すごく短いもの
おなまえ
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ある日。
「それは?」
あなたが、白くて輪郭のはっきりしない布と綿の集合を抱いているのに気づいた。さも我が子を抱くかのようによしよしと愛おし気な手つきでそれを撫でている。
「ぬいぐるみちゃん、かわいいでしょう。つい買ってしまいました」
私の質問に、見せびらかすようにしてその顔を向けてきた。
縫い付けられた水色のボタンがふたつ、あざ笑うかのように私を見上げてくる。ほっぺたのあたりにはおあつらえ向きにピンクの塗装、彼女に抱かれてうっとりと頬を染めているかのようだ。
きのうまで、彼女に抱きしめられていい存在はただひとりだったのに。それでよかったのに。
「今日から一緒に寝ます」
「………その綿と?」
反射的に言葉を返してしまった。
さっきまでの状況でさえ気に食わなかったのに、さらに耳を疑うような発言が飛び出してきたせいだ。
「わ……、ニア……ふふ……!」
彼女は、耐えきれないといったようにくしゃりと破顔する。そして、ついにあははと声をあげて笑った。
なかなか目にすることのないその姿に内心驚きながら、ぬいぐるみの存在がそうさせたのだと思ってしまうと、また一段と面白くなくなる。
「そんなにおかしいですか」
自分の声にありありと溢れた敵対心は、ふだん犯罪者に相対してもそう滲むものではない。本当にくだらないと思いつつも、私と彼女の無二な時間に無粋な侵入者があらわれたようで心から気に食わなかった。だからどうしようもない。それほどまでに私は、すっかりあなたにやられているのだ。
「はー、いやあ。綿呼ばわりするとは」
「……」
「でも絶対にそうくると思っていました。嘘ですよ、一緒には寝ません。部屋に置いておきます」
無機物にも嫉妬してしまう私のことを、あなたはすでに見通していた。
まるで成長しない自分の幼稚な部分に、そう思うのに素直に安堵してしまう心に、私は何も言えないまま小さくため息をついた。恥ずかしくて少し顔が熱かった。
「これからもニアちゃんと寝させていただきます」
「ちゃん付けはやめてください」
「ごめんなさい」
ふふ、と笑いつつ、彼女は私の頭に手をやった。ぬいぐるみに浮気した手で、ぬいぐるみにするより愛おしそうに撫でられる。それだけで、単純にも、なんでも許せてしまう気がした。
「だけどニアちゃんに似ていますよ、この子」
「……どこがです。」
「白くてふわふわで、かわいいです、すごく」
そう言うと彼女は、デスクにぬいぐるみを座らせた。
私が恥ずかしがるといけないと思ってか、ご丁寧に水色のボタンを片手でふさいでから、顔を寄せてくる。目をふさぐなんてとんでもない、見せつけてやりたいほどだ。
「っ……。」
顔を上げ、口付けを受け容れる。私たちにとってはいつものことなのだ。あたたかい、命のあるくちびるが、少しだけふれあってすぐに離れた。ちゅ、と鳴って消えた音が名残惜しい。
「もっと?」
あなたが目を細める。いつでも私をわかっている。
「……もっと、ん……」
だから、優越感をたっぷりと塗られたくちびるで、私はこたえてみせた。
いつもより大胆で唐突な私に驚いたのか、あなたは甘く微笑んだ。
他のなにかには向けられることのない情のうずいたまなざしに、ぞくぞくと背筋がしびれた。
彼女が指先を私の頬にすべらせ、いまだにぐらぐら燃えている嫉妬心に、しっとりと帳を降ろす。いっそあのぬいぐるみのように、私の頬は染まっていることだろう。
本当のことをいえば部屋に置くのも嫌だが、しょうがない。せいぜいおまえより深く愛される私を見て、私のようにひどい嫉妬にうなされていろ。と、なんとも幼稚なことを思って、目をつむった。