DEATH NOTE
おなまえ
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私のことを「かわいい」とあなたが言うので、私はわざわざ部屋の隅っこに座ってロボットと遊んでいた。
つまらないほどしつこく言うので、あなたと廊下ですれ違うたび何度も何度も黙らせるようにキスをした。
「ニア?」
「……はあ、ふ……」
「大丈夫ですか?」
「………うるさい」
……それでも言うので私はすっかり無視していた。
が。
「ニア、きょうもかわいいですね」
「………」
「好き」
「………好き?」
「はい。かわいいニアが好きです」
情けないことに私は目に見えて動揺していたことだろう。なんと単純で幼稚な罠!あなたはまた私に「かわいい」と吐いて頭をなでると、自分の席へ戻っていった。
悶々とした気持ちを押しのけながら仕事をする。しかし午前、午後、夜になっても、彼女はもうちょっかいをかけてはこなかった。もう私たち以外にはだれも居なくなったモニタールームで、私はあなたに声をかける。
「あなた」
「はいニア」
「きょうは?」
「はい、もうあの案件も片付きそうですが」
「そうではなくて」
「………」
気づいているくせに。
「……………あなた」
「……ニア、かわいい……」
聞きなれたはずの言葉が私の耳殻をちゅんと刺激する。こどものする指切りのような感触で胸がざわざわして、どうしてか口角があがりそうなのを隠すみたいに髪を触ってしまう。
「……は、い。それで?」
「ニア」
あなたはもう仕事のときの顔をやめて、私に微笑した。欲しい言葉がはっきりとわかっているくせに意地のわるいことをして遊んでいる。弄んでいる……私をかわいいと言うのも、きっといじわるの一環なのだ。あなたはいじめっ子で、だけれども、きっと私はそのいじめっ子の笑顔を待ってしまっている。
ふいに、彼女は椅子から立ち上がって私に接近した。
「ニア、大好き」
私は耳元にふれるあなたのあまい言葉ひとつでかんたんに篭絡される。
その言葉を耳にした途端に、喉の奥がくすぐったくなって、至極つまらない感傷のような色の唾液が分泌してくる。まばたきが増える。頬が熱くなる。自分のことを客観的に見れば見るほど私はこどもで、しかも恋をしていて、胸中は苛立ちのような微弱な感電をくりかえしていた。
「………ん」
「どうしました?ニア」
「……わからないならいいです」
「はは。はい」
あなたは観念したような顔で笑って椅子に座りなおし、自身の膝をぽんぽんと叩いた。私は素直にそこに乗った。そうすると腰に回されて背をなでてくる手にゆるやかな安堵感と期待をとろかしながらぎゅっと抱き着いた。
「ニア?かわいい」
「………」
「かわいい、好き、大好きですよ」
「……はい………」
すぐそばでくすぐってくる囁き声には、誘惑だとわかっていても毒に侵されてしまいたいと思わせる響きがあった。ふれているところすべてが熱い。それなのに嫌ではない。
ぶらんと空中に放り出していた足を、あなたの身体をはさみこむようにして、とうとう回してしまった。
より密着した私とあなたの肉体の間で、体温の高さが同期する。あなたの髪の香りが近くてとけてしまいそうだ。身体の中心からどきどきが伝播して、指先までかわいくされてしまう。好きにされてしまう。
そう懊悩のさなかにいると、彼女はさりげない仕草のまま、私の髪をふわふわとなでていたほうの手で突然、ぐっと頭を引き寄せた。
「ネイト。愛してる」
「、……っん……」
息を呑む音に気付かれてしまっただろうか。世界で私しか聞き取れない距離の声音が、左耳から侵入して背骨をつきぬける。腰のあたりで散らばったきもちいい震え。甘美で大好きな声が、誰にもないしょで私をゆがめていく。だめだ。薄桃色の靄の中に脳が引きずり込まれていく。
私もなにか言葉を返さなければならないのに、息が熱すぎて声が出ず、あなたの身体にしがみつくように力をこめることしかできない。
「……ニア?」
「………こ、のまま……」
まだキスのひとつもしていないのに、背骨を引き抜かれたようにふにゃふにゃになってしまった。そういうふうに、だんだんあなたの手で作りかえられているような気すらする。深い呼吸のせいでふたりに隙間ができるのが嫌で、融解するように私はもっと近くへ寄った。そして、彼女が察してくれるのを待った。
「部屋に行きますか?」
予想どおり、あなたはじょうずに私を推察する。私がもっと一緒にいたいと思っていること、もっと一緒になりたいと思っていることを、彼女はいつも手のひらの上で敏感に悟る。
「……はい」
返事をすると、体勢はそのままにあなたが立ち上がって、手で私の尻を支えた。そしてゆっくりと私がずり落ちないように気を配りながら、歩みを進める。
不安定な空中闊歩に、私は彼女の首筋に顔をうずめてにおいをかいだ。花とも菓子ともちがう、深い夜のいじわるを閉じ込めた甘いにおい。するとくすぐったかったのか、あなたは静かに笑った。私はその声がくすぐったくて、もっと強くしがみついた。
ああ、これからベッドルームに行って、やわらかなシーツに倒されて、たくさんのくちづけを交わして、みだれて、今以上に頭をぐちゃぐちゃにとかされることをするのだ。その最中には「かわいい」と、何度言われてしまうだろうか。
どうやら私はもうだめらしく、情景を想像しただけで小さく声を漏らしてしまった。そしてそのことをあなたはわかっているらしく、到着した部屋の電気はつけないまま、やや性急に私をベッドに座らせる。
そうするとふたりの間に新鮮な空気が割り込んできて、急にさびしさで肺がいっぱいになる。彼女が私のちょうど正面へしゃがんだ。
「あなた……」
身体じゅうが熱い。はやく。あなたの手で、くちで、もっとあつくしてほしい。私もあなたを愛しています。
暗闇の中で濃くなったあなたのにおいに追いすがるように、今度は首に手を回した。