DEATH NOTE
おなまえ
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捜査書類をファイルにまとめ、PC作業に勤しむあなた。なんの変哲もない捜査本部の一コマの背後へ、忍び寄る影。
「あなたさん」
どこか間延びした声で彼女を呼ぶ声は、いつも通り低く平坦だ。甘えるように背筋をだらりとちぢこめて、座っているあなたの耳元に近づく。
「うっ。は、はい」
パーソナルスペースをまるっきり無視したその距離感に、驚いて椅子を回転させ、Lのほうを振り返る。そうしなければ、いつまでも後ろから抱きしめられるように耳元でささやかれつづけなければならなくなるからだ。あなたは、残念ながら経験によってそのことを知ってしまっている。そういった物理的接触を助長させるわけにはいかないので、仕方なく対峙する形になってしまう。
「王子様って」
「お、え?」
世界一の名探偵Lには、およそ似つかわしくない切り出しだ。反射的に聞きかえしてしまうと、なぜか彼はふっと笑う。
「王子様。童話なんかに登場する王子様は、お姫様の手をとってキスをしますよね」
「は、はあ」
唐突なLの口から出た『キス』という単語になんとなく寒気を感じつつ相槌を打つ。
「手なんかじゃ足りないと思いませんか」
あなたは、そう問うて視線を合わせてくる男の目の黒さに再三恐怖した。
「……足りると思いますよ、じゅうぶん。そもそも、」
どうしてこんな話をと、露骨なまでに話題を逸らそうとする。それを察知してか、男はすぐに切り返す。
「それで。脱いでほしいんです」
飛び出したのは、驚くべき発言だった。
「え、あの……無理です」
上司と部下という関係、職場という場所、そういった行為にまったく伴ってこない感情、変な会話の流れ、どれをとっても無理だった。思わず、身体を守るように抱きすくめるポーズをとってしまう。
「あなたさんはいやらしい人ですね。私は服を脱げなどとは言っていないのに」
「………」
そんな姿を見て白々しい言葉とともに頬を染めてみせるLに、あなたは呆れたような諦めたようなため息しか出ない。
「まあ、その気を起こしてくれたのなら構いませんが。なんなら全部脱いでもらっても」
「……すみませんが、その気はありませんので」
「そうですか。残念です。それで本題ですが」
残念そうにはとても見えない、丸い目の中央に浮かぶ自身の影。瞳孔の中心に捕らえられるのは居心地が悪く逃げ出したくもなるが、このふたりきりの空間の主導権を握っているのはどこからどう見てもLのほうで、あなたに勝ち目はない。
今度はどんな怖い要求をされるかと戦々恐々で、あなたはひっそりと、ベルトのバックル部分へ手をやる。すでに男が手を回しているので、SOS信号が発されることはないということに気付かずに。そんな彼女の様子を見て、わずかにほほ笑む。
「靴と靴下を、脱いでほしいんです」
「…………嫌です。」
先ほどすべて脱げと言われたからだろうか、あなたは「それくらいなら」と引き受けようと絶対に後悔することになるだろうと思いとどまった。
それに、突然聞かされた王子様の話。「王子様のように手にキスするのでは物足りないですよね?だから私はあなたの足に」という流れなのだろうと予想できてしまう。恐ろしいことに。
「あー。ドアインザフェイス失敗です。さすがあなたさんですね」
ぼんやりとした口調ながら鋭い目に、もういいから早く離れてほしいと願うあなたと裏腹に、Lはただでさえ近かったその距離をさらに縮める。
「あなたさん。私、あなたのことが好きです」
「……はあ……」
一世一代の告白にも、彼女の気持ちは揺り動かされない。毎日のようにこうだからだ。公私混同甚だしい、やめてほしい。としか思わない。
「愛している……と言ったほうがいいのかもしれません」
「勝手ですね……」
「勝手なのはあなたさんです。私の心や頭の中を勝手に占拠されて困っているんです」
「え!」
話を聞かないモードに入っていると思われたLが急にあなたの発言を拾ったので、彼女は素直に驚きの声をあげた。
「それはそうと、絶対に竜崎のほうが勝手だと思いますが」
「……はい、勝手なのはあなたです。脱いでいただけますか」
生来の負けず嫌いによって逸らせるかと思われた話題だったが、すぐに本題に戻ってしまう。それほどLは本気なのだ。双方が誓い合う愛ではなく、まずは一方的に誓うことで認めてもらう愛が貴いのだと、本気で思っている。どこまでもまっすぐに歪んでいる男のまっすぐな目は、今にも飛びかからんとする愛の奴隷だ。
「…………」
「いけませんか」
