DEATH NOTE
おなまえ
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ある晴れた日。
細い路地をにょろにょろ曲がって、僕たちは尾行にいそしんでいた。
突然、
「松田さん。そっちじゃない」
その言葉と同時にギュッ!とネクタイを思い切り引っぱられて、たちまち首が締まる。
「ぐぇ!」
「あっ、すみません!」
クールな表情から一転、あなたちゃんは僕を振り返って眉を下げ謝罪した。その顔が本当に申し訳なさそうで、おふざけ無しの本気で、道を間違えた僕を目的地へ導きたかっただけなんだとわかる。
「い、やー、全然全然。びっくりしただけだから」
「次からは気を付けます……」
自分の手で少し緩めはしたが、ネクタイの先はまだ彼女の手にある。距離短めなリードによって、いまだに僕たちはつながってしまっているのだ。
「松田さん、自転車来てます」
「松田さん、信号変わるので走りましょうか」
「松田さん、車道側は危ないので私が歩きますね」
これは犬……というより子ども……というか……なんか………
「うん、……はい。わかりました……」
つい平伏した感じに敬語があふれてしまって、なおさら飼い犬感が増した気がして照れる。
僕はなんだかそわそわした心持ちで車道じゃない側をてくてく歩く。せめてものプライドの名残としてしゃっきり背筋を伸ばしてみたところ、さらに首が締まった。
だから今僕は竜崎までとはいかない程度の、だけど公務員の姿勢としては絶対よくない程度の、まあまあな猫背のまま歩いてしまっている。
ふと、このままではネクタイを通り越して、首輪とリードでもつけられてしまうのではと考えてしまう。
そうなれば街の変人……変態……になること必至だろう。そうなってもあなたちゃんはまじめに僕を連れて歩くのだろうが、それが余計に恥ずかしい気もする。
それでも、僕はこの子だけのものなんです!と街中に大声で伝えまわっているみたいなその光景を想像すると、なんだかちょっとうれしかった。
「松田さん、右に曲がりますよ」
ちょっと引っ張られる。
だけど、もし四足歩行を命じられたらどうしよう。道路は意外とでこぼこしているから痛そうだし、難しいかもしれない。それに、進むスピードが遅くなってむしろリードをぐいぐい引っ張られてしまいそうだ。
それに、お手やおかわりを命じられることもあるかもしれない。もちろん僕は人間なので手を差し出すくらい簡単なことならすぐにできる。そんな関係になっても彼女は敬語のまま、優しい飼い主さんになってくれるような気がするし。問題は、人として、そして男としてどうなのか……ということ……。
だけどどうせ、きっと僕は従うだろう。
あなたちゃんだけの、どんな犬より賢くて芸達者なペットになりたくて、バカな僕はたぶんがんばってしまうのだろう。だけどそうなってくると、ペットショップでかわいく売られている犬とかにも対抗心を感じざるを得なくなるよな……
「松田さん、前!」
「え?あ」
「ぶぐえっ」と変な声をあげて、僕は電柱に激突した。
声をかけてくれたのになんの反応もできなかった……
鼻を中心に、顔面が痛すぎる。ぶつけたところから頭へ、やがて口の中にまで、じわじわと痛くて苦しい味が広がっていくようだ。涙目になって、目の前がぼやける。
思わずうずくまると、彼女が一緒にしゃがんでくれるのがぼんやりと視界の端にうつる。
ネクタイを引っぱられながら変な妄想をして前を全く見ていなかった自分が恥ずかしくて、しかも彼女がその対象だという罪悪感で、なんとなくうつむき加減を深くした。
「うぐうう……!」
そんなことを考えつつも、まだ痛い。もしかしたら鼻血が出てるんじゃないかと、そろそろと人中のあたりをさわるが、不幸中の幸いか何の感触もなかった。喜んでいいかはわからないが、ひかえめに胸をなでおろす。
「すみません。言うのが遅れました……」
「い゛や……いいよ、自分が悪いんだし」
こんなバカげた状況でも真摯に謝ってくれる彼女にちょっとした安堵すら覚える。
「大丈夫ですか?」
それから、逸らしていた視線を合わせるみたいにあなたちゃんが近づいて、僕の頭をそっと撫でた。ふわふわした手つきが妙によくて、思わず目をつむる。心配してくれているからか、本当に触れるか触れないかくらいのやさしさだ。鼻の頭は熱いままだが、胸のあたりも急速にあたたかくなって息をつく。
「あ、う、うん。痛かったけど。今治った、かも……」
そして僕はうつむくのをやめて、なんか、キスしてほしいなと思った。
「はは。よかったです」
潤んだままの視界で、彼女だけが唯一輝いた。
鼻をおさえていた手をひっこめて、無意識のうちに、道の端っこの日陰で隠れるようにしてあなたちゃんにそっと寄る。お願いをするために。
だけど、手で壁を作って拒否されてしまった。
「だめですよ。一応仕事中ですから……」
「ばれた……」
ガッカリして肩を落とすと、そういう顔をしてましたと彼女は言う。
そういう顔って?だったらもしかして、さっき犬になる妄想をしていたときも"そういう顔"をしてたのか……?
心がまるっきり透かされたような気持ちになって、またさっきの恥ずかしさがぶり返してきた。
「あとでね。」
あなたちゃんがそう笑った。
「うん、うん!」
僕は喜んでうなずいた。何度も、しっぽを振るみたいに。
たぶんもう、犬になんかならなくたって、僕たちは主従になってしまっている。
「こうしてもいいですか?このほうが、危なくないかも」
あなたちゃんから手をつないでくれた。
首輪とリードよりずっと健全であたたかい。首に来なくなった圧迫感に解明できないようなさみしさを感じながら、ぎゅっと握り返す。
「うん……」
飼い犬でもいいけど、いまはこれがいいな。僕は手を引かれて立ち上がった。