グラブル(フェルラガ)
湿り気の残る髪の毛をタオルで拭きながら、ラガッツォはベッドに倒れこんだ。もぞもぞと布団をめくって中に潜り込む。
「私からの食べ物しか食べてはいけないよ」
そういいながら、夕飯の席でフェルディナンドはラガッツォの首輪を掴み、彼の指で掴んだカナッペを差し出した。彼の顔を窺うと、フェルディナンドは促すように頷いた。
ラガッツォは瞼を伏せて唇を開き、彼の指ごと食んだ。舌が彼の指に当たる。拙い動きで彼の指からクラッカーを舌で掬い取ると、フェルディナンドはラガッツォの頭を撫でてなんていい子なんだろう、と褒めた。
酷く歪な関係だ、とラガッツォは思った。フェルディナンドが求めているのは酷く歪な関係なのだと今更ながらに実感する。けれど、その関係がラガッツォに何故か満足感を与えていることもまた事実なのだ。
彼の言葉に従う。彼の低く甘い声に命令される。
その度、ラガッツォの心の奥底が歓喜に震える。
首元に手を遣る。彼に嵌められた黒革の首輪を、拒否する思いはわいてこなかった。
布団のなかで微睡んでいると、部屋の扉をノックする音が響いた。
「いいぜ、入れよ」
扉を開けたフェルディナンドは、シャツとスラックスを着ただけのラフな格好をしていた。片手には本を持っている。
彼はベッドに寝ころぶラガッツォに近寄ると、ベッドに腰掛け、髪を掬い上げた。
「まだ少し濡れていないかい? きちんと乾かさないといけないよ」
「ん」
「ラガッツォ」
頬を撫でる掌の感触に身体を委ねていると、フェルディナンドが囁いた。
「服を全部脱ぎなさい」
「……な、」
目を見開きフェルディナンドの顔を見返すと、彼は上機嫌に微笑んでいた。
「厭だ、そんな」
「飼い犬の健康管理も飼い主の仕事だからね。どこか悪いところがないか、全身を確かめさせてもらうよ」
「でも」
「ラガッツォ」
フェルディナンドの目が薄く開かれる。
「私に逆らうのかい?」
ラガッツォは途方に暮れた気持ちでフェルディナンドの顔を見つめ、次いで自分の身体を見下ろした。彼の言うことを聞く、確かに自分は同意した。けれど、彼の手に触れられたら、自分の身体はどうなってしまうのか。
ぐっと息を詰め、ラガッツォは着ていたパジャマのボタンをひとつ外した。フェルディナンドが褒めるようにラガッツォの足首を撫でる。
上に来ていた服のボタンを全て外し、脱いでしまうと寒さに身体が震えた。自分の痩せた身体がフェルディナンドに晒されていることが酷く恥ずかしかった。
そのまま、面倒になり下着ごと下の服も全部取り去った。裸になったラガッツォをフェルディナンドは満足そうに眺め、
「横になって」
と指示を出す。
おずおずとベッドに横になったラガッツォに覆いかぶさるようにして、フェルディナンドは手を伸ばした。彼の手が首輪の周囲を辿り
「痛みはない?」
と問いかける。
「あァ」
と答えると、彼はそのまま手を肩に移動させた。指先が肩の関節の動きを確かめ、二の腕に触れる感触にラガッツォの身体は騒めいた。肘の裏の皮膚が薄い場所を指先でぐっと押されると、思わず腰に熱がわだかまる。
フェルディナンドは宣言通り、ラガッツォの身体をくまなく触れて怪我の痕の有無や関節の動き、筋肉の付き具合を確かめていった。手の甲をフェルディナンドの指先が摘み、足の指の間を異常がないか確かめるように柔らかな手つきでなぞる。胸に掌が当てられ、肋骨を手の甲で撫でられる。
彼の手がラガッツォの脚を押し上げ、局部を露出させたとき、ラガッツォは目に涙を浮かべ腕で顔を隠した。フェルディナンドに全身を触れられたことで、そこは硬く勃起していた。
「おや、元気だね。きみは若いものな」
互いの温度差を感じさせる冷静な声に、ラガッツォは一層身体を縮みこませた。
彼が傍らに置いた本を手に取る気配がする。
「えーっと、全身を触らせて健康管理……はいいね。ああ、なるほど。遊ばせて体力を発散させてあげないといけないのか」
そう独り言をいいながら、フェルディナンドはごそごそとベッドの下を探った。
「こんなこともあろうかとちゃんと玩具を用意しておいたんだよ。ラガッツォ、遊んであげよう」
彼が引き摺り出した箱をベッドの上に持ち上げ、蓋を開ける。中から物体が幾つか落下した。ラガッツォは自分の身体の横に転がってきたそれの正体がはじめ分からず、まじまじと凝視した。木製、陶器製、金属製のそれらはグロテスクな形をしていて
「ひっ……!」
思わず身体が跳ね、目にしたものから距離を取ろうとする。
「おや、そんなに怖がらなくていい」
フェルディナンド幾つか落下したものからひとつを取り上げる。彼が手にしたものを目にし、ラガッツォは思わずベッドの端まで後ずさった。彼は、男の怒張した性器を模した張り型を手にし、ラガッツォに近づいてくる。
それが誰のどこに使われるものなのか、考えの及ばないラガッツォではない。だが、フェルディナンドが手にしている怒張した男の性器の模型が己に使われることなど、想像もしたくなかった。
「大丈夫、痛くはしないよ」
ラガッツォはベッドの隅で首をいやいやと横に振った。顔を腕で覆い隠し、彼が考えを変えてくれることを祈る。
「ラガッツォ、横になりなさい」
じわりと目に涙が滲む。交差させた脚が震えた。
「言うことを聞けないなら、首輪に鎖をつながないといけないな」
ラガッツォは唾を呑み込み、恐る恐るフェルディナンドの顔を見た。彼はいい子だ、と褒めるときの顔で自身の太腿を叩いた。
「ここにおいで。心配はいらない」
いやだ。今すぐここから逃げ出したい。
あの膝に乗りたい。彼にこの身を投げだしたら、きっと彼は褒めてくれる。
相反する気持ちに押されるように、ラガッツォは震える手を伸ばし、周囲に散乱する玩具からは極力目を反らしながらフェルディナンドの元に這いよった。
「賢い子だね。言うことが聞けた」
彼の手がラガッツォの頭を撫でる。そのままラガッツォの身体を押し倒し、ぐっと脚を折りたたんだ。
「少し冷たいよ」
彼の指が皮膚を辿り、ラガッツォの足の狭間を探る。言われた通り、冷えてぬめる液体が肌に垂らされた。フェルディナンドは指の腹でラガッツォの秘所を押し、円を描くように油を馴染ませる。
「……あ、」
背筋がぞわりと粟立つ。彼の指はしつこくラガッツォの穴の縁を撫で、やがてラガッツォが堪えていた息を吐いた瞬間、ぬるりと体内に指が侵入した。
「あ、――んうぅ」
ラガッツォはシーツを掴み、腹に生じた異物感に耐える。ずるりと根元まで押し込まれた指はラガッツォの体内を調べるように探り、油をその都度足しては肉筒を押して内部を拡げるように動いた。徐々にぬかるんでいく肉壁が、戸惑ったようにフェルディナンドの指に絡みつく。
「ああ……少し慣れてきたかい? ふふ、吸いついてくる。私の指が好きなのかな」
フェルディナンドの言葉にカッと頬に血が上る。彼の指を腹に含まされている現実をありありと突きつけられ、ラガッツォは羞恥に身を捩った。
己の後孔から響く卑猥な水音に耳を塞ぎたくなりながら歯を食いしばっていると、やがて腹の中の指の本数が増えた。
「あっ、う……」
内部を圧迫される苦しさに呻くと、慰めるようにフェルディナンドの片手がラガッツォの頭を撫でた。そのまま耳朶を擽るように触れられる。彼の体温が恋しく掌に頬を擦り付けると、フェルディナンドは片手でラガッツォを抱いた。
「ほら、柔らかくなった。これなら入るね」
ラガッツォは目を閉じ、いやだ、と首を振ったがフェルディナンドはより一層かたくラガッツォを抱きしめ、油で濡れた手で木製の玩具を手に取った。
「あ……」
「ほら、大きく息を吸って。ゆっくり吐いて……」
ラガッツォは喘ぐように息を繰り返し、やがて大きく息を吐いた瞬間後孔に硬いものが押し当てられる。
ぐっと肉を割って入ってくる玩具の冷たい感触に慄き、それを拒絶しようと、無我夢中で足をばたつかせた。
「大人しくして、ダメだよ。そう、そうだよ、いい子だね……」
フェルディナンドはラガッツォに言い聞かせながら、容赦なく張り型を根元まで体内にねじ込んだ。
「はーっ、は……あっ、ふぇる、フェルディナンドっ」
「どうだい? 痛くない?」
ラガッツォは後孔を貫く硬い異物に背筋を震わせ、ベッドに身体を投げ出した。尻の奥が限界まで伸びて張り型を呑み込んでいる。怒張した男性器の模型は腹を内部から圧迫し、まるで身体を尻から喉まで一刺しにされた気分だった。
「うぅ……」
フェルディナンドの手がやさしくラガッツォの肩を擦った。
「きみのいいところは何処だろうね……」
静かで柔らかな低音が囁き、ぐっと張り型に力をこめる。
「や、あっ……やっ!」
ラガッツォは衝撃に目を見開く。体内で張り型が上下し、ラガッツォの肉壁を大きく抉った。
「あぁ、ふっ、……うぅ」
ベッドに横になり、尻だけを上げさせられた状態で腹に差し込まれた冷たく硬い玩具が出し入れされる。身体を無理矢理拓かれる苦しみに喘ぎながら、ラガッツォは時折触れるフェルディナンドの掌の感触をずっと追っていた。
油が泡立ち、後孔から垂れて太腿を伝い落ちていく。何度も身体の奥を玩具で突かれ、一際張り出した部分で濡れそぼった肉壁の一点を刺激されるうちに、奇妙な熱が腹の奥に生じかけていた。
「うーん、後ろだけだとまだ感じられないのかな」
フェルディナンドはひとり呟くと、力を失いぐったりと項垂れていたラガッツォの性器に手を伸ばした。
「あっ! や、ぁ……」
突然与えられた直接的な快感に、ラガッツォの脳が真っ白になる。フェルディナンドはラガッツォの茎を上下に擦り、先端を指先の腹で撫でた。
「あ、ああっ、んぅ」
「ふふ、腰が揺れているよ、ラガッツォ。気持ちよさそうだ」
