そのほか
おなまえ
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連日の冬曇りから一転、雲一つない空が有限の街をつづいている。陽光とともに最高気温はいくらか人間に温和な態度をとり、怪獣も現れないので戦いもない、鼻歌をうたってもいいほどのやさしい平日だった。
車のエンジン音や野良猫の足音に耳を澄ませながら、サムライ・キャリバーは裏路地を歩いていた。ジャンク屋へは大通りを使ってでも行けるが、彼は動かない換気扇のあるような裏路地を好んで通った。理由はいろいろあった。そうしていると、人目につかないから。そうしていると時たま、猫を見つけられるから。あなたに会ったのがそういう道だったから。
いつものような猫背で、いつものようにジャンク屋に入る。
「ぁ、あっ。」
その緩慢な動作の中で視界に入ったあなたの存在に、キャリバーは心を乱されていた。四本の刀に気を配るのを忘れてしまって、久しぶりにドアにつかえた。ガンッ!と刀がぶつかって、ついでに足もぶつけた。
「わ、こんにちは。大丈夫ですか」
キャリバーがあげた音に反応して、あなたはあいさつして軽く会釈する。
あなたは六花の友だちで、ジャンク屋にもちょくちょく遊びに来ることがあったので、新世紀中学生、すなわちキャリバーのことは知っていた。紹介されたときはさすがに不思議そうな顔をしていたが、怪訝な顔はしていなかったことを、キャリバーはふと思い出していた。
「こ、こんにちは。だ、大丈夫だ」
夢想にふけるのをやめてあいさつを返してから、いつもの席にまっすぐ移動して座る。きょうは新世紀中学生メンバーも高校生たちも、用事やら監視やら学校やらで出払っているし、六花の母も店のほうには出てこない。あなたは無言で携帯をにらんでいるが、キャリバーにはこれといってやることがなく、目の前にある机を無心で見つめることしかできない。ほかの人だと特に気にしないのに、あなたと二人きりになると肋骨の中のあたりがさわさわしてしまって落ち着かなかった。
外では、冬毛で丸々とふくれたすずめがちゅんちゅん鳴いている。キャリバーはそのすき間を縫うようなタイミングで、おずおずと話しかけた。
「き、きょう、学校は。」
「……きょうは休みました」
「そ、そうか」
どうして休んだのか気になっているけれども口には出さず、流れで返事をするキャリバーを見かねて、彼女が答えた。
「……最近なんだか、学校に行くとちくちくするんです。あんまりよくわからないかもしれないですけど」
ちくちく。いまあなたと話しているキャリバーの心の底面もたぶん、そうなっている。飛び込んだらとてもいい気持ちになれるであろう素敵なものが、底をちくちくとつついてくるのだ。そのつついてくるものは針かもしれないし、だれかの指先かもしれなかった。
でもきっと彼女が言っているのはそういうのではなくて、もっと不快で、嫌らしくて、邪魔な感じのちくちくなのだろうと、彼は予想した。キャリバーは、考えるだけでなんだかもどかしい気持ちになる。
「わ、わかる……と思う」
「そうですか?」
「思うから、話してほしい」
あなたと話す口実がほしくて嘘をついたのではなかったが、彼女にはそう思われたかもしれない。それでも別にいいと思った。
「ありがとうございます。……でも、なんか別にいじめられてるとかじゃなくて、そこまで大げさな問題でもなくて、ただ単に友だちがちょっと……」
あなたはどこまで話すか決めるために、一秒間息継ぎをした。
「……ちょっといやな感じでいじってくるとか、よく知らない人同士が付き合って~みたいなどうでもいい話に付き合わされるとか、ふとしたときに、ちょっと自分が否定されてるかもって思うとか、そんな程度で……」
「………」
「ひっくるめて全部、たぶん思春期特有の憂鬱的な感じだと思います」
