DEATH NOTE
おなまえ
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どうしても俺を追いかけて日陰にぬいつけてくる太陽にうんざりしていた。ひんやり湿った土にひっそりと咲く雑草の花にも。誰かがつけた幼稚な足跡にも。しゃがみこんで、なにかを壊すために壊れる準備をする。地面をじっと見て、俺は俺を壊す。そして、だれかのこともきっとぶち壊す。
人間が本来やさしい生物なのだとのたまうなら、どうして俺がそう作られていないかについても論じろ。そうやって歯噛みをするたび頭がどんどん悪くなっていくのに気づいていた。
きょう、ハウスを出る。
「あなた」
だから、いつまでもくちびるに馴染まないことばを、無理に発声する。
苛々に乾いた軽薄な声と、うわべの笑い顔にあなたはおそらく気づいている。
「なに、メロ」
こいつが呼ぶ
その清潔さは、胸の中のどこかにへばりついて、俺の内側を全部そっちへ引き込もうとしてくる。さんざんな目にあってもまだ愛を信じてる人々の群れに、俺を仲間入りさせようとしてくる。
本当に気分が悪い。
「こっちに来て」
俺の言葉に従って、あなたはこちらへ歩を進めた。その目は何かを恐れている。清潔なくせをして、無垢なくせをして、解き明かせない。
みんなに振りまくやさしいところを、あなたの心をまさぐるならもっとも苦痛になるだろう部分を、俺は素手で暴いてしまいたいと考えていた。べつに、昨日の夜に突然思いついたというわけではない。生まれたときからなにかを忘れたように俺は生きていたのだ。それを、取り戻しただけ。
ふと、歩いてきていたあなたがなにかを察知するように足を止める。
まだ俺との距離は2メートルほど開いている。
なにを恐れている?壊されないように大切に育ててきた慈しみの花が、なんの名前も持たない雑草だと知るのが怖いのか?そのお花が性善説の通じない意志によって簡単に踏みつぶされてしまうものだと知るのが怖いのか?
あなたの怖いものが知りたい。恐れているものが。かたく閉ざして守っている、ここにいるみんなの誰にも見せないやわらかな部分に、乱暴にふれてしまいたい。
「違う。まだ、もっとこっち」
俺は後ろ手でていねいに、それを持ち直した。いままでさわった何よりも冷たい感覚。
銃を手に入れたのは初めてだった。
たわむれにトリガーに指をかけると、自分だけのものなんだという実感がやっとわいてくる。命さえ奪えるという単純で完全な万能感に、束の間、ひたる。
きっとあなたが引き攣った声をあげるのより先に、大きな破裂音たったひとつで命をかき消すことができる。可哀想なほどあっけなく、あなたの一番かがやいた笑顔を土砂降りよりひどい惨劇に染めることができる。
俺は今まで感じたことのない恍惚に似た覚悟と、しかしわずかに震える利き手をおしこめながら、あなたに手招きの声をかける。
「あなた。ほら」
「………、」
しいんと冷たい緊張が、沈黙を行き交っている天使を噛み殺す。目が覚めるほど冷たい。そして、表面に浮かんでいるその温度さえ壊れれば、地底にある太陽の炎よりもひどい熱が噴き出すのだと知っている。
「、メ」
日陰に引き込む。そして縫い付ける。
銃をあなたのこめかみにぐっと押し当てた。
息を呑む音。それとグリップを握りなおす音が、やたらと近く感じる。ああ。やっと、やさしげで吐き気のするような声音を出さなくて済む。
当然弾は入っている。女は自分の頭にぶつかってきたものへと黒目を転がすと、状況を理解したのか素早く数回まばたきをした。
「っぁ、あ、はっ」
「笑ってんのか」
あなたのおかしな息遣いが呼吸というより吐くばっかりになっていて、俺を不健全に滑稽に、刺激する。そうしないように抑えているつもりなのだろうが、そのせいでむしろ吐息が漏れ出ているから、それを吸っている俺の胸には変てこな甘い感覚がたちこめる。
「ぃ、や、っ」
「ふ、はは」
絶え絶えになった否定の言葉が細切れに、ふたりの辛うじてのすきまを埋める。しかし、そんなくだらない羅列だけでは埋まらないほどの妙な空間が、すでにくちびるの間に生まれている。
望むらくは、その清廉なにおいが誰かからうつったものではないようにと。
唇をうすく開けて、俺は口づけた。
