開戦
リング争奪戦、第一戦が終わった翌日。
ヴァリアーが滞在しているホテルの一室は、不気味なほど静かだった。
敗北したルッスーリアの姿はない。
まるで最初からそこにいなかったかのように、誰もその話題には触れなかった。
リーゼもまた、その空気に合わせるように口を閉ざしていた。
窓の外では雨が降っている。
小さくため息をつくと、ハルバードを膝に乗せ、布で穂先を磨き始めた。
これもドラゴンロード家で教わった習慣だった。
「……」
静かな部屋に、金属を磨く音だけが響く。
すると、ソファに寝転がっていたベルフェゴールが片目だけ開けた。
「……シャッ、シャッって音、うるさい。」
「す、すみません!」
リーゼは慌てて手を止める。
「ししし。」
ベルは鼻で笑う。
「本当にすぐ謝る。」
また目を閉じる。
怒っているわけではないらしい。
リーゼは少しだけ安心し、小さな音を立てないよう慎重に磨き始めた。
---
部屋の隅ではレヴィが黙々と機械の整備をしている。
誰とも話さない。
時折、工具のぶつかる音だけが聞こえる。
マーモンは浮いたまま雑誌を読んでいた。
スクアーロはどこかへ出ている。
ザンザスは奥の部屋で酒を飲んでいるらしい。
(静か……。)
リーゼは少し意外だった。
ヴァリアーはもっと騒がしい集団だと思っていた。
だが、任務がない時間は誰も無駄話をしない。
それぞれが好き勝手に時間を過ごしている。
---
しばらくして。
ベルフェゴールが突然起き上がる。
「暇。」
その一言だけ。
誰も反応しない。
「暇。」
二回目。
それでも反応はない。
三回目。
「暇なんだけど。」
レヴィが鬱陶しそうに睨む。
「黙れ。」
「ししし。」
「レヴィが遊んでくれない。」
「誰が遊ぶか。」
そのやり取りを見て、リーゼは思わず口元が緩んだ。
するとベルがこちらを見る。
「笑った。」
「えっ?」
「今。」
「い、いえ!」
「笑った。」
ベルは面白そうに立ち上がる。
「リーゼ。」
「はい。」
「その槍貸して。」
「え?」
「無理です!」
思わず抱きしめるようにハルバードを持つ。
ベルはケラケラと笑った。
「ししし。」
「冗談。」
「……。」
「本気で焦えてる。」
リーゼは真っ赤になって俯いた。
---
その時、部屋の扉が開く。
スクアーロが戻ってきた。
「ヴォイ。」
全員が自然と視線を向ける。
「明日はレヴィ。負けたらわかるなァ」
レヴィが立ち上がる。
「準備しろ。」
「当然だ。」
レヴィはそれだけ言って部屋を出ていく。
その背中をリーゼは見送った。
明日は、あの人が戦う。
それよりも、対戦相手は5歳だと聞く。
そんな馬鹿な試合がありえるのだ。
「……狂ってる。」
ルッスーリアの敗北を見たばかりだからこそ、不安が胸をよぎる。
しかし、それを口にすることはできなかった。
---
夜。
皆が眠った後も、リーゼは一人でハルバードを磨いていた。
窓の外では、雨が静かに降り続けている。
穂先に映る自分の顔は、どこか頼りない。
(私は……。)
(まだ、何もできていない。)
ルッスーリアは戦った。
明日はレヴィが5歳を相手に戦う。
自分は見ていることしかできない。
悔しさと情けなさが胸を締め付ける。
その時、不意に背後から低い声がした。
「寝ねぇのか。」
振り返る。
ザンザスだった。
酒瓶を片手に、眠そうな目でリーゼを見ている。
「……すみません。」
「謝るな。」
短く言うと、それ以上何も話さず歩き去っていく。
ただ、そのすれ違いざまに一言だけ残した。
「刃は磨きすぎると鈍る。」
リーゼはハルバードを見つめる。
磨くことに夢中で、力を入れすぎていた。
「……。」
顔を上げた時には、もうザンザスの姿はなかった。
厳しい人だ。
怖い人だ。
けれど時折、そんな一言だけを残していく。
その意味を考えながら、リーゼは静かにハルバードを鞘へ収めた。
明日は、雷のリング戦。
また一人、命を懸けて戦う。