ラガッツォはシーツを握りしめ、ぼやける視界のなかで遠く響く自分の喘ぎを聞いた。
フェルディナンドの掌がラガッツォを追い立てる。太腿が張り詰め、みるみるうちに興奮が高まっていく。
「はあっ、はあっ……フェルディ、ナンド……!」
「いきそうかい? いってもいいよ」
フェルディナンドの手が上下するのに合わせて腰が揺れた。身体の内で急激に張り詰めた興奮が限界まで膨らみ、坂を駆け上るように頂点を極める。その瞬間、ラガッツォはフェルディナンドの掌に精を放った。
「はー……、はー……」
硬直し、やがて弛緩した肉体がどさり、とベッドに倒れこむ。視界で光が眩しく瞬いた。
力を失い横たわるラガッツォの後孔から、ずるりと張り型が抜き取られる。咥えるものを失った穴は、名残惜しそうに暫く開閉していた。
フェルディナンドがラガッツォを抱き、そっと頬に口づけた。柔らかく温かな唇の乾いた感触に、ラガッツォは切なく鼻を鳴らした。
「よくできたね、ラガッツォ。いい子だ」
フェルディナンドの声が心に滴り落ちる。ラガッツォを褒める言葉が全身を包む。
「心配いらないよ。これから毎晩、私が一緒に遊んであげよう」
***
暖炉の焚かれたリビングの隅で毛布に包まれ、うとうとと微睡んでいたラガッツォはふと目覚め、目を擦ると傍らの窓ガラスに顔と掌を押し付けた。暮れ始めた中庭に、白いものが舞い散っている。
ラガッツォは暖かな部屋から、空を舞う雪を見上げた。
フェルディナンドの家に暮らし始めて既に二ヶ月が経とうとしていた。この家でラガッツォが暮らし始めてフェルディナンドがまずしたことは、ラガッツォが住んでいた部屋の解約だった。ある日見知らぬ男たちがフェルディナンドの家にきたかと思うと、ラガッツォの部屋に置いてあったささやかな荷物を全てリビングに置いて去っていった。
『要るものと要らないものをまた時間のあるときに分別しておくといい』
と親切そうに言ったフェルディナンドに対し、ラガッツォは鼻を一度鳴らすと
『全部捨てていい』
とだけ答えた。翌朝にはそこにあった荷物は全てなくなっていた。そうして、ラガッツォの居場所はフェルディナンドの家だけになった。
ソファの弾力的な感触に馴染めず、日中は床で毛布に包まっていると、フェルディナンドはある日床に毛足が長く厚いカーペットを敷いた。そしてラガッツォが座る場所に厚手の毛布を置き、幾つもクッションを乗せた。
『日中に私がいないと寂しいかと思って』
そういって、フェルディナンドは「仕事」から帰ってくるとよくぬいぐるみを贈ってきた。綺麗に包装されたぬいぐるみはラガッツォの手によってカラフルな包みを解かれ、暖炉の上に一列に並べられている。犬、猫、熊、兎、あひるに鮫。この世には数えきれないほどの種類のぬいぐるみがあるのだと、フェルディナンドから贈り物を渡される度にラガッツォは思った。
「晩御飯だよ、ラガッツォ。どうしたんだい外なんか見て。……ああ、雪が降ってきているんだね。今夜は冷えるだろうから、毛布を一枚あとで出しておいてあげよう」
背後からラガッツォに覆いかぶさるようにして外を眺めたフェルディナンドは、ラガッツォの肩に手を置くと優しく食卓へと促した。
彼と共に席に着き、ラガッツォはホットの葡萄ジュースを口に含む。
「ほら」
フェルディナンドがスプーンに取って冷ましたグラタンを差し出した。ラガッツォは逆らうことなく口を開き、親鳥から餌をもらう雛鳥のようにフェルディナンドの手から夕飯を口にした。
「ラガッツォ、そろそろここでの暮らしも慣れてきたかい?」
フェルディナンドはワイングラスに注がれた深紅のワインを口にしながら問いかけた。彼の口角は僅かに上がり、彼が上機嫌であることをラガッツォに教える。
「あー……おかげさまで、慣れてきた気は、するなァ」
「それはよかった」
彼が手を組む。
「ところで、そろそろきみも私以外の人間と交流するべきだと私は考えるんだが、きみはどう思う?」
「……アンタ以外の人間って、例えば?」
フェルディナンドはにっこり微笑むと、よく研がれた包丁でカットされた美しい断面のフルーツトマトをフォークで刺し、口に放り込んだ。彼は何かを咀嚼するときでさえ、美しい顔を保ったままだ。
質問に答える気はないらしい。
「……アンタの言うことを聞く。俺はそれしかしねェ」
「そう。物わかりのいい子だ」
フェルディナンドはラガッツォを褒めながらスライスされたチーズを手に取り、ラガッツォの前に差し出した。遠慮なく彼の指を唾液で濡らしながら、ラガッツォは食べ物を直接口で受け取る。
「明日お客様がくるから、きみは行儀良くしていないといけないよ」
チーズを咀嚼し、飲み込んでからラガッツォは応えた。
「明日? 急だなァ」
「ごめんね。予定が中々擦り合わせられなかったんだ」
フェルディナンドの碧の瞳が妖しく光った。
「きみがいい子でいることを、期待しているよ」
***
白い月が朱色の空に浮かんでいた。夕暮れ、フェルディナンドの家の明かりを灯すのはいつからかラガッツォの仕事になっていた。フェルディナンドを出迎えるために、門灯と玄関、リビングとキッチンの明かりをつけて回る。家中を明るくしたところで満足し、ラガッツォは定位置の毛布の上に戻った。
フェルディナンドから贈られたぬいぐるみたちを眺めていると、玄関先から人の話し声が聞こえてきた。聞きなれたフェルディナンドの低音と、聞いたことのない高い声。
彼は「お客様」とだけ言っていたが、ラガッツォは客人が男だと勝手に思い込んでいた。だがそれは違ったようだ。
ラガッツォはどこか拗ねた気分で、彼らが家に上がってくるのを待った。玄関の鍵が開けられ、ドアが開く。
「ただいま」
ラガッツォは立ち上がり、外から帰ったばかりのフェルディナンドに抱き着いた。彼からは冬の街の甘い匂いがした。
見慣れぬ人影を拒絶するようにフェルディナンドの身体の陰に隠れていると、彼はラガッツォの肩を押した。
「ほら、ご挨拶して。この子はラガッツォ。このひとはシャーロット」
ラガッツォはフェルディナンドの身体越しに小柄な女性を見つめた。艶のある赤毛を華やかに纏めた女性は、そばかすの散った頬を歪め、ぎこちなく笑みを作っていた。
「このひとは、私の妻だよ」
耳にすべりこんだ言葉が理解できず、ラガッツォは頭上の顔を見上げた。見慣れた微笑みがラガッツォを見下ろす。フェルディナンドは片手でラガッツォの首輪を掴むと
「このひとは私の妻だよ、ラガッツォ。普段は別れて暮らしているんだ」
と言った。
全身が凍りつき、フェルディナンドの服を握りしめた拳が震える。天地が逆さになり、すべてが遠ざかった心地がした。
「ほら、中に入って。ラガッツォ、暫く自分の部屋に行っていなさい。すぐ食事を作るからね」
声が遠くで鳴る。ラガッツォは言われた通り、覚束ない足取りで自分の部屋に向かい、扉を開けた。
扉を閉める瞬間、ふたりの笑い声がリビングから響いた。
ラガッツォは自分の枕に顔を埋め、寝そべったまま微動だにしなかった。耳を刺激する己の鼓動の音が無性に煩かった。
キッチンからは二人が仲良く料理する気配がする。やがて、家中に香ばしい匂いが立ち込めた。
明かりの消された部屋を、フェルディナンドがノックする。
「夕飯だよ、出ておいで」
ラガッツォは己の首に巻かれた黒革の首輪を一度撫でると、重い身体を持ち上げ、のろのろとリビングに向かった。
席に着き、机に置かれた料理を見下ろす。
「この子はなんでも食べる子でね、お陰で私は苦労がないんだ」
「まあ、それはいいわね。あなた、『パパ』のお料理は何が好きなの?」
ラガッツォはシャーロットを見返し、言葉を発そうとして硬直した。
「ラガッツォ、シャーロットが訊ねてるんだ。答えなさい。きみは何が好物なんだい?」
「あ……」
ラガッツォはフォークを手に取り、逡巡したあと
「サンドイッチが好き。……アンタが直接、手で食べさしてくれるものは全部好き」
と答えた。
「そうなのかい。ラガッツォ、きみはかわいいなあ」
そう思わないかい、とフェルディナンドがシャーロットに同意を求める。彼女は嬉しそうに頷き、仲がよくていいわね、と言った。
ラガッツォはじっとシャーロットを見つめた。
フェルディナンドがナイフを手に取り、ローストビーフを切り分ける。鋭く研がれたナイフが銀色に光を反射し、刃先からは赤い肉汁が滴っていた。
シャーロットがラガッツォを見返す。
彼女の瞳は、ラガッツォがこれまでの人生で見たことがないほど深く澱み、計りきれない絶望の色を湛えていた。青色の瞳はどす黒く染まり、底知れない影を孕んでいた。
「可愛い子ね、ラガッツォ君。私たち、仲良くできそうかしら」
彼女の声は平坦だった。奇妙なほど、感情というものが欠落していた。
「……そうだなァ。そうしたいな、『ママ』」
フェルディナンドの持つナイフがぐっと肉を断ち、銀の皿を叩いた。
会話の弾まない夕食を終え、コーヒーを三人で飲んだ後、フェルディナンドはシャーロットの腰を抱きながら
「彼女を家まで送ってくるよ」
と言い残し、家を出た。
ラガッツォは自室に戻り、ムカムカする胸を抱えうろうろと辺りを彷徨った。シャーロットの肩に親し気に回されたフェルディナンドの片手が脳裏をちらつく。
『このひとは私の妻だよ』
シャーロットと甘い声で名前を呼ばれていた女性は酷く暗い目をしているのに、フェルディナンドは愛おしそうに彼女を抱き寄せ、頬にキスまでしていた。
ラガッツォは心の奥底から湧き出る感情に突き動かされるように机を蹴る。大きな音を立てて机が跳ねる。一度行動に起こしたことでスイッチが入り、ラガッツォは二度三度と机を蹴りつけた。
