「雨の日の迷子」

第4話 「竜の名を継ぐ者」

 ホテルの廊下を、リーゼ・ヴァイス・ドラゴンロードは静かに歩いていた。

 手には、一本の封筒。

 蝋で封がされた、見慣れた紋章が押されている。

 竜が槍を咥えた紋章。

 ドラゴンロード家の家紋だった。

「……お父様」

 手紙が届くことは珍しい。

 家を出てヴァリアーへ所属してから数年。

 父から直接連絡が来たことは、一度もなかった。

 恐る恐る封を切る。

 中には短い文章だけが綴られていた。

> 『ボンゴレ本部より、リング争奪戦への協力要請を受諾した。』

『ドラゴンロード家の名に恥じぬ働きをせよ。』

『以上。』



「……」

 それだけだった。

 励ましも、体調を気遣う言葉もない。

 リーゼは少しだけ笑う。

「……やっぱり」

 期待なんてしていなかった。

 それでも、胸の奥が少しだけ痛む。


---

「ヴォイ!! リーゼェ!!」

 スクアーロの声が響く。

「は、はい!」

 慌てて封筒をしまい、訓練場へ向かう。

 そこにはヴァリアーの幹部たちが揃っていた。

「今日は実戦形式だァ。」

 スクアーロが木剣を肩に担ぐ。

「ベル。」

「ししし。」

 ベルフェゴールがナイフを弄びながら前へ出る。

「今日は王子が相手。」

「え……?」

 リーゼの表情が固まる。

「安心しろ。」

 ベルフェゴールは笑う。

「死なない程度には遊んでやる。」

 その笑顔が、一番怖かった。


---

「始めェ!!」

 スクアーロの号令。

 リーゼはハルバードを構える。

 対するベルフェゴールは、両手に数本のナイフ。

 次の瞬間。

「ししし。」

 ヒュンッ!

 空気を裂く音。

「っ!」

 リーゼは反射的に身体をひねる。

 頬を一本のナイフがかすめた。

「避けた。」

 ベルフェゴールが少しだけ目を細める。

 休む暇もない。

 二本、三本とナイフが飛ぶ。

 リーゼはハルバードの柄で弾き、刃で受け流し、後ろへ飛ぶ。

 重い武器では防戦一方になる。

(距離を……!)

 踏み込もうとした瞬間。

「遅い。」

 ベルフェゴールはもう目の前にいた。

「しまっ──」

 柄の一撃が腹に入り、リーゼは数メートル吹き飛ぶ。

「……っ!」

 床を転がり、咳き込む。

 息が詰まる。

「立て。」

 スクアーロの短い声。

 リーゼは震える足で立ち上がる。

 ハルバードを拾う。

 怖い。

 でも。

 逃げない。

 それだけは決めていた。

「もう一回、お願いします。」

 ベルフェゴールは笑う。

「ししし。」

「やっぱ変なやつ。」


---

 訓練が終わる頃には、リーゼは汗だくになっていた。

 ルッスーリアがタオルを肩に掛けてくれる。

「お疲れさま。今日は頑張ったじゃない。」

「ありがとうございます……。」

 そこへマーモンがふわりと現れる。

「ドラゴンロード家から手紙?」

 リーゼは驚いて顔を上げた。

「……どうして」

「封筒見えたから。」

 相変わらず表情は見えない。

「名門だよね、ドラゴンロード家。」

 ベルフェゴールが鼻で笑う。

「へぇ。」

「リーゼって、お嬢様だったんだ。」

「ち、違います!」

 思わず声が大きくなる。

「私はそんな……」

 言葉が続かない。

 ベルフェゴールは肩をすくめた。

「別にバカにしてない。」

「王子は家柄なんか興味ないし。」

 その時。

 部屋の奥から低い声が響いた。

「家名など飾りだ。」

 ザンザスだった。

 グラスを揺らしながら、リーゼを一瞥する。

「竜だろうが犬だろうが関係ねぇ。」

 静かな声。

「弱ければ死ぬ。」

「強ければ生き残る。」

「それだけだ。」

 リーゼは息を呑む。

 その言葉は冷たい。

 けれど、どこか救われるような気もした。

 ドラゴンロード家の娘だからではない。

 末娘だからでもない。

 ここでは。

 リーゼ・ヴァイス・ドラゴンロードという一人の暗殺者として見られている。

「……はい。」

 小さく返事をする。

 その返事に、ザンザスはもう興味を失ったように酒を口へ運んだ。


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 夜。

 リーゼは一人、ホテルのベランダに立っていた。

 父からの手紙をもう一度開く。

 短い文章。

 たった数行。

 それでも、紙の端には見慣れた癖があった。

 幼い頃、父が剣術の手本を書いてくれた時と同じ筆跡。

「……お父様。」

 風が手紙を揺らす。

 その時、不意にホテルの下を見下ろいたリーゼは、見覚えのある制服姿の少年が通り過ぎるのを見つけた。

 沢田綱吉。

 何も知らないまま、仲間たちと笑って歩いている。

 数日後、自分たちと戦うことになるとも知らずに。

 リーゼはそっと目を伏せた。

「……どうか。」

 小さく漏れた願いは、夜風に溶けて消えていった。

 「誰も、死にませんように。」
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