そのほか
おなまえ
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昼下がり、埃舞う倉庫内。
綿の飛び出たソファであなたはすっかり眠っていた。しわの寄った黒い革地は寝心地がよいとは到底思えないほどのくたびれようだが、それでも彼女にとって今だけは唯一戦いを忘れられる安息の地となっている。
そこへ、静かに佐藤がやってきた。
あなたの寝息よりも静かに。数えきれないほどいろんなものを殺してきた彼にとって、物音を完全に殺す程度容易なことだ。
そして眠る彼女を見つけた。誰が見ているわけでもないのに演技がかった意外そうな表情を浮かべてから、彼女に近づいていく。ふわふわなブランケットを掛けてやるためではないし、ましてや「こんなとこで寝たら風邪ひくよ」と起こしてやるためでもない。縮まっていく距離にもちろん気づくことなく、あなたはすやすやと眠る。
とうとう安堵の無い安眠へと、佐藤がたどり着く。
それから彼女の衣服へ手をかけた。当然のように。あなたがわがものであるように無遠慮に、めくりあげていく。するとすぐに腹が完全に露出して、男の視線はそこへ向けられた。
彼女が息を吐くたびあばら骨が縹渺と浮き出る。いっそ無礼なほど無防備に思える。彼女が息を吸うたび無垢に白いみぞおちが膨らむ。胸にめがけて無色の帳が降りているかのようだ。何とも頼りなく小さな臍には無何有の美しさが潜水する。無音のうちに佐藤は少し身をかがめ無表情のままその営みをじっと観察する。
皮膚が内臓に押されて上下する。内臓が空気に押されて膨張する。空気があなたを取りまいて誘惑する。
あなたのそこを見ているただそれだけで、殺すよりも、命を感じる。
あなたが誰よりも生きているように思えるのだ。
「きみは、すごく頑張って生きているんだね。」
そう呟いた自身の声が存外寂しさをたたえていることに、佐藤は驚いた。
「それなら私はもう、生きていないのかもしれないね」
死なないということは誰よりも生きているということなのに。
それは何百何千何万回と脈々とつながれてきた自身の血流に、嫌になるほど誓った合言葉だ。誰よりも生きているから遊べるし、笑えるし、誰かの命を奪うことができる。権利を簒奪することができる。
あなたの脈動も呼吸も心拍も見ているはずの悪夢も、何もかもが、弱い。弱くて生きているのはつらいことだ。遊ばれるし、笑われるし、誰かに何かを奪われる。殺される。弱いからなされるそれらは必定のことで、生きているのだから仕方ないといわれることだ。
彼女は生きている。生きて散る。ふと自分の心音を確かめたくなり、佐藤は自身の胸に手をやった。その姿は、神とよばれるまやかしに愛とよばれるまやかしを誓う様子に似ていた。
あなたを殺したいと思った。しかし、殺したくないとも思った。私以外の誰にも殺されてくれるなよと、強く願うように思った。
男のざらついた手が、あなたの腹部を侵犯する。ふたりの肌がお互いに似つかわしいかどうかは関係なく、佐藤は目尻のしわを深めた。
呼吸の振動が手のひらに伝わる。手のひらに平熱がある。その体温を愛おしいとは感じない。皮膚を絞める・切る・押さえる・傷つける感覚が、愛よりも先に指先へ到着してしまうのだ。
指紋にしみ込んでいく他人の面倒事と分泌物。輪郭を惑わせていく女の柔さ。運命線をゆがめていく弱者のほてり。
無駄。
彼女を外界から切り取る線へとなぞるように触れれば、くすぐったそうに少し身をよじる。ちょっと力を入れて押してみれば苦し気な声が漏れる。男の何かを確信したいような、そうだと確認するような、無骨な手に相反する丁寧な手つきが続く。
突然その丁寧さを翻して彼女の臓器を直接撫でることすらできたけれども、佐藤はそうしなかった。取るに足らない表面温度でじゅうぶんだった。あなたはとても生きていた。
「かわいいな」
「かわいいね。私はどうしてこんなに、何も感じないのだろう……」
無限。
佐藤はあなたの衣服を元通りに整えた。
「……ん……」
「おはよう」
すると、だんだんと睫毛の影が光に犯されていき、ついにあなたの目がひらく。
佐藤が目の前にいることに気付くと、ぼんやりとしていた彼女の意識は一気に急浮上していき、慌てて身体を起こす。
「お、おはようございます……? 佐藤さん、なんで」
律儀なあいさつにいつもと変わらぬ笑みを浮かべ、男は一際楽しそうな声で返した。
「いやぁ。かわいいおへそを出して寝ているものだから。女の子がお腹を冷やしちゃダメだよ」
「え、ああ……すみません。ありがとうございます……お恥ずかしい……」
照れ笑いを浮かべるあなたは、自身の腹に佐藤の指紋がべったりとついていることなど当然知らない。それどころか、熟睡するあまり乱してしまった服装を紳士的に整えてくれたと感謝してすらいる。
死と関係ない昼下がりの無意識に、彼の笑顔だけが焼き付く。無感傷の海を無傷のまま漂いながらただ、ふたりはいつも通りに戻っていった。