すごく短いもの
おなまえ
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背を向けて走り出そうとするのを、思わず腕をつかんで止める。
なにもこんな必死な真似をしなくても、と思いながら、反射的にそうしてしまった自分を俯瞰して、そんな場面ではないのに笑いがこみあげる。ああ、無意識領域の制御をもっとうまくやらないと、これから彼女を壊しかねない。
「離して……ください」
「いやです。」
開いた瞳孔の端っこにボクの黒い影がゆらゆら。もし真ん中があいているなら、譲ってください。
「ここに、浦原さんのそばに、いたくない……」
その声は、簡潔ですばらしい。論理的でなくてすばらしい。ひとを傷つける言葉を選ぶための思考回路を傷つけるあなただから、いとおしい。
「っあー!そんなこと言うんスねえ」
だからその声は、ものすごく狭いボクの肋骨の隙間をくぐりぬけて通りすぎて、ぴったりと痛いとこを射ってくる。玉虫色に、ときには鈍色に光ったりありがたい光をただ反射したり(諸説有)するその部分が、なんともむずがゆくなる。
「傷つきましたよ、深あく、すごく深く。ひどいっスね、あなたってひとは」
その深くをあなたが占有していること。あなたという糖衣錠。あなたは、本当にひどいひと。そう思うごとに。
ボクの中へ呑まれて落ちていけ。
「アタシがいないとなぁんにもできないくせに……」
戦うことも、眠ることも、笑うことも泣くことも怒ることもひとりごとも交わることも話すことも離れることも愛することも許さない。ボクのそれらを許さないのはあなただから。
だから、死ぬまでいっしょ。でしょ?
「なに、うあッ」
がくんと、あなたの身体がくずおれる。
やっと効いた。
とっさにひざをついても、やがて支えを失って地面に伏してくれる。ひまをつぶすように、眼前の砂粒を数えることしかできない。その姿はまるで、どこにも逃げ場を失って絶望したみたいだ。そんなことはないのに。失う逃げ場などというものは、最初からないのに。
「あっ、ううう、な、ぃを、」
身体じゅうが弛緩したあなたはどれほど抵抗できるだろうか。這いまわるボクの手に、どれほど身をびくつかせるだろう。ボクと彼女のくちびるとの間に、どんなにくぐもった声をもらすだろう。ああ、かわいいな。かわいいのできっと、褥瘡にまでくちづけてしまうだろう。だけどそんなことは口にしてやらない。
「ねっ?ほら。アタシが抱っこして、どこへでも連れてってあげますって」
「ぁ、ぇえ」
あらゆる欲望はあなたの形に帰結する。あなたはひどくやわらかい棘になってボクを突き刺して、その舌から欲望がまたこぼれる。そのくり返し。
「だけど、まずは。アタシの部屋にいきましょうね……」
「ぃあ、あ」
「わかります?大好きなんスよ、あなたのことが。あなたがアタシにそう思うのと同じで、すごぉく、ね。」
あなたはボクの言葉になにか反論があるみたいに、少し身じろいだ。
あなたの短い呼吸はあまりに神秘で淫靡でたまらなくなる。声を発せないままに、眉間にすら力を入れられず、ボクに抱きかかえられながらぼんやりと見上げる笑顔と愛の言葉と未来を、どう思っているのだろうか。運命の決定権をもつひとが、天国以外にいることを。その感想を聞きだして一言一句漏らさず便箋に書き綴りたいところだが、いま心に余白がない。
なんとなく、意地悪な気分になっている。とてもひどいことを言ったあなたへと、これまで我慢していたひどいことを一挙手一投足漏らさず、ぶつけてしまいたい気分。あなたによく似合う痣と鬱血の色をたしかめたい気分。
暴いて、塞いで、穿って、噛んで、壊して、動いて、奪って、毒して、狂って、だから、ほら、さよならと言って。ボクのいない世界に手をふって。ああ、いまは上手にできないだろうけれど。
「これが終われば、きっとボクから離れたくなくなりますよ。ええ、絶対に、約束」
「上手にしゃべれなくなっても、あなたの『愛してる』はわかりますから、大丈夫」
「だからたくさん聞かせてくださいね。おひめさま?」