一通り話し終わっても、キャリバーは無言で、どういうふうに言葉を選べばいいか考えていた。あなたは焦れも急かしもせず、彼の右肩あたりを見ていた。
「……で……、でもあなたは、ちくちくしてる」
あなたはすこし笑った。
「まあ、してますね」
「ちくちくしてるってことは、い、痛いって思ってる。嫌だって」
「そうかも」
あなたの笑顔がちょっと悲し気に傾いた。それを見て、キャリバーは言葉を間違ったと思って目をわずかに見開いた。しかし、開きっぱなしの口から、さっき与えられたばかりのシンキングタイムに考えたことがそのまま、滞らずに流れていく。
「お、俺はそういう風にできていないから、あなたをうまくは慰められないし、じ、上手に甘やかすこともできない。だ、抱きしめることも。できない」
『抱きしめる』と言ったとき、戦うためにある彼の手がやんわりと、そういうふうなジェスチャーをとった。あなたは驚いた。
「そんなことしようと思ってくれたんですか?」
「、ああ」
本心からだった。キャリバーはおべっかや嘘や繕いを知らない。
「あはは。でも、お話聞いてもらえるだけでうれしいっていうか、すっきりしましたから。キャリバーさんは無理しなくても大丈夫ですよ。ありがとうございます」
キャリバーには、交差した日常を塗りつぶすみたいな雨音のなかで会ったあなたの、かわいそうなほど震える手が思い出された。あの出会いを、彼女は覚えているだろうか。覚えていないならいないで、構わなかった。どんなに過去に出会っていても、今あなたが笑っているならべつに。上手にできるのは戦うことくらいだし、人の気持ちを聞いてなんならこっちも話すなんて難しすぎるから、せめてまだ、その気持ちが愛をかたどっているのにも気がつかないままでいい。キャリバーはちくちくする甘いのが喉くらいまで這いのぼってきているのを感じながら、あなたの目を見た。
「ちくちくしたら、お、俺を呼んでくれ」
言うなれば乱暴な返答だったけれども、慣れないのにキャリバーが一生懸命考えて出してくれた答えだとわかっていたので、あなたは喜んで返事をした。
「はい!そうさせてもらいますね」
彼女は返事をしてうなずくなり、すぐさま携帯をいじりはじめた。しかめ面ですばやく文字を入力しどこかへ送信すると、その画面をためらいなくキャリバーに見せる。
「友だちからちくちくするようなラインがきてたので、そういうのいやだよって言いました」
「そ、そうか」
「ノリ悪いよって言われるとかハブられるとかあるかもしれませんけど、さみしくなったらキャリバーさんを呼びますね!」
「、……そうしてくれ」
「よーし。明日からがんばって学校いくぞー」
ちょっとふざけた声色で、さっき見せた笑顔とは違い明るく笑ったあなたに、キャリバーは立ち上がって近づいた。そのまま手をのばす。
キャリバーが出入り口をふさぐように立っているので、あなたに猫背型のまるい影が落ちた。気合いをしめしてぐっと握られた彼女の拳を、彼の骨骨しい手がすくいあげる。
「わ。なんでしょう」
「す、………す、すまない」
謝りながら、自らの手であなたの指をやさしくひらき、てのひら同士を重ね合わせた。そのまま当然のように、溶けこむみたいにして、キャリバーはあなたと手をつなぐ。
「い、え……」
ふたりはそのまま黙り、気まずい雰囲気になってはいるものの、どちらからも手を離すことはない。キャリバーは他人事のように涼しい無表情をうかべながら、どうして自分がこのような行動に出たのかという不思議に向き合っていたが、不思議を解明するどころか、あなたのやわらかな手の感触が第二の不思議として触覚へと鮮烈にきざまれた。彼が声を発しようとするたび、つながれたあなたの手には少しの力が入った。
「そ、…がっ……が、学校……」
「……」
彼女は黙ってつづきを待つ。今回ばかりは焦れずにはいられなかった。
