テニスの王子様
おなまえ
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・・・
俺、あなたと一緒にいたいなあって、思ってたんです。最初は。
放課後でも、昼休みでも、朝のホームルームでもいいから、いつでもいいから、あなたと一緒にいたい。なんのおしゃべりもしなくていいから。
そしたらその次は、あなたの顔を近くで見たいと思った。
ふれることはできない距離を保ったまま、ただ見つめていたい。致死量の視線を交わし合って果てたい。
その次に、少しだけお話をしたいと思った。
好きなこと、好きなもの、好きな……なにか、なんでもいい。俺だけに向けられたあなたの声の温度を確かめたい。
桃色のカギカッコで閉じこめられた何でもない会話を、眠る前にベッドの中で反芻したい。
次は、触れたい。
あなたさんの身体のどこでもいい。
抱きしめたい。
きつくどこにも行けないくらいきつく抱きしめたい。
さらいたい。
さらいたい。
俺のものになってほしい。
俺のものにしたい。
たぶん、ぜんぶ。
「なんであんな……人……なんかに、……」
「……………………」
……………
「……あなたさんの愛するもの!愛するひと!を、俺も愛してます!」
きれいごとをつめこんだ口からぐつぐつと悪意があふれそうになるたび、きれいごとをきちんと詰めなおして抑えつける。逆流してきたわるぐちを、冷たい水でのみこむ。不快なものがきちんと、胸の奥にかえってくる。
それは俺の生活であって、あなたの生活にはならない。
必死だ。
俺はとんでもなく必死で、こどもだ。
自分の継ぎ目をきれいに縫い直す仕事に追われているばっかりだ。哀れだと言われてもいい。とりつかれている。とりつかれていることに気付きながら、また、運命の糸を針の穴に通す。だって恋をしているから。
毎日の悪夢を書き留めるルーズリーフがもうすぐ切れる。
踏ん切りがつかない。おさえがきかない。いったん止まって引きかえすということができない……ひとつのまばたきのたび、夢を想ってしまうから。
きっとあなたが授けてくれるその力でなんでもできてしまうのだ。
恋は魔力を持っているんだってことを、とっくの昔から知っているから。
俺はけっしてあなたを傷つけるためにそれを行使したり執着したりなんてしない。絶対に、絶対に、約束します。
魔法使いより現実的なファンタジーがあなたです。
この胸に穴を開けてくれる酸性雨があなたです。
思考の独占をやめない不法行為があなたです。
誰よりもずっと愛おしい妄想があなたです。
あなたのかたちをしてるあなたさんです。
……限りがある。俺の頭では。
あなたを言い表せるおおきなおおきな重い言葉がみつからない。美しいだとか、心から愛しているとか、つまらなくて全人類の手垢に塗れている言葉じゃ、このきもちまで軽くなってしまいそうだ。
だから、それを探すのが恋なんだと思う。俺は人生をかけてもあなたを探してみせます。から。どうか……とか。
襤褸のようにすり切れた気持ちをさらけ出したとしても、あなたは、振り向いてはくれないだろう。
「どうしよう。どうしよう……愛してる……どうしよう。」
俺は部屋中をうろうろ歩きまわった。そのたびに、あなたさんじゃない情報がたくさん目に入っては俺をいたぶった。
白色に透けるカーテンの不可思議なゆらめきが、あなたさんのいた場所のにおいを少し思い出させた。
無限の窓ガラスに映りこむ有限の俺。
つよく、つよく燃えている夕焼け。
100000000000回以上使われている、取るに足らない語彙で、俺は遠く遠くに聞こえる電車の走行音に耳を澄ましていた。
つよく燃えている空に焼かれている雲。透明な純白が邪な橙色に食べられているようす。つよく燃えている嫉妬心で練習する正しい恋のやり方。
あなたさんと一緒にいたい。
そう心から思うたび、ふしぎな力が俺を包んで、とても悪い行動力を与えてくれる。まばたきの間にそれが、おそらく、実体を持って動き出したのだ。
「眠れないんです」
「悪夢を見られる薬をください」
しゃがみこむ。
真正面に天国がある。
雲がかかっていて届かないと思っていた天国の居場所がそこにある。いる。
手が届く……
そう思って、反射的に手を伸ばしかけて、怖くなった。