「っんむ!」
「………ん……」
あなたは驚いたのか息を止めようと努力しているようだが、長く感じるその接触の中で時折不規則な吐息があふれていた。その妙な体温が肌をくすぐってくるせいで俺はさらに妙な気持ちになって、やめたくない気持ちを膨らませてしまう。
なにもかも初めてだ。
ふにゃふにゃと頼りない心地が、唾液でだんだん濡れてくる。愛の言葉をやるよりも明確に、こんなに簡単に奪えることを知ってしまった。だから離したくない。どこにも。
角度を変えて何度もするたび、あなたがみんなに振りまく薄っぺらな笑顔を思い出す。そしてぶち壊す。ここにいるのはそれとは違う表情で、過激なほど桃色な感触でしかない。
頭を掻き抱くようにして、俺は銃口をこめかみから後頭部へ移動させた。あなたが行動をまちがえたせいで引き金をひいてしまったとしても、これならきっと、俺すらも終えることができるから。
誰にも知られない場所で、誰にも言えないようなことをしている。違法で暴力的なやり方で。
舌をぬるぬるのぬくもりの中へさしこむと「ゃめ」と抵抗するそぶりを見せたので、あなたが身動ぎするたび銃口をぐりぐり押し付けてわからせてやる。
いま、あまい唇から直接、どうやっても忘れられないトラウマを注いでいる。
舌の裏側からとろけて分泌しあう液体を、そうすることでしか生きていけないみたいに必死で貪った。融解して瓦解している。太陽の監視下では到底許されないような下品な音と、もう歯や舌を下りて顎まで伝っている互いの唾液を舐めとるのに集中していると、頭がぼんやりと心地よくて、もう、これでいいような気がしてくる。
あなたは抵抗を諦めたようだった。瞑っていた目を開けると、睫毛が端正にそろってふるえている。鼻からしている息も変なままだ。こいつを日陰に引き込んでから、トリガーに触れてすらいないのに。
わがままなあなたがどうしても俺を恋しがって離れないのだと、勘違いを起こしてしまいそうだ。
あなたを堕落させようと猫なで声をあげていた喉も金輪際そういう風に使う必要はない。吐息にまみれたくちびるの内側から、誰にも聞かせられないような声が、うなるように漏れる。
銃を持っていないほうの手で腰を抱き寄せて、もう、世界は影ばっかりに呑まれて、ようやく俺の頭はすこしおかしくなる。
粘性の高い音とともにくちびるを離すと、顔を真っ赤にして息絶え絶えなあなたが死ぬほど愛おしく見えた。
「あなた、俺と」
大きく呼吸をすると、影じゅうに立ち込めたいやらしい香りが肺をたっぷりと満たす。
「どこからもいなくなろう」
交換しきった口の中の味を、湿潤しきった声で吐き出す。
「死にたくないなら。俺に壊されるほうがマシだろ」
「メロは、……私は、メロを優しい人だと、おも、ってるよ」
壊したい。壊したい壊したい壊したい。ここで撃ってすべてを壊したい。だから壊れようと思っていたのに。
「黙れ」
「……メロは、これからどこにいくの」
「………」
一番になれる場所。間違いなくこの日陰より濃い闇がはびこっていて、銃を持っただけで手が震えるようなやつにはお門違いだろうところ。
「………いちばんに……なれるよ、メロは」
「もう呼ぶな」「俺を」
あなたは震えている。俺の声と同じ。だが壊れないまなこで俺をまっすぐに見ている。あなたからこぼれる「メロ」という発音が、どうしようもないほど好きだった。
俺はあなたを強く抱きしめる。
どうしてそうしたのかはわからない。ただ黙らせるためか、ただ愛おしいからか、もう、壊してしまいたかったからなのか。
そして、離した。キスをしている間、あんなに離したくないと思っていた女を。もう手を触れないように、目を合わせないようにして、まるで友情を確かめ合ってさよならをするフィクション映画のような温度は、いともたやすく手の平からすり抜けていった。
「さよなら」
ずっと向こうに咲く花を眺めた遠い感情のまま、告げた。
あなたを見ないように。あなたは何も言わなかった。俺にも芽吹いていたトラウマを、口内で反芻する。それがどうしようもなく甘いので、俺はどうしようもない。
日陰を脱け出した。
振り返らないで、そのままハウスを出る。
ただ、つぐんだ口の内側に覚えたさびしさの味を、愛してると名づけた。