フェルディナンドが許せなかった。まるでラガッツォしか世界で愛しいものはないという振る舞いをしながら、ラガッツォにあれほど尽きることのない愛を囁きながら、妻という存在を作り、ラガッツォとフェルディナンドが暮らす家に上げたのだ。この二ヶ月、ふたりで一緒に作り上げた空間が汚されてしまった気分だった。フェルディナンドはラガッツォに教えているようだ。
おまえは只のペットだ。
首輪に繋がれた哀れな犬だ。
遠く声がこだまする。
あなたには価値がない。
おまえには価値がない。
フェルディナンドが背後に立って囁く。
きみには私の恋人になる価値がない。
「うるせェっ!」
ラガッツォは机を蹴り倒し、ソファを蹴った。クローゼットを開け、与えられた服を周囲に撒き散らす。引き出しをひっくり返し、本棚から何冊も本を払い落とした。
埃が舞い上がる。カーテンが揺れ、花瓶が床に落下する。床一面に砕けた破片が散り、水が滴った。散らばった花々を躊躇いなく踏みつける。
机の上に載っていたオルゴールが目に入る。
ラガッツォは肩で息をしながらそれを手に取り、一瞬の躊躇いのあと、勢いよく小箱を床に叩きつけた。
――アンタが愛していいのは、この俺だけだ。
啜り泣きの声が響く暗闇に、パッと光が灯った。ラガッツォは布団に包まったまま、息を止め存在感を消そうと身を縮こまらせた。
「ああ……随分と、酷い有様だ」
フェルディナンドの足が割れた陶器の破片を踏み、踏み砕く音がした。
「ラガッツォ、顔を見せなさい。おや、これは。こんなに酷く壊すと、直せるかはわからないよ」
彼がなにかを拾い上げ、机の上に置いた。彼がベッドに腰掛ける気配がする。周囲に積もっていた衣服を床に払い落とし、布団を剥がれた。
「……どうしたんだい、こんなに暴れて。シャーロットが来たのがそんなに厭だったのかな」
ラガッツォは顔を伏せたまま後ずさった。フェルディナンドの手が首輪を掴み、それ以上移動することを防がれる。
「ラガッツォ」
ぐっと首輪に力が籠められる。ラガッツォは嫌だと首をふると、冷たい声が頭上から降ってきた。
「言うことを聞きなさい。きみは悪戯をしたんだ。見なさい、部屋を。きみがしたことを見るんだ」
ラガッツォはおそるおそる腫れあがった瞼を上げ、フェルディナンドの顔を窺った。彼は冷え切った表情を顔に浮かべ、ラガッツォを凍り付いた視線で貫いた。
「いけない子だね。ラガッツォ、『BEG』」
ラガッツォはフェルディナンドのコートの裾を掴み、大きくしゃくりあげた。
「言うことを聞かないと家から放り出すよ。嫌なら私に乞いなさい、ラガッツォ」
ラガッツォはベッドに尻をつけたままフェルディナンドの上半身に縋りつき、言葉を絞り出した。
「……やだったんだよォ」
「うん」
「俺たちの家に、誰かくるのいやだ」
「そう」
「アンタが結婚してるのもいやだ」
「そうかい」
「アンタが誰かと仲良くしてると気分がわりィ」
「他には?」
「見てほしい」
「誰を」
大きく息を呑む。
「俺だけ、見てろよォ」
後ろ髪を掌で掴まれ、仰け反るように引っ張られる。仰ぎ見たフェルディナンドは、至極満足そうに微笑んでいた。
「私のことが好きかい、ラガッツォ」
「……すき」
「私がほかの人を見ているのは厭かい」
「やだ」
「そうか」
手が離され、仰け反った首が元に戻る。
「君の考えはわかったよ、ラガッツォ。今後客を呼ぶときはよく考えよう。それはそれとして」
フェルディナンドは満面の笑みを浮かべながら、一度手を叩いた。
「暴れたことの責任は取ってもらうよ。お仕置きしよう」
フェルディナンドはラガッツォをベッドに押し倒すと、膝をラガッツォの腹の下にねじ込み、尻を抱え上げた。
「ちょっ……や、」
下着ごと服をずり下げられ、尻だけが外に露出する。外気に当たり、心もとない気持ちになってラガッツォは手足をばたつかせた。
「こら、暴れたら駄目だろう?」
フェルディナンドはラガッツォの身体を片手で固定すると、笑いを含んだ声で囁いた。
「悪い子だ」
彼の言葉から一拍おいて、破裂音が鳴り響いた。衝撃が身体を貫く。ラガッツォは目を白黒させ、夢中でシーツを掴んだ。数度瞬きをし、やがて自分は悪事を働いた幼子のように、尻たぶをフェルディナンドに叩かれたのだと悟る。
屈辱に、眩暈がした。
「ひっ……!」
彼の手が振り下ろされるたびに、衝撃が身体を揺さぶった。高い音を立てて、フェルディナンドは何度もラガッツォを打ち据える。
「うぅ……」
尻がびりびりと震え、足が反射的に泳ぐ。何度も素肌を叩かれると、肌と腹の奥に徐々に熱が溜まっていく。フェルディナンドの太腿が股間に食い込み、掌で尻を打ち据えられるたびに動いてラガッツォの性器を刺激した。声に甘い響きが混じりだす。
「あ、やっ、んんっ」
ラガッツォは身を捩り、首をひねってフェルディナンドを仰ぎ見た。彼は飽くことなく何度もラガッツォを掌で打ち据える。最後に一度大きな音をさせて彼はラガッツォを叩き、熱を持つ臀部を掌で柔く撫でた。
「これに興奮するようでは罰にならないな」
フェルディナンドの足がぐりぐりとラガッツォの性器を捏ねる。そこは硬く勃起してフェルディナンドの太腿を圧迫していた。ラガッツォは羞恥に耐えきれず顔を腕で隠し、身を丸める。
フェルディナンドの手がラガッツォを覆っていた衣服を全て脱がせ、裸にさせる。見慣れた油の瓶を手に取り覆いかぶさる彼に縋りつき、ラガッツォは懇願した。
「なァ、入れてほしい……」
「どれをだい? どの玩具がいい?」
「違う」
ラガッツォはフェルディナンドの服を掴んで、望みを喉から絞り出した。
「フェルディナンド、アンタのを入れてほしい……」
彼が動きを止める。やがて、彼の手がラガッツォを愛おしそうに抱いた。
「それだとお仕置きにならないだろう?」
鼻を啜るラガッツォにフェルディナンドは優しく囁いた。
「そうか、きみはそれが欲しかったんだね」
***
シャーロットの一件があってから、フェルディナンドは客を家に呼ばなくなった。その代わり、彼は時折夕食後に外出するようになった。
冬の夜に帰ってくる彼は、決まって嗅いだことのない他所の甘い香りを纏っていた。フェルディナンドに抱き着いてその匂いを嗅ぐたび、ラガッツォの胸は不穏に騒めいた。
「今から少し出てくるよ。いい子でお留守番していなさい。遅くなったら先に寝ていても構わないから」
その日も、フェルディナンドはラガッツォに夕食を食べさせるとキッチンを片付け、外出用のコートを羽織った。
「あァ。いってらっしゃい。気ィつけろよ」
ラガッツォは平然とした声でフェルディナンドを見送る。彼が玄関の扉を閉め、鍵を掛ける音をリビングで聞くと、ラガッツォは足音を殺して玄関に忍び寄った。ドアに耳を当てると、フェルディナンドが遠ざかっていく足音がする。
彼が表の道に出た気配を察知し、ラガッツォは慎重な手つきで鍵を開けた。身を屈め、足音を殺しながら庭を抜ける。
夜の庭は暗く沈み、木々が風に吹かれ葉が擦れあう音を立てていた。頭上で巨大な満月が煌々と輝いている。
そっと門扉から通りに顔を出すと、フェルディナンドの白い背中が遠くに見えた。
今日こそは、誰と逢っているのかを確かめてやる。
ラガッツォは固く決意し、フェルディナンドのあとを追う一歩を踏み出した。
フェルディナンドは一定のリズムで歩みを刻み、住宅街を進む。ラガッツォは家の影や塀、街灯に姿を隠しながら彼のあとをついていく。
十五分ほど歩いた先で、フェルディナンドは奥まった路地の奥に姿を消した。ラガッツォは表通りから顔だけを出し、奥まった場所に存在する家を観察する。この路地から入れる家は一軒しかないようだった。
すると、あの家がフェルディナンドの目的地なのか。
その証拠に、フェルディナンドの姿はそこになかった。きっと家の中に入ったのだろう。
平凡な平屋の家には誰が住んでいるのだろう、とラガッツォが近づこうとした瞬間、遠くで大きな音が鳴った。まるで人間ががむしゃらに暴れているような騒音が立て続けに起こる。次いで、女の絶叫が辺り一帯に響き渡った。
「なっ……」
棒立ちになるラガッツォの前で、家の扉がゆっくりと開き、人影が這いずるように表に現れた。小柄な女性は、手足を使って路地を進み、虚空に手を伸ばした。
「……たすけて」
助けを求めるか細い声が聞こえる。
伸ばされた手を凍り付いた目で追いながら、ラガッツォは悟る。彼女はシャーロットだ。
フェルディナンドの「妻」。
室内から漏れ出る光を背景に、大柄な男の姿が現れた。彼は外套を翻すと、シャーロットの後ろに仁王立ちになった。
彼の左手が振り上げられる。
彼の手には、見慣れた短剣が握られている。
女の断末魔が、空気を裂いた。
「ひっ……」
思わず漏れ出た声に驚き、ラガッツォは慌てて口を両手で塞いだ。影の顔がラガッツォのいる方向にゆるりと向く。
「……!」
ラガッツォは震える脚をなんとか動かし、その場から走り出した。手をがむしゃらに振り、今見たばかりの光景を脳裏から振り払おうと必死に足を前後させる。
「はっ……! はっ……!」
夢中で走り、フェルディナンドの家が見えてきたところでラガッツォは足を止め、傍らの木に手をついて大きく深呼吸をした。肩で息をしながら、吐き気をなんとか堪える。
――フェルディナンドだった。あれはフェルディナンドだった。彼がシャーロットを殺した。彼が人を殺した。
ラガッツォは絶望の混じった眼差しでフェルディナンドの家を眺めた。ふたりで暮らした一軒家。彼がラガッツォを愛してくれる家。
そこ以外、帰る場所はないのだ。逃げる? 今更どこに逃げるというのだ。ラガッツォには家がない。身寄りがない。匿ってくれる仲間もいない。フェルディナンドがどんな人間であろうと、ラガッツォに逃げ場などないのだ。
