選ばれた道
嵐のリング争奪戦の翌日。
空は高く晴れていた。
今夜には、雨のリング戦が行われる。
ホテルのロビーは朝から慌ただしい。
スクアーロはチェルベッロとの連絡を終え、ザンザスの部屋へ向かっていた。
レヴィは武器の整備。
マーモンは何やら計算機を叩いている。
ベルフェゴールは昨夜の負傷で部屋に籠もり、「暇」と文句を言いながら治療を受けているらしい。
リーゼ・ヴァイス・ドラゴンロードはスクアーロから一つだけ指示を受けていた。
「ヴォイ!包帯が足りねぇ。近くで買ってこい!」
「は、はい!」
簡単な任務。
けれど、リーゼは少しだけ嬉しかった。
一人で外へ出るのは久しぶりだったからだ。
---
買い物を終えた帰り道。
住宅街を抜け、小さな公園の前を通る。
風に揺れる木々。
ブランコが軋む音。
平日の昼間ということもあり、人影は少ない。
ふと、公園のベンチに座る銀色の髪が目に入った。
包帯の巻かれた腕。
制服の裾から覗く無数の傷。
嵐のリング戦で見た姿。
獄寺隼人だった。
リーゼは思わず足を止める。
(どうしよう……。)
敵だ。
見つかる前に行こう。
そう思って踵を返しかけた、その時。
「……おい。」
低い声。
気付かれた。
リーゼの肩がびくりと震える。
ゆっくり振り向く。
獄寺はベンチに座ったまま、こちらを見ていた。
「ヴァリアーの奴だな。」
「……は、はい。」
自然と頭が下がる。
獄寺は眉をひそめた。
「謝ってねぇのに頭下げるのか。」
「あ……。」
まただ。
無意識だった。
「す、すみません。」
「だから謝んな。」
獄寺は呆れたように息を吐いた。
---
「何しに来た。」
「買い物です……。」
リーゼは紙袋を少し持ち上げる。
包帯や消毒液が入っていた。
獄寺は袋を見る。
「ヴァリアーも怪我人だらけか。」
「はい。まぁ。お蔭さまで…?」
少しだけ沈黙が流れる。
気まずい。
敵同士なのだから当然だ。
リーゼは立ち去ろうとした。
「じゃ、じゃあ私は……。」
「待て。」
また呼び止められる。
心臓が跳ねた。
「……はい。」
「座れ。」
「え……?」
「急に殴ったりしねーよ!」
リーゼは戸惑いながら、少し離れたベンチの端へ腰を下ろした。
---
風だけが吹いている。
どちらも何も話さない。
先に口を開いたのは獄寺だった。
「見えちまったっつーか……なんだけどよ。」
「……え?」
「昨日の夜だ!あのナイフ野郎のこと心配してただろ。」
リーゼは驚く。
そんなところまで見られていたとは思わなかった。
「……はい。」
小さく頷く。
「仲間、ですから。」
獄寺は少しだけ目を細めた。
「ヴァリアーにもそういう奴がいるんだな。」
その言葉は皮肉ではなかった。
本当に意外だったのだろう。
---
「家柄か?」
突然の質問。
「……はい?」
「あの槍。」
「家の流派だろ。」
リーゼは驚く。
「どうして分かったんですか?」
「見りゃ分かる。」
獄寺は肩をすくめた。
「俺も似たようなもんだからな。」
その横顔が、少しだけ寂しそうに見えた。
---
「ドラゴンロード家です。」
リーゼは静かに名乗る。
「代々ボンゴレと関わりのある家で……。」
「知ってる。」
獄寺は短く答えた。
「古い名門だ。」
リーゼは少し驚いた。
家の名前を知っている人は多くない。
「じゃあ何でヴァリアーなんだ。」
その問いに、リーゼは視線を落とした。
「……家の決まりです。代々、一人はヴァリアーへ入る決まりで。兄は家を継いで。もう一人の兄はボンゴレ本部で働いています。」
「だから……。私でした。」
---
獄寺は黙って聞いていた。
笑わない。
否定もしない。
ただ聞いている。
それだけで、リーゼは少しだけ話しやすかった。
「私は一番何もできなかったので。ちょうど良かったんです。」
その言葉に、獄寺の眉がぴくりと動いた。
「ちょうど良かった?」
「はい。」
「兄たちは優秀なので……。私なら誰も困らないから。」
---
「アホか!」
思わず顔を上げる。
獄寺が睨んでいた。
「そんなわけねぇだろ。」
少し怒ったような声だった。
「家が決めたからって、お前までそう思い込むな。」
リーゼは返事ができない。
そんなことを言われたのは初めてだった。
---
また沈黙。
獄寺は空を見上げながら、不意に聞いた。
「友達いんのか。」
「……え?」
思いがけない質問だった。
「友達。」
リーゼは考える。
兄。
父。
母。
使用人。
スクアーロ。
ベル。
レヴィ。
マーモン。
ザンザス。
「……ヴァリアーの皆さんは。」
「仲間?です。」
獄寺は首を横に振る。
「ちっげぇよ!そういう意味じゃねぇ。」
リーゼは黙る。
答えようとして。
何も浮かばなかった。
学校で放課後に遊ぶ相手。
悩みを話す相手。
何でもない話で笑い合える相手。
そういう存在は、一人もいなかった。
「……いません。」
ようやく出た答えは、それだけだった。
---
「そうか。」
獄寺は短く言う。
同情もしない。
慰めもしない。
けれど、その一言はどこか優しかった。
リーゼは胸の奥が少し痛んだ。
自分には友達がいない。
そんな当たり前の事実を、初めて言葉にした気がした。
---
立ち上がったのは獄寺だった。
「そろそろ戻る。今夜は雨のリング戦だからな。」
「……はい。」
リーゼも立ち上がる。
すれ違いざま、獄寺が足を止めた。
「お前。」
「はい?」
「なんつぅか、暗殺者………」
一拍置く。
「向いてねぇな。」
リーゼの時間が止まる。
「え……。」
「じゃあな。」
それ以上は何も言わず、獄寺は歩き去っていった。
---
一人、公園に残されたリーゼは、ハルバードの柄をそっと握る。
スクアーロにも言われた。
そして今日、敵である獄寺にも同じことを言われた。
「暗殺者に向いていない。」
それは弱いという意味なのか。
それとも、別の意味なのか。
まだ答えは分からない。
ただ、獄寺が最後に見せた横顔だけは、不思議と忘れられなかった。
夕方になれば、雨のリング争奪戦が始まる。
リーゼは静かに歩き出した。
自分の進むべき道を、まだ見つけられないまま。
2/2ページ
