テニスの王子様
おなまえ
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つまらない自室のつまらないベッドのうえで、痛い程の沈黙が迸っている。ふいに寝転んで天井を眺めていると、しろい泡の立つシーツの海で漂流して空が回っているような、諦めた気にさえなる。ため息をついて、身体を起こして、時計を見て、俺はなんでもない学習机に向かった。
すると声をおさえるようにして、あなたが笑った。
「ふふふ」
「……そんなに面白いか?」
「んー」
ちょうどあなたの好きなテレビ番組が放映されている時間だった。あなたが曖昧な相槌がわりに唸ると、司会の芸能人がゲストにつっこみ、アハハと客席からは笑いが起きていた。ときどき鳴る軽快なBGMが、俺の気分にそぐわない。だがあなたに電源を切れと言うわけにもいかなかった。
とりあえず机に並べたきょうの課題と、データをまとめたノートや筆記用具がむなしい。いまの俺はからだの浅いところでしか息ができていないのだ。またあなたがちいさく笑っている。
胸の内で永遠を喫している泥濘、痛いようなまぶしいような眼の奥、音楽を忘れて黙する部屋、すべてがぬるついたまま、俺を呑んでいる。中途半端だ。
まばたきの、深呼吸の、目線移動の、たくさんの回数を丸くなった芯で書きこんでいると、部屋の無音がつめたい水のような心地よさで包んでくれる。
あなたの存在がただの眉唾都市伝説の空想のように思えてきて、そうすると俺は安心して、やっと胸の奥深くまで空気をいきわたらせることができるのだ。
この行為に意味がないと知っていても、無為をかさねる手のひらは指紋のあとをべったりと残しながらふれようとする。
イヤホンのただ細い弱い線からつながる、だれにも拭えない俺だけの声。目を瞑って手を前に遣れば、ふれてしまいそうな距離の最大音量。
あなたの部屋とつながる聴覚は、クラスのやつらにはけして共有することができない。
それは俺の独善の独占欲で、指でなぞっただけでは覆いきれないほど膨大な情報の収束で、罪悪感とともにようやく成るものだった。
生活の中で花に水をやる人間は幸福なのかもしれない。それにあこがれていたのかもしれない。かも。かも。俺にもっとも必要のないはずな言葉の、残滓が招いた俺の恋かもしれない。
おまえは誰もいないリビングで19時、テレビの電源をつけてからちいさなソファに座り、いつも使うガラスコップにつめたい玄米茶を注いで、それを3口飲んでからリモコンの8を押すのだろう。それは続いていくのだろう。
俺の生活がおまえの生活になっていく。おまえの生活が俺の生活にはなっていかなくとも。
「……あはは」
「あははっ」
「もう笑わないでくれ」
「ふふ」
「俺はつまらない。」
「………」
「俺は悲しい。」
ふれたことのないおまえの手が、さも簡単そうになにもかもを攫っていくのがかなしい。怖い。つまらない。なによりも俺の頭を埋めるあなたのあたまは何で埋まっているのだろうかと、考えるたびにおそろしくなる。その咲き誇るきらきらたちが俺ではないことを、俺はすでに知ってしまっているから。それに嫉妬しているのか、憎悪しているのかは、しかし俺にはわからなかった。
おまえの生活ならなんでもわかるのに、俺の知りたいことはなにもわからない。
おまえのいるはずのないこの部屋が、あんまり静寂で冷徹だ。この恋、執着、妄信、不完全、懊悩、それを混ぜかためただけの仮称「あなた」を、俺は若気の至りだと言えるだろうか、美化できるだろうか、笑えてしまえるのだろうか。
未来のことを考えるのは苦しい。生きていくことは痛い。そう感じてしまうのもいまだからだろうか。俺のなかに息づいたあなたの日常や習慣や思考や行動は、さようならを告げる間もないまま乾いてみえなくなるのだろうか。
「あなた。」
「……………」
「きょうもおまえと話をしたかったよ」
「……で……ははは…」(遠くにテレビの機械的な声)
「ただおはようと言うだけでもいいから」
「……えー………なんで………」(遠くにテレビの機械的な声)
「おまえが視界に入ってくるたび、ふれたくて苦しくなる」
「あー。CMか」
「好きなんだ。くだらないほど。こんなもの最悪だとおまえはきっと言うだろうが」
「……です……わー……」(遠くにテレビの機械的な声)
つまらない自室のつまらない机の前で、痛い程の喧騒が散らかっている。ふいに手を止めてあなたの息遣いに聞き入ると、くらい心中の雲を遊泳して目が回っているような、諦めた気にさえなる。
ため息をついて、立ち上がって、時計を見て、俺はまたなんでもない明日が来ないようにと祈るばかりだった。