ラガッツォは暫くその場に立ち尽くしていたが、やがて力なく門扉を押し、己が飼われている家へ戻った。
明かりを落とした部屋で、布団に包まり身を隠していた。
玄関の扉が開く高い音がする。足音がリビングを横切る。彼は迷いなくラガッツォの部屋を目指している。
鳴り続ける鼓動が煩かった。フェルディナンドから与えられるであろう罰がおそろしかった。
彼の存在そのものに恐怖していた。
ラガッツォの部屋の扉が、ギィ、と音を立てて開かれる。光を背負って、フェルディナンドが入り口に立っていた。
「……ラガッツォ」
彼の甘い声が名前を呼ぶ。フェルディナンドが足を出し、ラガッツォに近づいてくる。ベッドの元で仁王立ちしたフェルディナンドからは、生臭い匂いがした。
「ひっ……」
目の前で翻ったフェルディナンドの外套の裾に、べったりと付着している血痕を目にしてラガッツォは小さく悲鳴を上げた。
フェルディナンドが身を屈め、ラガッツォの横に手をついた。彼の腕の中に閉じ込められる。
「……いけない子だね。お留守番をしていなさいって、私は言っただろう? どうしたら、この子は私の言うことを聞くんだろうね。鞭では駄目だったのなら、飴が必要だったのかな?」
フェルディナンドの手がラガッツォの頬に伸ばされる。つい先ほど人を殺したばかりの手が、ラガッツォを愛おしそうに撫でた。
ベッドに沈みこんだラガッツォの身体に覆いかぶさるようにして、フェルディナンドは服のボタンに手を伸ばす。
フェルディナンドが顔を寄せ、ラガッツォと唇を重ねた。初めての口づけに、喜びの電流がラガッツォの背骨を走る。無意識のうちに唇を開き、彼の舌の訪いを歓迎していた。熱く湿った舌がラガッツォの舌に絡みつき、粘膜が擦れあう。彼の舌に歯列をなぞられる度、ひくりひくりと腰が震える。フェルディナンドはラガッツォの口腔を犯しながら、空いた両手で裸にさせた身体全体を撫でる。外気で冷えた指先でラガッツォの胸の尖りを捏ね、赤く色づくまで執拗に刺激を与えた。
「……んん、ふっ、あ」
ようやく口が解放され、ラガッツォは肩で大きく息を繰り返した。シーツに熱を持つ頬を擦り付け、痺れて何も考えられなくなった頭を振る。
大きく足を開かされ、フェルディナンドの前に勃起した性器を晒す。キスをされただけでそこは限界まで立ち上がり、早くも雫を垂らしていた。
フェルディナンドは身を屈め、全身に唇を落としていく。肩や二の腕、指先、足の先まで唇で愛撫され、食まれ、噛みつかれる。フェルディナンドの赤い唇がラガッツォの胸の尖りを食み、じゅるりと下品な音を立てて吸いあげると、ラガッツォは羞恥に身もだえした。眼下で繰り広げられる光景を正視できず、ただ首を横に振る。
「やだ……っァ」
フェルディナンドに伸ばした手は容易く捕らえられ、手首をベッドに押し付けられた。
油を纏った指がラガッツォの足の間に差し入れられ、後孔を探る。そこは毎晩の「遊び」によってすっかり柔らかくなり、フェルディナンドの指に触れられると素直に口を開けた。
ぬるり、と抵抗なく指が体内に収まる。ラガッツォはぞわりと感じた快感に顎を反らせ大きく喘いだ。フェルディナンドは慣れた手つきで体内を油で濡らしていき、次第に指を増やしていく。
ラガッツォは全身を脱力させ、ただ与えられる快楽に酔っていた。腹の内側を擦られる度全身が硬直し、指が外れれば弛緩する。フェルディナンドの指を濡れそぼった肉筒で食み、気づけば腰を揺らして続きをねだっていた。
「フェルディ、ナンド……っ」
「これが欲しい?」
フェルディナンドが自身の下半身の服を寛げる。ラガッツォはフェルディナンドに手を取られ、彼の性器に初めて触れた。
彼の性器は太く長く、そしてラガッツォの姿態を前にして完全に勃起していた。その事実にラガッツォは心底安堵する。
――彼もまた興奮してくれているのだ。この行為に。
ラガッツォは潤む瞳でフェルディナンドを見上げ、乞うた。
「……いれて、ほしい。フェルディナンド……っ。それが、ほしい」
彼の手がラガッツォの首輪を掴み、顔を上げさせた。
「これがほしいかい?」
「……欲しい」
「これからもちゃんといい子にするかい?」
「する、ちゃんといい子にする。だから……」
ラガッツォは熱に浮かされ朦朧とする頭で、言葉を続けた。
「だから、アンタも俺だけを可愛がれよォ……」
「かわいいね、ラガッツォ。いい子だ」
彼がラガッツォの頭を抱き込み、何度も撫でる。そして足を開かせ、腰を進めた。
硬く、けれど体温を持ち脈打つものがラガッツォの後孔にひたりとあてられる。
「あっ……!」
ラガッツォは無我夢中でフェルディナンドに縋りつき、脚を大きく開いた。
ぐっと肉棒が後孔にめり込む。
「っあ、ああ、ァ」
抵抗があったのは最初だけで、張り出した部分を呑み込むと残りはすんなりとラガッツォの腹におさまった。初めて咥えた男根に、肉壁は蠕動して夢中でしゃぶりつく。
「ふっ、きみのなかは熱いな」
フェルディナンドの少し上がった息が、ラガッツォの耳に吹き込まれる。最奥まで届くフェルディナンドの性器に軽く突かれ、ラガッツォの口元が緩む。
「ぁ、あっあっ、んん」
フェルディナンドが身体を前後させ、ラガッツォの奥を突く。彼の性器が前後するたび、ラガッツォのペニスからは透明な液体がどろりどろりと流れ落ちた。
「ああっ、ッ!」
後孔の縁が捲れるほどフェルディナンドの性器が抜き出されたかと思うと、一気に奥まで突き刺される。ラガッツォの足がぶるぶると震え、けれど逃さぬと言わんばかりにフェルディナンドの身体を拘束した。
ふたりの接合部は油と互いの体液でぐっしょりと濡れ、そこから終わりなく水音が響いていた。
「あ、ァッ!」
ラガッツォを押しつぶすようにフェルディナンドの身体が圧し掛かり、射精するために性器を肉壁に擦りつけた。フェルディナンドの腹に勃起したラガッツォのペニスが擦れ、ラガッツォも高まっていく。
一際激しい動きで腰を打ち付けたフェルディナンドは息を止め、ぶるりと身体を震わせた。
「あー……んん、」
ラガッツォは切なげに鼻を鳴らす。体内で、じわりと熱いものが広がる感覚があった。フェルディナンドが自分の身体を使って射精した事実に、心が酷く高揚した。たらり、とラガッツォの性器から力なく精液がこぼれ、長い時間をかけて全てを吐き出した。
***
朝の日差しが、部屋にたっぷりと差し込んでいた。ラガッツォは重い眼で瞬きを繰り返し、寝返りを打つ。
部屋に人影はなかった。キッチンでフェルディナンドが動いている気配がする。その証拠に、家の中には肉の焼ける匂いが漂っていた。
ラガッツォは頭を掻きながら上半身を起こし、大きく伸びをした。そのまま己の身体を見下ろす。フェルディナンドによって色々なものを食べさせられ、肉のついてきた身体には昨夜彼からつけられた痕や歯形が幾つも残っていた。
カっと赤面する。昨夜の出来事は夢ではなかったのだ。
彼は俺を抱いた。……俺を抱く前、彼は人を殺した。
ラガッツォの身体は綺麗に拭き清められていた。枕元に畳んで置かれていた服に袖を通し、立ち上がる。身体の奥に鈍い痛みを感じたが、動きに支障が出るほどではなかった。
「おはよう、もうすぐ朝食だよ」
フェルディナンドがいつも通りの笑顔でラガッツォに告げる。
糊のきいたテーブルクロスが敷かれた食卓の前に腰掛け、ラガッツォはじっと朝食が出てくるのを待った。
キッチンから現れたフェルディナンドは、料理の盛りつけられた皿を持っていた。白い皿を、彼はラガッツォの前に置いた。
焼いた肉を挟んだサンドイッチが、一口大に切り分けられ綺麗に並んでいた。傍にはトマトの赤とパセリの緑が添えられている。
香ばしい匂いにふと疑問を持ち、ラガッツォは訊ねた。
「なァ、これはなんの肉のサンドイッチなんだ?」
フェルディナンドは微笑む。赤い唇が綻び、整った歯列が覗く。
質問に答える気が、彼にはないのだ。
「ほら、私の手から食べてごらん。かわいいラガッツォ」
彼の刺青の刻まれた手が一口に切られたサンドイッチを摘み、ラガッツォの口元まで運ぶ。
――これを食べたら、きっと元には戻れない。
そんな予感を抱きながら、ラガッツォは静かに口を開いた。
***
紅茶を淹れるカップの数に迷い、最終的に二個取り出した。茶葉はポットの中でよく蒸らされている。今日使ったのは秋摘みの新茶だ。きっとその風味には誰もが感嘆するだろう。
カップを二つ乗せたトレーを手に、部屋に戻る。部屋の奥では、ボスが書類仕事をこなしていた。
「どうぞ、偶には休憩も必要ですよ」
「ああ、ありがとう、ラヴィリタ。そうだね、少し休憩しようか。おや、今日の紅茶はより一層いい香りがする」
フェルディナンドは優雅にカップを持ち上げると、香りを嗅いで微笑んだ。
ラヴィリタは自分の席に戻り、ふと気になっていた件を切り出した。
「そういえば、例の『犬』――貴方の飼い犬とは、仲良くしていらっしゃるんですか」
「うん? ああ、ラガッツォかい。おかげさまで、毎日元気に過ごしているよ。ただ少し甘えがちに育ってしまってね、私が仕事に行くたび寂しがるようになってしまったのは可哀そうだ」
「ふうん」
「きみには感謝しているんだ、ラヴィリタ。私はずっと犬を飼いたいと思っていてね――実際、聞いていた通りで満足しているよ。犬はいい。真っ直ぐな愛情をこれでもかというほど飼い主に注いでくれる。ひたむきな愛情というのはこのことを言うのだと私は初めて知ったよ」
「相性もよかったんでしょう。よかったですね」
「ああ、本当によかった」
フェルディナンドはカップを置くと手を組み、小さく呟いた。
