと、ラガッツォは目を伏せ水を飲む犬のように舌で性器を舐める。拙い舌の動きを繰り返すうちに、フェルディナンドの性器も硬く張り詰めていった。
血管の張り出した茎を唇で食み、先端から滲む苦い汁を舐めとる。するとフェルディナンドが手を伸ばしラガッツォに立つよう促した。素直に立ち上がり、窓辺に置かれた腰までの棚の天板に手をつく。
フェルディナンドの手がラガッツォの腰に回り、金属音をさせてベルトを外す。そのまま下半身の学生服を一気にずり下げられた。肌寒い空気が素肌を撫でる感覚に心許なくなり、身体を抱く腕をぎゅっと握った。
唇をラガッツォの耳元に寄せたフェルディナンドは吐息を吹きかけるように囁く。
「きみのことは本当に心配しているんだよ。最近勉強に力が入っていないように感じられてね。なにか心配事があるなら先生に言ってごらん。ああ、それとも……学生らしく、誰かに恋でもしているのかな?」
瞬間的に頬が紅潮した。思わず顔を伏せ、ぎゅっと拳を握る。
「あァっ!」
囁きと共にぬめりを帯びた指がラガッツォの最奥に侵入した。後孔を探っていた指がつぷりと腹の中に沈められる。
「あ、……ァ」
腹で感じる冷えた指先に、足先が震えた。ラガッツォは棚の天板に置いた手に全体重をかけ、体内を暴く指から逃れようと全身をのたうたせる。
「こら、大人しくしなさい」
フェルディナンドがラガッツォの腰を掴み、体内に含ませている指の本数を増やす。ぐちぐちと濡れた音を立てて後孔を拓かれる感覚に羞恥が生まれる。ラガッツォは顎を上げ、掠れた声で喘いだ。
「そろそろいいかな? 息をして、ラガッツォ」
ラガッツォは目を閉じて鼻を哀れそうに鳴らしたが、片足を持ち上げられても逆らわなかった。フェルディナンドが腰をラガッツォの足の間に差し込む。硬い性器の先端が後孔の表面を数度キスするように撫でては去っていく。そして次の瞬間、ぐっと身体を押さえつけられた。
「ぐ……うァ、あぁっ!」
ミシミシとめり込むように、フェルディナンドの怒張した性器が体内に侵入する。硬いそれを呑み込もうと、ラガッツォは肩で息を繰り返した。
「あァ、んんっ……」
縋るように手を前に伸ばしては後ろに引き戻される。棚に置かれていた本が暴れる腕に振り払われ、音を立てて落下していく。
先端の張り出した部分が半ば無理矢理押し込められるかたちで体内に収まると、ラガッツォは大きく安堵の息を吐いた。
腕に力が入らず棚の天板に倒れこむ。倒れた身体は眼前の窓ガラスに支えられ、頬が押し潰された。フェルディナンドは構わず腰を前後させ、奥まで支配しようと性器を突きあげる。
彼が背中に覆いかぶさり、手の甲を掌で握った。
「久し振りだから固いね。私のことを忘れてしまったのかな?」
ラガッツォは彼の言葉に無言で首を振ると、もっとと言うように足をぎこちなく広げてみせた。腹に差し込まれた性器が与える違和感を積極的に受け入れるように、拙い動きで腰を前後させ、性器をぎゅっと締め上げる。
「んん、……はっ」
フェルディナンドの唇が耳殻を食み、尖った舌が耳の穴を犯すように舐める。
「知ってるよ、近頃きみは後輩の女の子と帰っているそうだね、もう告白はされたのかい?」
「ああァっ! や、そこ、やァ……っ」
彼がラガッツォの弱い部分を狙って突きあげる。性器の張り出した部分が腹側の一点をくじるたびに声が上がり、限界まで伸ばしている脚が引き攣った。
フェルディナンドが乱れたラガッツォの学生服を指で辿り、面白がった手つきで胸の釦を外していく。
「こんどの卒業式では、この第二釦を誰にあげるんだい? もう決まっているのかな」
