開戦


 並盛中学校。

 嵐のリング戦。

 リーゼはヴァリアー側の待機区画から、リングを見つめていた。

 ベルフェゴールは、いつも通りだった。

 口元には笑み。

 王冠をいただく王子のような余裕。

「ししし。」

「王子が負けるわけないじゃん。」

 そう言い残し、軽い足取りでリングへ上がっていく。

 その姿に、不安は一切感じられなかった。

 リーゼは小さく息を吐く。

(ベルさんらしい……。)


---

 試合は想像を超えて激しかった。

 ベルのナイフが宙を舞う。

 獄寺のダイナマイトが次々と炸裂する。

 爆煙が立ち込め、リングが揺れる。

 リーゼは思わず息を止めた。

 互いに一歩も譲らない。

 ベルの制服は切り裂かれ、血が滲んでいる。

 獄寺もまた、全身傷だらけだった。

(こんなに……。)

 誰かが倒れてもおかしくない。

 そんな戦いだった。


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 そして決着の時。

 ベルフェゴールは獄寺の隙を突き、嵐のリングを奪う。

 勝者、ベルフェゴール。

 チェルベッロの宣言が響いた。

「ししし。リング…リング…♪」

 ベルは傷だらけのまま笑う。

 勝利を疑っていなかったかのように。

 ヴァリアー側から拍手は起きない。

 ただ、勝って当然という空気だけが流れる。

 リーゼは静かに胸を撫で下ろした。

(よかった……。)

 その安心に、自分でも少し驚いた。


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 しかし、リーゼの視線はベルではなく、爆発から逃れ敗北し仲間の元に帰ってきた獄寺へ向いていた。

 その手は、あと少しで届く場所にリングがあった。

 だが、その先は崩れかけた足場。

 飛び込めばリングは取れるかもしれない。

 その代わり、生きて帰れない可能性が高い。

 リーゼは息を呑んだ。

(行くの……?)

 勝利のために。

 命を捨てるのだろうか。


---

「獄寺くん!」

 ツナの声が響く。

 そして――。


「……。」


 獄寺は仲間の元へ走り出した。

 命を賭しての勝利ではなく。


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「……花火。」

 獄寺の小さな呟きが風に乗る。

「花火見たさに帰ってきちまいました…」

 リーゼの胸が締め付けられた。

 勝つことより。

 命より。

 いや。

 命があるからこそ、一緒に見る未来を選んだ。

 その選択が、リーゼには眩しかった。


---

(私なら。)

 自然と考えてしまう。

(ドラゴンロード家なら。)

 父は命じるだろう。

 『リングを取れ。』

 たとえ死んでも。

 家の名誉のために。

 ヴァリアーでも同じだ。

 任務を果たせ。

 結果だけが価値になる。

 そう教えられてきた。


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 ふと、昔の記憶がよみがえる。

 窓の外から聞こえてきた、近所の子どもたちの笑い声。

 学校帰りに寄り道をしている同年代の少女たち。

 楽しそうに買い物をしていた姿。

 リーゼはいつも屋敷の窓から、それを見ているだけだった。

 剣術。

 礼儀。

 射撃。

 暗殺術。

 毎日続く訓練。

 「ドラゴンロードの娘として恥じぬように。」

 その言葉だけが、幼い頃から何度も繰り返された。

(もし……。)

 もし違う家に生まれていたら。

 友達と寄り道をして。

 他愛もない話で笑って。

 恋をして。

 将来の夢を語って。

 そんな未来も、あったのだろうか。


---

「リーゼ。」

 不意にベルの声がした。

 振り返る。

 血だらけのベルが、いつもの笑みを浮かべて立っていた。

「ししし。」

「ちゃんと見てた?」

 約束を思い出す。

 リーゼは小さく頷いた。

「……はい。」

「全部、見ていました。」

 ベルは満足そうに笑う。

「ならいい。」

 それだけ言って歩き出す。

 リーゼはゴーラモスカに抱えられたベルフェゴールを見ると、もう一度だけボンゴレ側を見る。

 ツナたちは傷ついた獄寺を支えながら、ゆっくりと歩いていた。

 誰もリングを責めない。

 誰も敗北を責めない。

 仲間が生きていることを喜んでいる。

 その光景が、どうしても羨ましかった。

(私も……。)

 思ってしまう。

 暗殺者ではなく。

 ドラゴンロード家でもなく。

 どこにでもいる18歳の女として。

 放課後に友達と笑い合いながら帰る未来を。

 そんな未来を、一度だけでも歩いてみたかったと。

 その想いを胸の奥へ押し込めるように、リーゼはハルバードの柄を強く握り締めた。

 今の自分に選べる道は、一つしかないのだから。
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