「彼が子供のころからずっと見ていたんだ。ちゃんと私のものに出来て、本当によかった」
「私からの食べ物しか食べてはいけないよ」
そういいながら、夕飯の席でフェルディナンドはラガッツォの首輪を掴み、彼の指で掴んだカナッペを差し出した。彼の顔を窺うと、フェルディナンドは促すように頷いた。
ラガッツォは瞼を伏せて唇を開き、彼の指ごと食んだ。舌が彼の指に当たる。拙い動きで彼の指からクラッカーを舌で掬い取ると、フェルディナンドはラガッツォの頭を撫でてなんていい子なんだろう、と褒めた。
酷く歪な関係だ、とラガッツォは思った。フェルディナンドが求めているのは酷く歪な関係なのだと今更ながらに実感する。けれど、その関係がラガッツォに何故か満足感を与えていることもまた事実なのだ。
彼の言葉に従う。彼の低く甘い声に命令される。
その度、ラガッツォの心の奥底が歓喜に震える。
首元に手を遣る。彼に嵌められた黒革の首輪を、拒否する思いはわいてこなかった。
布団のなかで微睡んでいると、部屋の扉をノックする音が響いた。
「いいぜ、入れよ」
扉を開けたフェルディナンドは、シャツとスラックスを着ただけのラフな格好をしていた。片手には本を持っている。
彼はベッドに寝ころぶラガッツォに近寄ると、ベッドに腰掛け、髪を掬い上げた。
「まだ少し濡れていないかい? きちんと乾かさないといけないよ」
「ん」
「ラガッツォ」
頬を撫でる掌の感触に身体を委ねていると、フェルディナンドが囁いた。
「服を全部脱ぎなさい」
「……な、」
目を見開きフェルディナンドの顔を見返すと、彼は上機嫌に微笑んでいた。
「厭だ、そんな」
「飼い犬の健康管理も飼い主の仕事だからね。どこか悪いところがないか、全身を確かめさせてもらうよ」
「でも」
「ラガッツォ」
フェルディナンドの目が薄く開かれる。
「私に逆らうのかい?」
ラガッツォは途方に暮れた気持ちでフェルディナンドの顔を見つめ、次いで自分の身体を見下ろした。彼の言うことを聞く、確かに自分は同意した。けれど、彼の手に触れられたら、自分の身体はどうなってしまうのか。
ぐっと息を詰め、ラガッツォは着ていたパジャマのボタンをひとつ外した。フェルディナンドが褒めるようにラガッツォの足首を撫でる。
上に来ていた服のボタンを全て外し、脱いでしまうと寒さに身体が震えた。自分の痩せた身体がフェルディナンドに晒されていることが酷く恥ずかしかった。
そのまま、面倒になり下着ごと下の服も全部取り去った。裸になったラガッツォをフェルディナンドは満足そうに眺め、
「横になって」
と指示を出す。
おずおずとベッドに横になったラガッツォに覆いかぶさるようにして、フェルディナンドは手を伸ばした。彼の手が首輪の周囲を辿り
「痛みはない?」
と問いかける。
「あァ」
と答えると、彼はそのまま手を肩に移動させた。指先が肩の関節の動きを確かめ、二の腕に触れる感触にラガッツォの身体は騒めいた。肘の裏の皮膚が薄い場所を指先でぐっと押されると、思わず腰に熱がわだかまる。
フェルディナンドは宣言通り、ラガッツォの身体をくまなく触れて怪我の痕の有無や関節の動き、筋肉の付き具合を確かめていった。手の甲をフェルディナンドの指先が摘み、足の指の間を異常がないか確かめるように柔らかな手つきでなぞる。胸に掌が当てられ、肋骨を手の甲で撫でられる。
彼の手がラガッツォの脚を押し上げ、局部を露出させたとき、ラガッツォは目に涙を浮かべ腕で顔を隠した。フェルディナンドに全身を触れられたことで、そこは硬く勃起していた。
「おや、元気だね。きみは若いものな」
互いの温度差を感じさせる冷静な声に、ラガッツォは一層身体を縮みこませた。
彼が傍らに置いた本を手に取る気配がする。
「えーっと、全身を触らせて健康管理……はいいね。ああ、なるほど。遊ばせて体力を発散させてあげないといけないのか」
そう独り言をいいながら、フェルディナンドはごそごそとベッドの下を探った。
「こんなこともあろうかとちゃんと玩具を用意しておいたんだよ。ラガッツォ、遊んであげよう」
彼が引き摺り出した箱をベッドの上に持ち上げ、蓋を開ける。中から物体が幾つか落下した。ラガッツォは自分の身体の横に転がってきたそれの正体がはじめ分からず、まじまじと凝視した。木製、陶器製、金属製のそれらはグロテスクな形をしていて
「ひっ……!」
思わず身体が跳ね、目にしたものから距離を取ろうとする。
「おや、そんなに怖がらなくていい」
フェルディナンド幾つか落下したものからひとつを取り上げる。彼が手にしたものを目にし、ラガッツォは思わずベッドの端まで後ずさった。彼は、男の怒張した性器を模した張り型を手にし、ラガッツォに近づいてくる。
それが誰のどこに使われるものなのか、考えの及ばないラガッツォではない。だが、フェルディナンドが手にしている怒張した男の性器の模型が己に使われることなど、想像もしたくなかった。
「大丈夫、痛くはしないよ」
ラガッツォはベッドの隅で首をいやいやと横に振った。顔を腕で覆い隠し、彼が考えを変えてくれることを祈る。
「ラガッツォ、横になりなさい」
じわりと目に涙が滲む。交差させた脚が震えた。
「言うことを聞けないなら、首輪に鎖をつながないといけないな」
ラガッツォは唾を呑み込み、恐る恐るフェルディナンドの顔を見た。彼はいい子だ、と褒めるときの顔で自身の太腿を叩いた。
「ここにおいで。心配はいらない」
いやだ。今すぐここから逃げ出したい。
あの膝に乗りたい。彼にこの身を投げだしたら、きっと彼は褒めてくれる。
相反する気持ちに押されるように、ラガッツォは震える手を伸ばし、周囲に散乱する玩具からは極力目を反らしながらフェルディナンドの元に這いよった。
「賢い子だね。言うことが聞けた」
彼の手がラガッツォの頭を撫でる。そのままラガッツォの身体を押し倒し、ぐっと脚を折りたたんだ。
「少し冷たいよ」
彼の指が皮膚を辿り、ラガッツォの足の狭間を探る。言われた通り、冷えてぬめる液体が肌に垂らされた。フェルディナンドは指の腹でラガッツォの秘所を押し、円を描くように油を馴染ませる。
「……あ、」
背筋がぞわりと粟立つ。彼の指はしつこくラガッツォの穴の縁を撫で、やがてラガッツォが堪えていた息を吐いた瞬間、ぬるりと体内に指が侵入した。
「あ、――んうぅ」
ラガッツォはシーツを掴み、腹に生じた異物感に耐える。ずるりと根元まで押し込まれた指はラガッツォの体内を調べるように探り、油をその都度足しては肉筒を押して内部を拡げるように動いた。徐々にぬかるんでいく肉壁が、戸惑ったようにフェルディナンドの指に絡みつく。
「ああ……少し慣れてきたかい? ふふ、吸いついてくる。私の指が好きなのかな」
フェルディナンドの言葉にカッと頬に血が上る。彼の指を腹に含まされている現実をありありと突きつけられ、ラガッツォは羞恥に身を捩った。
己の後孔から響く卑猥な水音に耳を塞ぎたくなりながら歯を食いしばっていると、やがて腹の中の指の本数が増えた。
「あっ、う……」
内部を圧迫される苦しさに呻くと、慰めるようにフェルディナンドの片手がラガッツォの頭を撫でた。そのまま耳朶を擽るように触れられる。彼の体温が恋しく掌に頬を擦り付けると、フェルディナンドは片手でラガッツォを抱いた。
「ほら、柔らかくなった。これなら入るね」
ラガッツォは目を閉じ、いやだ、と首を振ったがフェルディナンドはより一層かたくラガッツォを抱きしめ、油で濡れた手で木製の玩具を手に取った。
「あ……」
「ほら、大きく息を吸って。ゆっくり吐いて……」
ラガッツォは喘ぐように息を繰り返し、やがて大きく息を吐いた瞬間後孔に硬いものが押し当てられる。
ぐっと肉を割って入ってくる玩具の冷たい感触に慄き、それを拒絶しようと、無我夢中で足をばたつかせた。
「大人しくして、ダメだよ。そう、そうだよ、いい子だね……」
フェルディナンドはラガッツォに言い聞かせながら、容赦なく張り型を根元まで体内にねじ込んだ。
「はーっ、は……あっ、ふぇる、フェルディナンドっ」
「どうだい? 痛くない?」
ラガッツォは後孔を貫く硬い異物に背筋を震わせ、ベッドに身体を投げ出した。尻の奥が限界まで伸びて張り型を呑み込んでいる。怒張した男性器の模型は腹を内部から圧迫し、まるで身体を尻から喉まで一刺しにされた気分だった。
「うぅ……」
フェルディナンドの手がやさしくラガッツォの肩を擦った。
「きみのいいところは何処だろうね……」
静かで柔らかな低音が囁き、ぐっと張り型に力をこめる。
「や、あっ……やっ!」
ラガッツォは衝撃に目を見開く。体内で張り型が上下し、ラガッツォの肉壁を大きく抉った。
「あぁ、ふっ、……うぅ」
ベッドに横になり、尻だけを上げさせられた状態で腹に差し込まれた冷たく硬い玩具が出し入れされる。身体を無理矢理拓かれる苦しみに喘ぎながら、ラガッツォは時折触れるフェルディナンドの掌の感触をずっと追っていた。
油が泡立ち、後孔から垂れて太腿を伝い落ちていく。何度も身体の奥を玩具で突かれ、一際張り出した部分で濡れそぼった肉壁の一点を刺激されるうちに、奇妙な熱が腹の奥に生じかけていた。
「うーん、後ろだけだとまだ感じられないのかな」
フェルディナンドはひとり呟くと、力を失いぐったりと項垂れていたラガッツォの性器に手を伸ばした。
「あっ! や、ぁ……」
突然与えられた直接的な快感に、ラガッツォの脳が真っ白になる。フェルディナンドはラガッツォの茎を上下に擦り、先端を指先の腹で撫でた。
「あ、ああっ、んぅ」
「ふふ、腰が揺れているよ、ラガッツォ。気持ちよさそうだ」
ラガッツォはシーツを握りしめ、ぼやける視界のなかで遠く響く自分の喘ぎを聞いた。
