「雨の日の迷子」


 リング争奪戦まで、あと数日。

 ホテルの一室は、朝から騒がしかった。

「ヴォイ!! ベル!! いつまで寝てやがるァ!!」

 スクアーロの怒鳴り声が廊下まで響く。

「朝っぱらからうるせー。」

 ベッドの中から気だるそうな声が返る。

「王子はまだ寝る。」

「寝てる暇があるかァ!!」

 ガシャーン、と何かが壊れる音。

 リーゼは廊下でびくりと肩を震わせた。

「……今日も元気ですね。」

「いつものことよ。」

 隣に立つルッスーリアが苦笑する。

「リーゼちゃんは気にしなくていいの。」

「は、はい。」

 そう返事をした直後。

 部屋の扉が勢いよく開いた。

「リーゼ。」

 スクアーロだった。

「てめぇ、ベルと一緒に買い出し行ってこい。」

「え?」

 思わず聞き返してしまう。

「食料と消耗品だァ。」

「お、俺は嫌だ!」

 部屋の中からベルフェゴールが顔を出す。

「なんで王子がおつかいなんだよ。」

「文句あんなら飯抜きだ。」

「……チッ。」

 ベルフェゴールは露骨に嫌そうな顔をした。

「だっりー。行けばいいんだろ。」

 ◇

 ホテルを出ると、夏の日差しが眩しかった。

 リーゼは買い物リストを見つめる。

「えっと……」

「貸せ。」

 ベルフェゴールが紙をひったくる。

「日本語読めんの?」

「少しだけ……」

「じゃあ王子が読む。」

 意外だった。

 もっと面倒くさがると思っていた。

「スーパー行けば全部ある。」

「はい。」

 二人は並んで歩く。

 リーゼは少しだけ緊張していた。

 ベルフェゴールとは任務以外で二人きりになることがほとんどない。

 沈黙が続く。

 するとベルフェゴールが不意に口を開いた。

「昨日。」

「え?」

「スクアーロに褒められて喜んでだだろ?」

 リーゼは足を止めた。

「……そんな顔してた?」

「丸分かり♪」

 ベルフェゴールは笑う。

「ししし。」

 少し恥ずかしくなり、リーゼは俯いた。

「私……あまり褒められたことがなくて。」

「ふーん。」

「だから、その……」

「嬉しかったってワケ?」

「……はい。」

 ベルフェゴールは少しだけ黙る。

「変なの。」

 その言葉に棘はなかった。

「ヴァリアーは結果が全部。」

「できれば褒められる。」

「できなきゃ死ぬ。」

 それだけ言うと、自販機でジュースを買った。

「はい。」

 一本をリーゼへ投げる。

「わっ!」

 慌てて受け止める。

「ありがとうございます。」

「それくらい取れなきゃ暗殺者失格。」

「すみま──」

「また謝った。」

 ベルフェゴールは吹き出した。

「口癖なんだ。」

 リーゼも困ったように笑う。

「気を付けてるんですけど……。」

「まあ、そのままでもいいけど。」

「え?」

「別にー。」

 ベルフェゴールはそれ以上何も言わなかった。

 ◇

 買い物を終え、帰り道。

 住宅街を歩いていると、前方から見覚えのある制服姿が見えた。

「あ……。」

 沢田綱吉だった。

 ツナもこちらに気付き、驚いたように目を見開く。

「あっ! この前の!」

 リーゼは思わず立ち止まる。

(どうして……)

 並盛町なのだから、会っても不思議ではない。

 それでも胸がざわつく。

「こんにちは。」

 ツナは嬉しそうに笑った。

「また会えたね。」

「……こんにちは。」

 リーゼも小さく頭を下げる。

「知り合い?」

 ベルフェゴールが横から覗き込む。

「ちょっと道を教えてもらっただけです。」

「ふーん。」

 ベルフェゴールはツナを見る。

 どこにでもいそうな少年。

 まさか、この少年がボンゴレ十代目候補だとは知らなければ、本当にただの一般人にしか見えない。

「じゃ。」

 ベルフェゴールは興味を失ったように歩き出した。

「置いてくけど♪」

「は、はい。」

 リーゼはツナへもう一度会釈する。

「この前は、本当にありがとうございました。」

「ううん!」

 ツナは笑う。

「また困ったら言ってね!」

 その一言に、リーゼは少しだけ目を伏せた。

 ――困っても、頼れない。

 自分は暗殺者だから。

 それでも。

「……ありがとうございます。」

 微笑んで背を向ける。

 その背中を見送りながら、ツナはぽつりと呟いた。

「優しそうな人なのにな。」

 ベルフェゴールはその言葉だけを聞いていた。

「ししし……。」

 小さく笑う。

「優しい、ねー。」

 その笑みの意味を、リーゼはまだ知らなかった。

 リング争奪戦の日は、もうすぐそこまで迫っていた。
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