開戦


 並盛中学校。

 リング争奪戦、第一戦。

 晴のリング戦。

 リーゼ・ヴァイス・ドラゴンロードは、ヴァリアー側の待機区画の最後列に立っていた。

 背中には、身の丈を超えるハルバード。

 両手は無意識に柄を握り締めている。

「……」

 目の前ではルッスーリアがリングへ向かう。

 その背中は普段と変わらない。

 軽い足取りで、まるで散歩にでも行くようだった。

 リーゼは声を掛けようとして、やめた。

 ここで「頑張ってください」は違う。

 ヴァリアーにそんな言葉は似合わない。

 ルッスーリアは一度だけ振り返り、リーゼにウインクを送る。

 それだけだった。

 そしてリングへ上がる。


---

 試合が始まる。

 リーゼはスクアーロの言葉を思い出していた。

 「敵を見るな。戦いを見ろ。」

 だから、笹川了平ではなく、ルッスーリアの動きを追う。

 重心。

 間合い。

 足運び。

 呼吸。

 一つでも多く盗もうと必死だった。

 だが、試合は予想以上に激しかった。

 拳がぶつかるたびに空気が震える。

 了平の一撃を受けても、ルッスーリアは笑っている。

 しかし、その笑顔も徐々に消えていく。

(押されてる……)

 リーゼの胸がざわつく。


---

 そして決着。

 チェルベッロの声が会場に響いた。

 「勝者、笹川了平。」

 一瞬の静寂。

 リーゼは小さく息を呑んだ。

 ルッスーリアは敗れた。

 しかし、ヴァリアー側は誰一人として動かない。

 スクアーロは腕を組んだまま。

 ベルフェゴールは退屈そうに欠伸を噛み殺し、

「ししし……終わった。」

 とだけ呟く。

 レヴィは鼻で笑った。

「弱い。」

 リーゼは思わず目を見開く。

(仲間なのに……)

「まだよ!まだ戦えるわ!」

 その時だった。


---

 ゴォン――。

 重い足音。

 ゴーラ・モスカがリングへ近づいていく。

 リーゼは嫌な予感がした。

「……?」

 次の瞬間。

 ダダダダダッ!!

 マシンガンの砲撃。

 ルッスーリアの背中に直撃した。

「!!」

 リーゼの思考が止まる。

「ルッスーリアさん!!」

 反射的に駆け出そうとした、その腕を。

 ガシッ。

 誰かが掴んだ。

「行くなァ。」

 スクアーロだった。

「で、でも!」

「命令だ。」

 低く鋭い声。

「負け犬に構うな。」

 リーゼは震えた。

「そんな……!」

 リングではゴーラ・モスカが倒れたルッスーリアを無造作に回収していく。

 まるで荷物でも運ぶように。

 ベルフェゴールが笑う。

「ししし。」

「負けたらああなる。」

 レヴィも鼻を鳴らす。

「弱ぇ奴は要らねぇ。」

 誰も止めない。

 誰も怒らない。

 それが当たり前であるかのように。


---

 リーゼだけが、その光景から目を離せなかった。

(これが……)

(ヴァリアー……)

 胸が苦しい。

 息が詰まる。

 ドラゴンロード家も厳しかった。

 でも、こんな光景は見たことがない。

 負けた仲間が撃たれ。

 誰も助けようとしない。

 それが「当然」になっている世界。


---

「見ろ。」

 スクアーロが呟く。

 リーゼは顔を上げる。

「目ぇ逸らすな。」

「……。」

「暗殺部隊ってのは、こういう場所だァ。」

 それ以上は何も言わない。

 リーゼは震えながらリングを見続けた。

 逃げたくなった。

 目を閉じたくなった。

 それでも、閉じなかった。

 ここが自分の選んだ場所だから。


---

 試合終了後。

 ヴァリアーは何事もなかったかのように会場を後にする。

 誰もルッスーリアの名前を口にしない。

 敗者は置いていかれる。

 それがヴァリアーの掟。

 リーゼは最後尾を歩きながら、小さく拳を握った。

(私は……)

(強くならなきゃ。)

(負けたら、私もああなる。)

 その恐怖は、ドラゴンロード家にいた頃とは比べものにならないほど、深く心に刻まれた。
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