身長の低いラガッツォを半ば持ち上げるようにしながら、フェルディナンドは何度もその身体を揺さぶった。ラガッツォの性器はとうに限界まで張り詰め、白濁した先走りをぼたぼたと垂らしている。
額から汗が流れ落ちる。眼下では夕日の差す校庭で生徒たちが部活動に励んでいる。廊下や教室から、生徒たちの声が響いてくる。
明るい部屋で、フェルディナンドに全てを見られている。
明るい学校の部屋で男に抱かれる背徳感に全身が焼け焦げてしまいそうだった。
「なァ、なァ……触って、もうっ……」
「ん? どこを触ってほしいんだい?」
わざとらしい彼の言葉に、ラガッツォは涙を浮かべた瞳で背後を振り返る。唇を噛んだまま彼の手を握って、身体の中心で立ち上がり放っておかれたままの自分自身に誘導する。フェルディナンドの肉厚な掌がぐっとラガッツォの性器を包み、上下に擦られると全身で光が弾けた。
「ああァ、や、あ、はァ……いく、もう、」
もういく、と譫言のように繰り返しながら絶頂への坂を駆け上っていく。腰の中心で沸騰した熱が、長い指で芯を扱かれるだけで爆発しそうになる。
「――!」
ぐり、と先端を親指の腹でくじられた瞬間、ラガッツォは腹で一際強くフェルディナンドの性器を締め上げ、声もなく精を放った。
ちかちかと視界で光が瞬く。崩れ落ちた身体を抱いたまま、フェルディナンドは腰を打ちつける。やがて息を止め彼も精を吐き出した。生温い液体がじわりと身体の中に広がる感覚に、肩が震える。
身体を重ね合わせたまま、暫く荒い呼吸だけを繰り返していた。やがてフェルディナンドが立ち上がり身体を離した。体温が離れていき、酷く寂しい気持ちになる。
ずるり、と準備室の床に座り込む。フェルディナンドは先程までラガッツォを犯していた気配など微塵も残さない雰囲気をまとい、ハンカチを取り出すと彼の掌に吐き出されたラガッツォの精を拭っていた。
「くそっ、アンタまた中に出したなァ……面倒だからやめろっていっつも言ってんだろォ」
「おや、ごめんよ」
フェルディナンドは心底申し訳なさそうな表情を浮かべてみせる。だが彼が言うことを聞いてくれたことは一度もない。
ラガッツォは髪を掻きむしり、足元でわだかまっていた学生服を引き上げた。ベルトを探して辺りを見渡していると、フェルディナンドがその前に立つ。見上げるラガッツォの顎を手に取り、くい、と上げさせた。
「それで?」
「それで、ってなにがだよ」
「どうしてわざと赤点なんて取ったんだい」
ラガッツォは目を泳がせ、フェルディナンドから逃れようとするが彼はそれを許さなかった。数度口を開いては閉じ、やがて意を決して言葉を発した。
「アンタ、わかってんのかよ。俺、もう卒業するんだぜ」
「そうだね」
フェルディナンドの冷静な声に胸が塞がる。涙が滲みそうになる声を誤魔化しながら続けた。
「こんなことでもしなきゃ、アンタともう会えないって……だから、俺は」
ラガッツォは耐えきれず目を閉じた。
「……目を開けなさい、ラガッツォ」
いやいやと駄々をこねるようにラガッツォは首を横に振った。
「いい子だから、ラガッツォ。私を見て」
優しい声に促されるように、そっと瞼を開く。視線の先には、柔らかな笑みを浮かべたフェルディナンドがいた。
「きみは卒業後も私と会いたいと思うかい?」
「……決まってんだろォ」
「じゃあ、今度私の家へおいで。私は終末と長期休暇のときは新島ユートピアの家へ帰るんだ。きみもそこへくるといい」
どうだい? と首を傾げるフェルディナンドに、ラガッツォはおずおずと手を伸ばした。
「行っていいのかァ? 俺が、」
「勿論、歓迎するよ」
フェルディナンドがラガッツォを抱きしめ、額に唇を落とす。ラガッツォは彼の厚い身体に抱き着き、身体を満たす幸福に浸っていた。
