そのほか
おなまえ
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
太陽が天井の真裏に。不愉快に燦然として、さも当然のように。俺からすべてを奪取する光が、震えることなく焼却責めにあう。あなたのことを想うたびに、炎はごうごうと、一段とくるおしくなる。
俺と彼女の前に不要なものがあるとして。それが生命を有していたとして。それが不要なら生命も不要だとして。不要な生命などないと?綺麗ごとの綺麗さをみんなで賛美するとして。それはそれとして。不要な生命を片付けるのに、手が汚れてしまうとして………
仮定で頭がおかしくなったところで、この世界のおかしさには到底ついていけない。
車を停めさせ、声のための息を吸う。それすら億劫なのに身体が勝手にそうする。
「あなた」
「あっ、」
俺が名を呼ぶと、彼女はばつが悪そうな表情をうかべた。その顔は子どものようでいて女だ。いらいらする。
「あれっ。え?男?」
かたわらに知らない男。汚い。汚い。あなたがそいつに腕をつかまれている。触られてやがる。最悪だ。最低だ。全身が粟立って熱くなって俺はおかしくなってしまいそうだった。
「あなた……あなたあなたあなたあなたあなた……!うううう……」
俺は妄執にかられたことがない。患者ではない。患者はいつでも第三者のほうだ。俺に関係ないところで勝手に幸せになったり死んだりしていればいいものを、勝手の範疇を勝手に飛び越して近づいて邪魔をしてくる。俺のいるほうへ。ただあなたがたたずんでいるだけのほうへ。
「うわ、なん゛」
その汚い腕にふれて、分解する。
なんのおもしろみもない。殺しに感情はいらないし、この程度に感情が生まれるわけもない。わだかまりが解消されるわけではない。くだらない。汚い。本当にただおもしろくないだけだ。
あなたという名前の俺の呪縛。呪縛というあなたという名前。俺はあなたのそばにいつまでも。いつまでも?ああ、そのいつまでも。だからあなたが俺のそばにいつまでもいるのが正しい。
なまぐさい路地裏のようなにおいは、たちまちに鼻腔を卑しく刺激してくる。男の肉どもは、死んでなお俺を嫌な気分に陥れる。そして怒りを制御すべき脳のどこかしらを麻痺させる。
もしも人間にその部位がなければ、俺はこんなにならなかったはずだ。これのせいで俺は、神経のすべてに棘が生えたように痛いのだ。常に、いつも、いらいらしてたまらない。
かびの生えた空気を吸ったことでかびの生えた心臓が、しつこい病原菌を血流に乗車させる。とんだキセルだ。こんなことが許されるべきではない。猥雑な病が徐々に全身を蝕んでいく感覚がひどい、どれほど意識をそらしても手足の先までかゆくなる。ただの妄想だと唾棄したいのに、あの男が微細な飛沫になりさがってまでまだ空気中をうろついていると一瞬でも考えてしまうともう、吐き気すらする。
特に強い不快感が出つつある頬のあたりに、血が飛んでいる。
あの男の血。顔も覚えていないのに、いまだに俺たちへまとわりついてくる男。あなたに声をかけて。あなたをたぶらかして。そそのかして。どこかへ連れて行こうとして。隠そうとして。俺から遠ざけようとして。そのうえこんなに俺をいらつかせる、許せない存在。
「汚い……」
「ぇっ、」
あなたにハンカチを握らせる。
煮えたぎるほど具合が悪くなっているのに、馬鹿なあなたが察さないので、しょうがなく俺の手で先導してやる。
シルクの向こうに透ける女の手、薄い肉の塊、ゆがんで慈愛のごとき顔で俺を撫でてくる手。どうせ裏切るくせして、手指だけは真実のように光り輝いているのだ。だからつないでおかなければならないのに。
そして何度も逢瀬のような往復を重ねて、血が拭き取られていくのを感じる。
心とよばれる脳のうちの狭い一部屋が、徐々にぬるい風を受け容れていく。こじ開けられる。接触が薬になっていく。肉体が楽になる。
やっと手を離して、あなたひとりで拭きとれるように目配せをする。
すると、おずおずと、皮膚を掠めるようにして自分で拭きはじめた。普通ならいらいらするくらいの力の弱さだったが、なぜだろうか、あの男の存在があったからか、わずかなこの接触こそが世界のすべてのように感じられた。
「ごめ、ごめんなさい、ごめんなさい……」
自傷したい衝動に駆られるほどの掻痒感が、少しずつおさまってくる。それはあなたの謝罪などという矮小な言葉なんかのせいではない。どれほど聞いても、この性が治るわけでもない。
俺がある程度おさまれば、次。
次はあなた。
「あっ、い゛」
「行くぞ」
あの男に握られていた箇所をぴったりと、握りこんで連れていく。いや、連れて帰るのだ。間接的にあの男と触れていると思うとつい力を使ってしまいそうになるが、呼吸を深くして無理矢理おさえこむ。車に乗り込んでも、急く気持ちがどうにもあふれてくる。
部屋。世界で一番正しい部屋。
行かなければ。
早くあそこの空気をふたりで吸わなければ。息ができなくなる。
「汚い……消毒……消毒……消毒……消毒。早く消毒。消毒……」
やっと部屋に着いた。白く清潔な部屋。
まず、彼女の腕をきれいな布で拭く。
すると、その箇所が目に見えて美しくなった。白くてつやつやしていて、本来の呼吸を取り戻したかのようだ。かわいそうに、つらかったろうに。
「あっ、はっ、ごめんなさい、はっ、はあっ、ごめっ、なさ、う。ううう」
同情する気持ちで、あと二往復。その周辺にもまんべんなく。
俺はいつも、せめてもの優しさで、麻酔をかけてやるようにしている。あまり意味はないが。
「消毒。消毒。消毒」
「っ、ふっ、ふっうう、うっ、っあ」
俺は個性でその腕を分解した。
そしてあなたの喉から汚い悲鳴がつんざいてくる前に、修復を施す。
しゅるしゅるほどけてつながったリボンのように、可憐で美しいままの、男に触られてしまう前の腕に元通りだ。
ああ。俺の。
「……よかった……」
その箇所に何度も口づける。時折舐めたり、痕をつけたり。くちびるに発疹ができようが、そんなことは関係ない。このままぐちゃぐちゃにしてしまいたい。
これでちゃんと俺のものだ。狂おしいほどにあなたのすべてが俺のものだ。
やっと、俺のもとにきちんと帰ってきたのだ。
「どれほど謝っても許さない。絶対に。離さない。」
あなたが泣いている。
太陽は狂っている。社会は狂っている。この世は狂っている。男は狂っている。女は狂っている。道は狂っている。空模様は狂っている。夏は狂っている。あいつは狂っている。そいつも狂っている。こいつも狂っている。どいつも狂っている。誰もが愛に踊り狂っている。愛は狂っている。
俺の愛は狂ってなどいない。
狂っているこの世でただひとつの真実がそれだ。掃除と除菌のゆきとどいた清潔極まりない此処で、ままごとのように愛をする。それが正しい。美しい。ふたりは常に新しく、清らかで、誰よりも本当に美しい。だから壊れない。狂わない。誰にも邪魔をされない。
やっと、清浄な世界が訪れた。
あなたは泣いている。そのうち、泣き疲れて眠るだろう。
だからどうか静かに、さようなら。すべての不純物たち。きれいではないものたち。邪魔なきれいごとたち。
愛に必要なものはここにすべてそろっているから。永遠に。だから、さようなら。