フェルディナンドの掌がラガッツォを追い立てる。太腿が張り詰め、みるみるうちに興奮が高まっていく。
「はあっ、はあっ……フェルディ、ナンド……!」
「いきそうかい? いってもいいよ」
フェルディナンドの手が上下するのに合わせて腰が揺れた。身体の内で急激に張り詰めた興奮が限界まで膨らみ、坂を駆け上るように頂点を極める。その瞬間、ラガッツォはフェルディナンドの掌に精を放った。
「はー……、はー……」
硬直し、やがて弛緩した肉体がどさり、とベッドに倒れこむ。視界で光が眩しく瞬いた。
力を失い横たわるラガッツォの後孔から、ずるりと張り型が抜き取られる。咥えるものを失った穴は、名残惜しそうに暫く開閉していた。
フェルディナンドがラガッツォを抱き、そっと頬に口づけた。柔らかく温かな唇の乾いた感触に、ラガッツォは切なく鼻を鳴らした。
「よくできたね、ラガッツォ。いい子だ」
フェルディナンドの声が心に滴り落ちる。ラガッツォを褒める言葉が全身を包む。
「心配いらないよ。これから毎晩、私が一緒に遊んであげよう」
***
暖炉の焚かれたリビングの隅で毛布に包まれ、うとうとと微睡んでいたラガッツォはふと目覚め、目を擦ると傍らの窓ガラスに顔と掌を押し付けた。暮れ始めた中庭に、白いものが舞い散っている。
ラガッツォは暖かな部屋から、空を舞う雪を見上げた。
フェルディナンドの家に暮らし始めて既に二ヶ月が経とうとしていた。この家でラガッツォが暮らし始めてフェルディナンドがまずしたことは、ラガッツォが住んでいた部屋の解約だった。ある日見知らぬ男たちがフェルディナンドの家にきたかと思うと、ラガッツォの部屋に置いてあったささやかな荷物を全てリビングに置いて去っていった。
『要るものと要らないものをまた時間のあるときに分別しておくといい』
と親切そうに言ったフェルディナンドに対し、ラガッツォは鼻を一度鳴らすと
『全部捨てていい』
とだけ答えた。翌朝にはそこにあった荷物は全てなくなっていた。そうして、ラガッツォの居場所はフェルディナンドの家だけになった。
ソファの弾力的な感触に馴染めず、日中は床で毛布に包まっていると、フェルディナンドはある日床に毛足が長く厚いカーペットを敷いた。そしてラガッツォが座る場所に厚手の毛布を置き、幾つもクッションを乗せた。
『日中に私がいないと寂しいかと思って』
そういって、フェルディナンドは「仕事」から帰ってくるとよくぬいぐるみを贈ってきた。綺麗に包装されたぬいぐるみはラガッツォの手によってカラフルな包みを解かれ、暖炉の上に一列に並べられている。犬、猫、熊、兎、あひるに鮫。この世には数えきれないほどの種類のぬいぐるみがあるのだと、フェルディナンドから贈り物を渡される度にラガッツォは思った。
「晩御飯だよ、ラガッツォ。どうしたんだい外なんか見て。……ああ、雪が降ってきているんだね。今夜は冷えるだろうから、毛布を一枚あとで出しておいてあげよう」
背後からラガッツォに覆いかぶさるようにして外を眺めたフェルディナンドは、ラガッツォの肩に手を置くと優しく食卓へと促した。
彼と共に席に着き、ラガッツォはホットの葡萄ジュースを口に含む。
「ほら」
フェルディナンドがスプーンに取って冷ましたグラタンを差し出した。ラガッツォは逆らうことなく口を開き、親鳥から餌をもらう雛鳥のようにフェルディナンドの手から夕飯を口にした。
「ラガッツォ、そろそろここでの暮らしも慣れてきたかい?」
フェルディナンドはワイングラスに注がれた深紅のワインを口にしながら問いかけた。彼の口角は僅かに上がり、彼が上機嫌であることをラガッツォに教える。
「あー……おかげさまで、慣れてきた気は、するなァ」
「それはよかった」
彼が手を組む。
「ところで、そろそろきみも私以外の人間と交流するべきだと私は考えるんだが、きみはどう思う?」
「……アンタ以外の人間って、例えば?」
フェルディナンドはにっこり微笑むと、よく研がれた包丁でカットされた美しい断面のフルーツトマトをフォークで刺し、口に放り込んだ。彼は何かを咀嚼するときでさえ、美しい顔を保ったままだ。
質問に答える気はないらしい。
「……アンタの言うことを聞く。俺はそれしかしねェ」
「そう。物わかりのいい子だ」
フェルディナンドはラガッツォを褒めながらスライスされたチーズを手に取り、ラガッツォの前に差し出した。遠慮なく彼の指を唾液で濡らしながら、ラガッツォは食べ物を直接口で受け取る。
「明日お客様がくるから、きみは行儀良くしていないといけないよ」
チーズを咀嚼し、飲み込んでからラガッツォは応えた。
「明日? 急だなァ」
「ごめんね。予定が中々擦り合わせられなかったんだ」
フェルディナンドの碧の瞳が妖しく光った。
「きみがいい子でいることを、期待しているよ」
***
白い月が朱色の空に浮かんでいた。夕暮れ、フェルディナンドの家の明かりを灯すのはいつからかラガッツォの仕事になっていた。フェルディナンドを出迎えるために、門灯と玄関、リビングとキッチンの明かりをつけて回る。家中を明るくしたところで満足し、ラガッツォは定位置の毛布の上に戻った。
フェルディナンドから贈られたぬいぐるみたちを眺めていると、玄関先から人の話し声が聞こえてきた。聞きなれたフェルディナンドの低音と、聞いたことのない高い声。
彼は「お客様」とだけ言っていたが、ラガッツォは客人が男だと勝手に思い込んでいた。だがそれは違ったようだ。
ラガッツォはどこか拗ねた気分で、彼らが家に上がってくるのを待った。玄関の鍵が開けられ、ドアが開く。
「ただいま」
ラガッツォは立ち上がり、外から帰ったばかりのフェルディナンドに抱き着いた。彼からは冬の街の甘い匂いがした。
見慣れぬ人影を拒絶するようにフェルディナンドの身体の陰に隠れていると、彼はラガッツォの肩を押した。
「ほら、ご挨拶して。この子はラガッツォ。このひとはシャーロット」
ラガッツォはフェルディナンドの身体越しに小柄な女性を見つめた。艶のある赤毛を華やかに纏めた女性は、そばかすの散った頬を歪め、ぎこちなく笑みを作っていた。
「このひとは、私の妻だよ」
耳にすべりこんだ言葉が理解できず、ラガッツォは頭上の顔を見上げた。見慣れた微笑みがラガッツォを見下ろす。フェルディナンドは片手でラガッツォの首輪を掴むと
「このひとは私の妻だよ、ラガッツォ。普段は別れて暮らしているんだ」
と言った。
全身が凍りつき、フェルディナンドの服を握りしめた拳が震える。天地が逆さになり、すべてが遠ざかった心地がした。
「ほら、中に入って。ラガッツォ、暫く自分の部屋に行っていなさい。すぐ食事を作るからね」
声が遠くで鳴る。ラガッツォは言われた通り、覚束ない足取りで自分の部屋に向かい、扉を開けた。
扉を閉める瞬間、ふたりの笑い声がリビングから響いた。
ラガッツォは自分の枕に顔を埋め、寝そべったまま微動だにしなかった。耳を刺激する己の鼓動の音が無性に煩かった。
キッチンからは二人が仲良く料理する気配がする。やがて、家中に香ばしい匂いが立ち込めた。
明かりの消された部屋を、フェルディナンドがノックする。
「夕飯だよ、出ておいで」
ラガッツォは己の首に巻かれた黒革の首輪を一度撫でると、重い身体を持ち上げ、のろのろとリビングに向かった。
席に着き、机に置かれた料理を見下ろす。
「この子はなんでも食べる子でね、お陰で私は苦労がないんだ」
「まあ、それはいいわね。あなた、『パパ』のお料理は何が好きなの?」
ラガッツォはシャーロットを見返し、言葉を発そうとして硬直した。
「ラガッツォ、シャーロットが訊ねてるんだ。答えなさい。きみは何が好物なんだい?」
「あ……」
ラガッツォはフォークを手に取り、逡巡したあと
「サンドイッチが好き。……アンタが直接、手で食べさしてくれるものは全部好き」
と答えた。
「そうなのかい。ラガッツォ、きみはかわいいなあ」
そう思わないかい、とフェルディナンドがシャーロットに同意を求める。彼女は嬉しそうに頷き、仲がよくていいわね、と言った。
ラガッツォはじっとシャーロットを見つめた。
フェルディナンドがナイフを手に取り、ローストビーフを切り分ける。鋭く研がれたナイフが銀色に光を反射し、刃先からは赤い肉汁が滴っていた。
シャーロットがラガッツォを見返す。
彼女の瞳は、ラガッツォがこれまでの人生で見たことがないほど深く澱み、計りきれない絶望の色を湛えていた。青色の瞳はどす黒く染まり、底知れない影を孕んでいた。
「可愛い子ね、ラガッツォ君。私たち、仲良くできそうかしら」
彼女の声は平坦だった。奇妙なほど、感情というものが欠落していた。
「……そうだなァ。そうしたいな、『ママ』」
フェルディナンドの持つナイフがぐっと肉を断ち、銀の皿を叩いた。
会話の弾まない夕食を終え、コーヒーを三人で飲んだ後、フェルディナンドはシャーロットの腰を抱きながら
「彼女を家まで送ってくるよ」
と言い残し、家を出た。
ラガッツォは自室に戻り、ムカムカする胸を抱えうろうろと辺りを彷徨った。シャーロットの肩に親し気に回されたフェルディナンドの片手が脳裏をちらつく。
『このひとは私の妻だよ』
シャーロットと甘い声で名前を呼ばれていた女性は酷く暗い目をしているのに、フェルディナンドは愛おしそうに彼女を抱き寄せ、頬にキスまでしていた。
ラガッツォは心の奥底から湧き出る感情に突き動かされるように机を蹴る。大きな音を立てて机が跳ねる。一度行動に起こしたことでスイッチが入り、ラガッツォは二度三度と机を蹴りつけた。