「…………脱いでも何もしないと約束してくれますか」
「約束はできませんが、約束します」
「愛の前に何もしないことを誓ってくれませんか」
「わかりました。誓います。愛しています」
「あの。まず誓う前に話を聞いてもらえますか」
遠回しな拒否や交渉程度では引き下がらない。男の突飛な頭は婉曲表現を無視することに長けてしまっている。話を聞かないモードに入り切ったLはもはや、彼女の足と会話をしているかのような熱い目線を送っている。
そして、じっと見つめているかと思えば、あなたの履いていたヒールの低いパンプスと薄手の靴下を、ついに力づくで脱がしてしまった。
「ちょっ、あ!」
良心にのっとったためにきわめて日本人的な、柔和な問題回避方法をとってしまったあなたは、もっと殴り飛ばすだとか、暴力的でもいいから拒絶するんだった、と走馬灯を見ているような心地で早くも後悔を募らせた。
「では、誓いのくちづけを」
元来の猫背をさらに、だんご虫背といえるほどに丸めて、うやうやしく跪く。神父のような文言を口走りながらも、男は自身を新郎だと信じてやまない。
そしてあなたの右足をそっと手に乗せるようにして持ち上げる。「やめてください」と言いかけたところでこの男が止まらないのを知っている彼女は一瞬、どうすれば逃げられるかと思案をめぐらせてしまった。
「させていただきます」
その隙に男は足の甲へ唇をよせて、軽いくちづけを落とす。
ああ……まあ、これで満足するのならいいだろう。もうすでにシャワールームに駆け込みたい気持ちだがこの程度の犠牲で済むのならましだ。と、あなたは遠くを見ながら思った。
……が、その湿度が離れない。三十秒ほど経っても、動かない。本来なら「ちゅっ」と軽い音をたてて離れてもよいはずの口がいつまでも、さも磁石が仕込まれたおもちゃのように、足の甲にくっついて動かない。反射的に足をひっこめようとしても、茨のように細いわりに強い指の力のせいで、振りほどけない。
それに焦ったあなたは、物言わぬ黒髪を本格的に引きはがそうと足先を見た。
すると、彼はうっすらと笑った。いつも通りにひどい隈が下まぶたを押し上げるようにして、いつになくご機嫌顔だ。唇をぴったりとひっつけたまま口角をあげていくものだから、その動きの推移が文字通り肌で分かってしまって、くすぐったいような気持ち悪いような、圧倒的に気持ち悪いの感情が勝ったような心持ちになってしまう。
「え、えっ?」
動揺してしまったところで、ぺちょり、と濡れた感覚がしてさらに驚く。
キスというにはあまりに肉感のする接触だ。
童話の王子様ならば到底するはずのない無体。
信じたくない気持ちをおさえつつ見ると、やはり男はあなたの平坦な足の甲へ舌を落としている。あなたは、自身の予想が外れてくれていないことへの落胆と不快感をこらえきれず呻きに似た息を長く吐く。
「、……んぇ」
すると、さらにLの舌がゆっくりと、這っていく。普段見せる機会もない舌を珍しく露出させ、あまりに直接、基礎体温を伝播させてゆくように。唾液がぬるりと光る跡を残して、やがて同一になろうと肌を侵犯する。経験したことのない偏執的行為に、膝のあたりまで鳥肌がかけのぼる。
その間、男の黒い瞳は絶えずあなたと視線を合わせたがって上を向いていた。どこか楽しむような、いつになく熱のこもった目だ。あなたの肌の温度を、においを、味を、味わうどころか食むようにして確かめている。笑っている。
「ちょっ、うっ……ぐ、!」
そのたび気持ち悪さでびくりと震える彼女の両脚をしっかりと押さえこみながら、足の甲どころか指先にまで何度も口付けていく。短く、深く。濡れた音をたてて口内に迎え入れて、時には吸いつくように執着を見せ、あなたの冷たい皮膚をふやかすほどに熱を分け与えては、満足げな笑みを浮かべる。ぢゅる、じゅぶ、と鳴るその淫靡な音階は、あなたをその気にさせようと誘っているかのようだ。
倒錯的な愛玩の水音は止まない。限りなく執拗に、もはや自身の唾液を舐めとっていると言ってもよいほどに、あなたの足先はLにマーキングされつくしてしまっていた。
「んん……ぅ……」
そこで開拓をはじめるかのように、徐々に足首、ふくらはぎ、そして脛へと、男の口唇がのぼっていく。ズボンをぐいぐいと押し上げながら。愛を誓うというよりは、ほとんど愛撫なのではというほどの過激な水音をたてながら、はっきりと侵攻の意思を持って、上へ上へと息づかいが触れていく。
過熱していく行為に、つむじの天辺まで危険信号で満たされたあなた。
「ぎっ、や、やめてくださいッ!」
ついに悲鳴寸前の大声をあげ、少し力をゆるめていたLの顎へ膝蹴りを入れることに成功した。
ガツン!