「…………がんばって、行かなくても……………ここにいればいい」
「え」
それでは自分に都合がいいだけだとわかっていた。きわめて人間的な動きで、キャリバーはそれとなく目を逸らした。いまのキャリバーの中にあるのは独占欲とか束縛とか、そういう難しい言葉にはあてはまらない単純な恋心というぐらいで、あなたの笑顔を自分ではない誰かに見せるのが惜しかっただけで、それ以外の何の感情がはたらいたわけでもない。
だから、言葉の最後には「ふたりで」という意味が多分に含まれていた。
だが毎日こんな状況になれるわけがないというのも、頭のもう半分でわかっていた。二人きりになるのだってきょうが初めてだった。今この瞬間にも仲間たちが帰ってくるかもしれない。こんなことを言ってあなたが困らないわけがない。
「そ……そう、ですかね?」
「…………すまない」
「い、いえ。」
謝罪しながらも控えめに指を絡めてくるキャリバーに、あなたは動揺を隠せなかった。彼の、わずかに乾燥した手指の質感があなたのすべらかな指を侵食する行為には、目を伏せただけでは隠し切れない欲望がのぞいていた。
ときどきこすれる短い爪のかたい感触に、ひどく恐怖を感じて、彼女は怖いような恥ずかしいようなでもどうしようもないような気持になって、されるがままキャリバーのことをちらりと見る。
すると、キャリバーもあなたのことをじっと見ていたようで、視線がちょうど合った。
真っ黒い目だ。
「………こ、この世界に」
「え?」
キャリバーがきゅっとひときわ強い力で手をにぎる。
すこしずつ距離が縮む。そういう錯覚かもしれない。そう思いながら、あなたはキャリバーから目を離せない。手をにぎる力がどんどん強くなっている。
「……この世界に、だれも居」
「ただいまァ。キャリバーひとりか?」
帰ってきたボラーの声が高らかに響いて、キャリバーはびくり!と背中をふるわせた。だが手を放そうとはしないので、あなたはさらに困惑する。
「たこ焼き買ってきたからさあ、みんなにも一個くらい食わせてやろうかな~と……」
「………」
いつものカウンター席に移動するボラーは、キャリバーの影になっていたあなたに気付いて声をあげた。
「……あ?びっくりした。あなたもいたのかよ」
「……こんにちは…」
とりあえずとあいさつをするあなたの手にボラーの視線が惜しみなく注がれる。その一瞬後、彼の表情は怪訝そうに変貌した。
「え何してんのおまえら。握手か?」
「これは……なんでしょう」
「……、す、すまない」
名残惜し気にしてキャリバーの体温が離れる。今日何度目の謝罪かは分からないが、謝罪としての体を為していないだろうということはあなたにもわかった。手を放した途端、ふたりの間には開けっ放しになっているドアからの冷気がなだれこみ、キャリバーは手を見て、なんだか残念なような気がした。
あなたは手を見ているキャリバーを見て、なんだかおそろしく、ぞわぞわした気持ちを抱いた。これでは、寂しくなっても純粋な気持ちで彼のことを呼べないなと思った。
「あっ。たっ、たこ焼きでしたっけ」
「おう。トクベツに一個やるよ」
あなたがキャリバーのもとから離れて、カウンター席のほうへ寄っていく。キャリバーは手を見たまま立ち尽くす。その動作からは、人間のかたちをしていても、彼が人間ではないことがはっきりとわかる。だが彼がなにを言いかけていたのかは、当事者含めこの場にいる誰もわからないだろう。
「あなた」
「は、はい」
「お、俺にもひとつくれ」
「おいまずオレに許可とれよ!」
ボラーがキャリバーの脛を蹴ったのを見て、あなたは冷や汗を隠して笑った。手にざらついた感触と体温が残っているのが、いけないことに思えたから。緊張を押し込めながらたこ焼きをほおばると、ちょっとくらいは新たなちくちくからの逃避にでもなるような気がしていた。