フェルディナンドが許せなかった。まるでラガッツォしか世界で愛しいものはないという振る舞いをしながら、ラガッツォにあれほど尽きることのない愛を囁きながら、妻という存在を作り、ラガッツォとフェルディナンドが暮らす家に上げたのだ。この二ヶ月、ふたりで一緒に作り上げた空間が汚されてしまった気分だった。フェルディナンドはラガッツォに教えているようだ。
おまえは只のペットだ。
首輪に繋がれた哀れな犬だ。
遠く声がこだまする。
あなたには価値がない。
おまえには価値がない。
フェルディナンドが背後に立って囁く。
きみには私の恋人になる価値がない。
「うるせェっ!」
ラガッツォは机を蹴り倒し、ソファを蹴った。クローゼットを開け、与えられた服を周囲に撒き散らす。引き出しをひっくり返し、本棚から何冊も本を払い落とした。
埃が舞い上がる。カーテンが揺れ、花瓶が床に落下する。床一面に砕けた破片が散り、水が滴った。散らばった花々を躊躇いなく踏みつける。
机の上に載っていたオルゴールが目に入る。
ラガッツォは肩で息をしながらそれを手に取り、一瞬の躊躇いのあと、勢いよく小箱を床に叩きつけた。
――アンタが愛していいのは、この俺だけだ。
啜り泣きの声が響く暗闇に、パッと光が灯った。ラガッツォは布団に包まったまま、息を止め存在感を消そうと身を縮こまらせた。
「ああ……随分と、酷い有様だ」
フェルディナンドの足が割れた陶器の破片を踏み、踏み砕く音がした。
「ラガッツォ、顔を見せなさい。おや、これは。こんなに酷く壊すと、直せるかはわからないよ」
彼がなにかを拾い上げ、机の上に置いた。彼がベッドに腰掛ける気配がする。周囲に積もっていた衣服を床に払い落とし、布団を剥がれた。
「……どうしたんだい、こんなに暴れて。シャーロットが来たのがそんなに厭だったのかな」
ラガッツォは顔を伏せたまま後ずさった。フェルディナンドの手が首輪を掴み、それ以上移動することを防がれる。
「ラガッツォ」
ぐっと首輪に力が籠められる。ラガッツォは嫌だと首をふると、冷たい声が頭上から降ってきた。
「言うことを聞きなさい。きみは悪戯をしたんだ。見なさい、部屋を。きみがしたことを見るんだ」
ラガッツォはおそるおそる腫れあがった瞼を上げ、フェルディナンドの顔を窺った。彼は冷え切った表情を顔に浮かべ、ラガッツォを凍り付いた視線で貫いた。
「いけない子だね。ラガッツォ、『BEG』」
ラガッツォはフェルディナンドのコートの裾を掴み、大きくしゃくりあげた。
「言うことを聞かないと家から放り出すよ。嫌なら私に乞いなさい、ラガッツォ」
ラガッツォはベッドに尻をつけたままフェルディナンドの上半身に縋りつき、言葉を絞り出した。
「……やだったんだよォ」
「うん」
「俺たちの家に、誰かくるのいやだ」
「そう」
「アンタが結婚してるのもいやだ」
「そうかい」
「アンタが誰かと仲良くしてると気分がわりィ」
「他には?」
「見てほしい」
「誰を」
大きく息を呑む。
「俺だけ、見てろよォ」
後ろ髪を掌で掴まれ、仰け反るように引っ張られる。仰ぎ見たフェルディナンドは、至極満足そうに微笑んでいた。
「私のことが好きかい、ラガッツォ」
「……すき」
「私がほかの人を見ているのは厭かい」
「やだ」
「そうか」
手が離され、仰け反った首が元に戻る。
「君の考えはわかったよ、ラガッツォ。今後客を呼ぶときはよく考えよう。それはそれとして」
フェルディナンドは満面の笑みを浮かべながら、一度手を叩いた。
「暴れたことの責任は取ってもらうよ。お仕置きしよう」
フェルディナンドはラガッツォをベッドに押し倒すと、膝をラガッツォの腹の下にねじ込み、尻を抱え上げた。
「ちょっ……や、」
下着ごと服をずり下げられ、尻だけが外に露出する。外気に当たり、心もとない気持ちになってラガッツォは手足をばたつかせた。
「こら、暴れたら駄目だろう?」
フェルディナンドはラガッツォの身体を片手で固定すると、笑いを含んだ声で囁いた。
「悪い子だ」
彼の言葉から一拍おいて、破裂音が鳴り響いた。衝撃が身体を貫く。ラガッツォは目を白黒させ、夢中でシーツを掴んだ。数度瞬きをし、やがて自分は悪事を働いた幼子のように、尻たぶをフェルディナンドに叩かれたのだと悟る。
屈辱に、眩暈がした。
「ひっ……!」
彼の手が振り下ろされるたびに、衝撃が身体を揺さぶった。高い音を立てて、フェルディナンドは何度もラガッツォを打ち据える。
「うぅ……」
尻がびりびりと震え、足が反射的に泳ぐ。何度も素肌を叩かれると、肌と腹の奥に徐々に熱が溜まっていく。フェルディナンドの太腿が股間に食い込み、掌で尻を打ち据えられるたびに動いてラガッツォの性器を刺激した。声に甘い響きが混じりだす。
「あ、やっ、んんっ」
ラガッツォは身を捩り、首をひねってフェルディナンドを仰ぎ見た。彼は飽くことなく何度もラガッツォを掌で打ち据える。最後に一度大きな音をさせて彼はラガッツォを叩き、熱を持つ臀部を掌で柔く撫でた。
「これに興奮するようでは罰にならないな」
フェルディナンドの足がぐりぐりとラガッツォの性器を捏ねる。そこは硬く勃起してフェルディナンドの太腿を圧迫していた。ラガッツォは羞恥に耐えきれず顔を腕で隠し、身を丸める。
フェルディナンドの手がラガッツォを覆っていた衣服を全て脱がせ、裸にさせる。見慣れた油の瓶を手に取り覆いかぶさる彼に縋りつき、ラガッツォは懇願した。
「なァ、入れてほしい……」
「どれをだい? どの玩具がいい?」
「違う」
ラガッツォはフェルディナンドの服を掴んで、望みを喉から絞り出した。
「フェルディナンド、アンタのを入れてほしい……」
彼が動きを止める。やがて、彼の手がラガッツォを愛おしそうに抱いた。
「それだとお仕置きにならないだろう?」
鼻を啜るラガッツォにフェルディナンドは優しく囁いた。
「そうか、きみはそれが欲しかったんだね」
***
シャーロットの一件があってから、フェルディナンドは客を家に呼ばなくなった。その代わり、彼は時折夕食後に外出するようになった。
冬の夜に帰ってくる彼は、決まって嗅いだことのない他所の甘い香りを纏っていた。フェルディナンドに抱き着いてその匂いを嗅ぐたび、ラガッツォの胸は不穏に騒めいた。
「今から少し出てくるよ。いい子でお留守番していなさい。遅くなったら先に寝ていても構わないから」
その日も、フェルディナンドはラガッツォに夕食を食べさせるとキッチンを片付け、外出用のコートを羽織った。
「あァ。いってらっしゃい。気ィつけろよ」
ラガッツォは平然とした声でフェルディナンドを見送る。彼が玄関の扉を閉め、鍵を掛ける音をリビングで聞くと、ラガッツォは足音を殺して玄関に忍び寄った。ドアに耳を当てると、フェルディナンドが遠ざかっていく足音がする。
彼が表の道に出た気配を察知し、ラガッツォは慎重な手つきで鍵を開けた。身を屈め、足音を殺しながら庭を抜ける。
夜の庭は暗く沈み、木々が風に吹かれ葉が擦れあう音を立てていた。頭上で巨大な満月が煌々と輝いている。
そっと門扉から通りに顔を出すと、フェルディナンドの白い背中が遠くに見えた。
今日こそは、誰と逢っているのかを確かめてやる。
ラガッツォは固く決意し、フェルディナンドのあとを追う一歩を踏み出した。
フェルディナンドは一定のリズムで歩みを刻み、住宅街を進む。ラガッツォは家の影や塀、街灯に姿を隠しながら彼のあとをついていく。
十五分ほど歩いた先で、フェルディナンドは奥まった路地の奥に姿を消した。ラガッツォは表通りから顔だけを出し、奥まった場所に存在する家を観察する。この路地から入れる家は一軒しかないようだった。
すると、あの家がフェルディナンドの目的地なのか。
その証拠に、フェルディナンドの姿はそこになかった。きっと家の中に入ったのだろう。
平凡な平屋の家には誰が住んでいるのだろう、とラガッツォが近づこうとした瞬間、遠くで大きな音が鳴った。まるで人間ががむしゃらに暴れているような騒音が立て続けに起こる。次いで、女の絶叫が辺り一帯に響き渡った。
「なっ……」
棒立ちになるラガッツォの前で、家の扉がゆっくりと開き、人影が這いずるように表に現れた。小柄な女性は、手足を使って路地を進み、虚空に手を伸ばした。
「……たすけて」
助けを求めるか細い声が聞こえる。
伸ばされた手を凍り付いた目で追いながら、ラガッツォは悟る。彼女はシャーロットだ。
フェルディナンドの「妻」。
室内から漏れ出る光を背景に、大柄な男の姿が現れた。彼は外套を翻すと、シャーロットの後ろに仁王立ちになった。
彼の左手が振り上げられる。
彼の手には、見慣れた短剣が握られている。
女の断末魔が、空気を裂いた。
「ひっ……」
思わず漏れ出た声に驚き、ラガッツォは慌てて口を両手で塞いだ。影の顔がラガッツォのいる方向にゆるりと向く。
「……!」
ラガッツォは震える脚をなんとか動かし、その場から走り出した。手をがむしゃらに振り、今見たばかりの光景を脳裏から振り払おうと必死に足を前後させる。
「はっ……! はっ……!」
夢中で走り、フェルディナンドの家が見えてきたところでラガッツォは足を止め、傍らの木に手をついて大きく深呼吸をした。肩で息をしながら、吐き気をなんとか堪える。
――フェルディナンドだった。あれはフェルディナンドだった。彼がシャーロットを殺した。彼が人を殺した。
ラガッツォは絶望の混じった眼差しでフェルディナンドの家を眺めた。ふたりで暮らした一軒家。彼がラガッツォを愛してくれる家。
そこ以外、帰る場所はないのだ。逃げる? 今更どこに逃げるというのだ。ラガッツォには家がない。身寄りがない。匿ってくれる仲間もいない。フェルディナンドがどんな人間であろうと、ラガッツォに逃げ場などないのだ。