「ぶえっ。」
しっかりと互いの骨同士がぶつかりあった音。その後、つぶれたような声を出して、Lは勢いよく仰向けに倒れ込んだ。
そしてその体勢のまま、二、三秒口の中をむぐむぐと確かめたあと、男は拗ねた顔で言う。
「んぐ……ひどいです。舌を噛むところでした」
「ッいっそ噛んでほしかったです!」
あなたの言葉は本心だった。
「それに左足がまだ」
「もういいですから本当に!」
とげとげしく叫んで、ものすごい勢いで立ち上がる。キャスターのついた椅子は、ごろごろと移動してから机にぶつかって止まった。裸足で立つと、ひんやりとした床の温度よりも先に、右足裏まで塗られたぬるつきが直接伝わってくる。とどまることを知らない不快感に、あなたは眉を思い切りしかめてしまう。
「う。……う゛わ……」
「おいしかったです。どこも妙に甘くて、ふしぎでした」
味の感想を求めてなどいないのに、寝転がったままわずかにほほ笑んでみせる男。赤い舌をちろりと出して、本人としてはかわいい小悪魔的な表情を浮かべているようすだ。
「……シャワーを浴びてきます」
チャンスを作り出した以上は、とにかく早く抜け出さなければまた危ないことになる。そう判断したあなたは、震えている声をなんとか張って、毅然とした態度を装った。そして一歩踏み出す。そのたびに、丁寧に味わわれた足裏がひたり、ひたりと湿った感覚を跡にして残していく。それが嫌なので、否応なしに怪我人のような心許ない歩き方になってしまう。
「ごゆっくりどうぞ」
ひょこひょこと部屋を後にする彼女の背に声をかけ、ひとりになっても硬く冷たい床に仰向けになって動かないL。
「はあ………」
細く吐かれるため息は、あなたに拒絶されたことへの嘆きではない。ただ味蕾の内側で本能的に反芻されるあなたの味に恍惚としているのだ。
繰り返し再生される感触と彼女の息づかいを何度も思い出して、未だに鈍痛を響かせている顎をさする。彼女相手であるならば、痛みを与えられるのも悪くないとすら思い始めていた。そうして自身の奥に隠れ潜んでいたマゾヒズム的願望が首をもたげてきたのを、「恋は人を変えるというし」と自己弁護してみる。
「……………」
重力に従って頬の曲線を落ちていく鼻血。戯れのように自身の手の甲へ口づけてみるが、あなたにキスしたときのような幸福感は得られなかった。おいしくもまずくもない。短くてつまらないリップ音だけが響く。ああ、愛していますと、今すぐこの唇が壊れるほど伝えたいというのに、ひとりだ。
「……あなたさん………」
未だあふれる唾液の中で名を呼ぶ。答えてくれる人はいない。味を思い出すたびに、恋しくてたまらなくなっていく。
シャワー室に乱入してしまおうか。手の届く距離にいてほしい。一番にしてほしい。欲しい。彼女の甘いにおいや味がどこから分泌されているのか詳しく知りたい。願わくは舌でくまなく調べたい。誰も触れたことのないところを触れたい。嗅ぎたい。舐めたい。抱きたい。私で心や頭の中をいっぱいにしてほしい。はやく好きと言ってほしい。欲しい………
止まらない鼻血、瞬きのたび浮かぶ光景、際限なくふわふわとしたLの脳内では、いろいろな欲望の星空が明滅して眩暈を起こしそうになっていた。恋の悩みと括るにはわがままな独占欲は、もはや彼ひとりで抱えるには重すぎるほどの質量をもちはじめている。早くあなたの手を借りなければ、この熱く重く重い想いを胸で健全に育みつづけるのは難しいだろうと思われた。
Lはやはりシャワー室へと足を運ぼうと身体を起こすが、ふらりと、また仰向けに戻ってしまう。先ほどきれいに直撃したあなたの膝蹴りによって軽い脳震盪に陥っていたのだ。
そのことに気付かない男はまだ抵抗しようと床に手をつくが、しかし、ただ襲い来る眠気のような、オーガズムのような、抗えない気持ちのよさに目を閉じてしまった。胸にひとりの影を浮かべて、その口を動かして、意識を手放す最後の瞬間まであなたを反芻して。
十数分後、鼻血を出して床に倒れているLを見て、ワタリが珍しく大きめの声をあげることとなる。