俺がふれたところからとけて、こわれて、ひびわれた地面になってしまって、恋心さえも幻になって吸いこまれていく悪夢が、落ちかけた陽光をよぎる。
(それに、あなたさんとお話をしていたあのひとみたいに……
あなたさんの隣の席のあのひとみたいに……
あなたさんに見とれていたあのひとみたいに……
不特定多数になり下がってしまうような気がしたから。)
俺はあのひと達とはちがって特別な恋をしているのに。
ロマンチックを壊すほど強くて淡い恋を。
あなたといた夢の中を思い出す。
夢みたいにふしぎな力をもった恋ごころを思い出す。
いま俺たちは天蓋のついた夢にいる。白くて、かわいくて、薄くて、誰にも見張られていない安全な。
そうだ
ここはどこでもない。
俺の部屋でもあなたさんの部屋でもない。
新しいまっさらな部屋。新しい壁。新しいシーツ。新しいカーテン。新しい俺たち。
あなたは俺とこの夢から産まれなおす。
天国に手をのばす。そしたら、きっとかなう。
あなたさんの眠る顔。初めて見る顔。同級生のだれもみたことがないだろう顔……
嘘みたいだ。嘘みたいにうれしくて、心臓が苦しい。息が詰まる。壊れそうだ。このままでは俺が壊れる。
全部のお願いごとが叶ってしまう。
ふるえる手でそれにさわる。
(ちらちらと流れにまつろわない前髪をどけて、宝もののようにかがやく額から丸く、眉のふくらみ、少しくすぐったいような感触をぬけ、いっとうあたたかくお片付けされた眼球を目蓋の上からたしかめ、凡庸なほど愚直な鼻筋を降り、ほっぺたの中味を曲がって……俺は指先の曲線で彼女を探検する。)
(ああ。)
(薄ら赤らんだくちびるへ辿りついた。)
(
あなたがここにいる。
俺にはそれが革命みたく見える。
指先の1ミリであなたを暴いてしまえる。
俺の息づかいはもう普通だった。
どこにも違和感のない真実の人間にうまれかわることができた。
あなたという言葉を俺はもうみつけている。
あなたが現実に実現している。永遠に別離と離別する。
あなたさんがここにいる、俺のそばにいることが普通で、そうじゃないと変だ。
薔薇のようにすりきれた気持ちで、壊れないようにと、そっと壊すあなたの心。あたたかな未来。
この部屋は少し寒い。指先が白い。壁が白い。床が丸い。
俺はあなたさんのとなりへ寝転んだ。こいびとになったみたいに……こいびとになったみたいだ……俺たちはこいびとなんだ……俺の頭がうっとりして情けなくきれいになっていく。嫌らしい若いやわらかい。
こいびとって、なんてうれしいんだ。
ちょっと、おかしくなりそうだ。
あなたを縛り付ける手錠のカギを、甘いサイダーで飲みこむみたいに。
ああ俺、何十ページもの悪夢から救われる。
「あなたさん」
「どこにも行かないで……ずっと俺と」
「………?」
「あ。」
「……あ、え?」
「おはようございます。はじめまして」
「な。え、え」
「鳳長太郎っていいます。これからずっと、よろしくお願いします」
目が覚めたあなたさんは少しびっくりしているみたいだった。
つやつやしてやっと光った目玉に俺の影がうつっているのが、すごくきれいだった。
きっとこの光景は死ぬまで忘れないだろう。
はやく、この世のどこでもない部屋に慣れてほしいけど、あんまり焦らせるのもよくないだろう。そう思って笑いかけてみた。でも、あなたさんは俺と反対にぽろりと涙をこぼした。
無限のあなたの涙に映る有限の俺の影が流れていく。どろどろに。
『かえしてよ』
『たすけて』
『いや』
悪夢がどっかにまだ残っているんだ。現実とどっかが点滅して部屋がちょっと暗くなる。
「あなたさん?」
「あなたさん」
「あなた、さん」
「なあんだ」
夢の中でもこんなだった気がする。
夢の中よりずっといい場所で、俺たちは完成する。
だからそのために、いまから、呪いをかけますね。
「あなたさん」
「あなたが好きです。」
「大好き………」
「大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き。」
「あなたさんのぜんぶをくださいね」
「俺のぜんぶもあげるから」
「これからずうううううううううううううううううううううううううううううっっっ、と……ずっと!よろしくお願いします!」
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