ラガッツォは暫くその場に立ち尽くしていたが、やがて力なく門扉を押し、己が飼われている家へ戻った。
明かりを落とした部屋で、布団に包まり身を隠していた。
玄関の扉が開く高い音がする。足音がリビングを横切る。彼は迷いなくラガッツォの部屋を目指している。
鳴り続ける鼓動が煩かった。フェルディナンドから与えられるであろう罰がおそろしかった。
彼の存在そのものに恐怖していた。
ラガッツォの部屋の扉が、ギィ、と音を立てて開かれる。光を背負って、フェルディナンドが入り口に立っていた。
「……ラガッツォ」
彼の甘い声が名前を呼ぶ。フェルディナンドが足を出し、ラガッツォに近づいてくる。ベッドの元で仁王立ちしたフェルディナンドからは、生臭い匂いがした。
「ひっ……」
目の前で翻ったフェルディナンドの外套の裾に、べったりと付着している血痕を目にしてラガッツォは小さく悲鳴を上げた。
フェルディナンドが身を屈め、ラガッツォの横に手をついた。彼の腕の中に閉じ込められる。
「……いけない子だね。お留守番をしていなさいって、私は言っただろう? どうしたら、この子は私の言うことを聞くんだろうね。鞭では駄目だったのなら、飴が必要だったのかな?」
フェルディナンドの手がラガッツォの頬に伸ばされる。つい先ほど人を殺したばかりの手が、ラガッツォを愛おしそうに撫でた。
ベッドに沈みこんだラガッツォの身体に覆いかぶさるようにして、フェルディナンドは服のボタンに手を伸ばす。
フェルディナンドが顔を寄せ、ラガッツォと唇を重ねた。初めての口づけに、喜びの電流がラガッツォの背骨を走る。無意識のうちに唇を開き、彼の舌の訪いを歓迎していた。熱く湿った舌がラガッツォの舌に絡みつき、粘膜が擦れあう。彼の舌に歯列をなぞられる度、ひくりひくりと腰が震える。フェルディナンドはラガッツォの口腔を犯しながら、空いた両手で裸にさせた身体全体を撫でる。外気で冷えた指先でラガッツォの胸の尖りを捏ね、赤く色づくまで執拗に刺激を与えた。
「……んん、ふっ、あ」
ようやく口が解放され、ラガッツォは肩で大きく息を繰り返した。シーツに熱を持つ頬を擦り付け、痺れて何も考えられなくなった頭を振る。
大きく足を開かされ、フェルディナンドの前に勃起した性器を晒す。キスをされただけでそこは限界まで立ち上がり、早くも雫を垂らしていた。
フェルディナンドは身を屈め、全身に唇を落としていく。肩や二の腕、指先、足の先まで唇で愛撫され、食まれ、噛みつかれる。フェルディナンドの赤い唇がラガッツォの胸の尖りを食み、じゅるりと下品な音を立てて吸いあげると、ラガッツォは羞恥に身もだえした。眼下で繰り広げられる光景を正視できず、ただ首を横に振る。
「やだ……っァ」
フェルディナンドに伸ばした手は容易く捕らえられ、手首をベッドに押し付けられた。
油を纏った指がラガッツォの足の間に差し入れられ、後孔を探る。そこは毎晩の「遊び」によってすっかり柔らかくなり、フェルディナンドの指に触れられると素直に口を開けた。
ぬるり、と抵抗なく指が体内に収まる。ラガッツォはぞわりと感じた快感に顎を反らせ大きく喘いだ。フェルディナンドは慣れた手つきで体内を油で濡らしていき、次第に指を増やしていく。
ラガッツォは全身を脱力させ、ただ与えられる快楽に酔っていた。腹の内側を擦られる度全身が硬直し、指が外れれば弛緩する。フェルディナンドの指を濡れそぼった肉筒で食み、気づけば腰を揺らして続きをねだっていた。
「フェルディ、ナンド……っ」
「これが欲しい?」
フェルディナンドが自身の下半身の服を寛げる。ラガッツォはフェルディナンドに手を取られ、彼の性器に初めて触れた。
彼の性器は太く長く、そしてラガッツォの姿態を前にして完全に勃起していた。その事実にラガッツォは心底安堵する。
――彼もまた興奮してくれているのだ。この行為に。
ラガッツォは潤む瞳でフェルディナンドを見上げ、乞うた。
「……いれて、ほしい。フェルディナンド……っ。それが、ほしい」
彼の手がラガッツォの首輪を掴み、顔を上げさせた。
「これがほしいかい?」
「……欲しい」
「これからもちゃんといい子にするかい?」
「する、ちゃんといい子にする。だから……」
ラガッツォは熱に浮かされ朦朧とする頭で、言葉を続けた。
「だから、アンタも俺だけを可愛がれよォ……」
「かわいいね、ラガッツォ。いい子だ」
彼がラガッツォの頭を抱き込み、何度も撫でる。そして足を開かせ、腰を進めた。
硬く、けれど体温を持ち脈打つものがラガッツォの後孔にひたりとあてられる。
「あっ……!」
ラガッツォは無我夢中でフェルディナンドに縋りつき、脚を大きく開いた。
ぐっと肉棒が後孔にめり込む。
「っあ、ああ、ァ」
抵抗があったのは最初だけで、張り出した部分を呑み込むと残りはすんなりとラガッツォの腹におさまった。初めて咥えた男根に、肉壁は蠕動して夢中でしゃぶりつく。
「ふっ、きみのなかは熱いな」
フェルディナンドの少し上がった息が、ラガッツォの耳に吹き込まれる。最奥まで届くフェルディナンドの性器に軽く突かれ、ラガッツォの口元が緩む。
「ぁ、あっあっ、んん」
フェルディナンドが身体を前後させ、ラガッツォの奥を突く。彼の性器が前後するたび、ラガッツォのペニスからは透明な液体がどろりどろりと流れ落ちた。
「ああっ、ッ!」
後孔の縁が捲れるほどフェルディナンドの性器が抜き出されたかと思うと、一気に奥まで突き刺される。ラガッツォの足がぶるぶると震え、けれど逃さぬと言わんばかりにフェルディナンドの身体を拘束した。
ふたりの接合部は油と互いの体液でぐっしょりと濡れ、そこから終わりなく水音が響いていた。
「あ、ァッ!」
ラガッツォを押しつぶすようにフェルディナンドの身体が圧し掛かり、射精するために性器を肉壁に擦りつけた。フェルディナンドの腹に勃起したラガッツォのペニスが擦れ、ラガッツォも高まっていく。
一際激しい動きで腰を打ち付けたフェルディナンドは息を止め、ぶるりと身体を震わせた。
「あー……んん、」
ラガッツォは切なげに鼻を鳴らす。体内で、じわりと熱いものが広がる感覚があった。フェルディナンドが自分の身体を使って射精した事実に、心が酷く高揚した。たらり、とラガッツォの性器から力なく精液がこぼれ、長い時間をかけて全てを吐き出した。
***
朝の日差しが、部屋にたっぷりと差し込んでいた。ラガッツォは重い眼で瞬きを繰り返し、寝返りを打つ。
部屋に人影はなかった。キッチンでフェルディナンドが動いている気配がする。その証拠に、家の中には肉の焼ける匂いが漂っていた。
ラガッツォは頭を掻きながら上半身を起こし、大きく伸びをした。そのまま己の身体を見下ろす。フェルディナンドによって色々なものを食べさせられ、肉のついてきた身体には昨夜彼からつけられた痕や歯形が幾つも残っていた。
カっと赤面する。昨夜の出来事は夢ではなかったのだ。
彼は俺を抱いた。……俺を抱く前、彼は人を殺した。
ラガッツォの身体は綺麗に拭き清められていた。枕元に畳んで置かれていた服に袖を通し、立ち上がる。身体の奥に鈍い痛みを感じたが、動きに支障が出るほどではなかった。
「おはよう、もうすぐ朝食だよ」
フェルディナンドがいつも通りの笑顔でラガッツォに告げる。
糊のきいたテーブルクロスが敷かれた食卓の前に腰掛け、ラガッツォはじっと朝食が出てくるのを待った。
キッチンから現れたフェルディナンドは、料理の盛りつけられた皿を持っていた。白い皿を、彼はラガッツォの前に置いた。
焼いた肉を挟んだサンドイッチが、一口大に切り分けられ綺麗に並んでいた。傍にはトマトの赤とパセリの緑が添えられている。
香ばしい匂いにふと疑問を持ち、ラガッツォは訊ねた。
「なァ、これはなんの肉のサンドイッチなんだ?」
フェルディナンドは微笑む。赤い唇が綻び、整った歯列が覗く。
質問に答える気が、彼にはないのだ。
「ほら、私の手から食べてごらん。かわいいラガッツォ」
彼の刺青の刻まれた手が一口に切られたサンドイッチを摘み、ラガッツォの口元まで運ぶ。
――これを食べたら、きっと元には戻れない。
そんな予感を抱きながら、ラガッツォは静かに口を開いた。
***
紅茶を淹れるカップの数に迷い、最終的に二個取り出した。茶葉はポットの中でよく蒸らされている。今日使ったのは秋摘みの新茶だ。きっとその風味には誰もが感嘆するだろう。
カップを二つ乗せたトレーを手に、部屋に戻る。部屋の奥では、ボスが書類仕事をこなしていた。
「どうぞ、偶には休憩も必要ですよ」
「ああ、ありがとう、ラヴィリタ。そうだね、少し休憩しようか。おや、今日の紅茶はより一層いい香りがする」
フェルディナンドは優雅にカップを持ち上げると、香りを嗅いで微笑んだ。
ラヴィリタは自分の席に戻り、ふと気になっていた件を切り出した。
「そういえば、例の『犬』――貴方の飼い犬とは、仲良くしていらっしゃるんですか」
「うん? ああ、ラガッツォかい。おかげさまで、毎日元気に過ごしているよ。ただ少し甘えがちに育ってしまってね、私が仕事に行くたび寂しがるようになってしまったのは可哀そうだ」
「ふうん」
「きみには感謝しているんだ、ラヴィリタ。私はずっと犬を飼いたいと思っていてね――実際、聞いていた通りで満足しているよ。犬はいい。真っ直ぐな愛情をこれでもかというほど飼い主に注いでくれる。ひたむきな愛情というのはこのことを言うのだと私は初めて知ったよ」
「相性もよかったんでしょう。よかったですね」
「ああ、本当によかった」
フェルディナンドはカップを置くと手を組み、小さく呟いた。
「彼が子供のころからずっと見ていたんだ。ちゃんと私のものに出来て、本当によかった」
