そのほか
おなまえ
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もし明日世界が終わったら?もしその明日すら来なかったら?
もしも話をするとそいつの人間性がはかれておもしろい。もしも話が盛り上がれば盛り上がるほど……いや、べつにおもしろくもない。
もし俺が好きだと言ったら?もしその俺すら嘘だったら?とか言って。
俺は嘘をついたことがないし、恋をしたこともない。赤ん坊のように無垢な心を、数多のあまあま砂糖菓子によって育成している。俺は鏡を見たことがないし、もっと言えばファーストキスもまだ。あー。あうあう。とか喃語使っちゃって。
階段は石っぽくて暑いので、エレベーターでホームに上がる。
エレベーターも特に涼しいということはない、ただの蒸し焼き器だ。俺は立派な蒸し焼きになりながら、自販機を一瞬だけながめた。高い。なんか、諭吉とかエイイチとかの次元だ。
なにもなかったように目を逸らして、次に来る電車の行き先を確認する。俺の目的地は電光掲示板にない。どこにもない。
どこへでもいける切符は予約制、俺あまりそういうのには詳しくないからとらなかったが。どこへでもって、たとえば。
たとえば……ペンギンがいる、しかもシロクマもいるところ。ああ、それはとても涼しそうなことです。
灼熱の黄色い線の内側に立つとせみしぐれ煮の煮てないやつが俺の背中を刺しまくる。そんなに鳴かないでも生きているならいいだろ。というか、鳴かなければもう少し生きられるんじゃないか。でも俺はセミじゃないので、セミに口出しをするのは脳内にとどめておく。
俺は泣いたことがない。あんなに大声で恥ずかしげもなく、または、さめざめと。俺は泣いたことがない。
あなたの真後ろに立つと、自分のことが亡霊みたいに思える。むなしく、この世に未練をのこして死んだ、たぶん事故で死んだ、あわれなお化け。
じゃあ未練というのは。
電車が来た。
あなたが乗る電車なら俺が乗る電車だ。
あなたが乗ったので、俺も乗る。
たたん、たたん、たたん、あたたかい、あたたかい。
そういう声をあげて箱がゆれる。その内では湿ったような熱をみんながみんな放ちあって、運動会のようなせせこましさでがんばっている。夏はいつもそうだ。外気の残り香を感じる程度の弱冷房では、人間の欲望をかき消すことは不可能だ。
俺の心臓……というより心のようだ。
たたん、たたん、多感な時期で、きらいな人が多くて困る。
あなたの横は俺の指定席。それを邪魔する人がきらい。
誰も彼もがそのことを知っている。だから今朝も今夜もここは俺のもの。つまりこいつは俺のもの。世にも暴君な恋物語で照れる。
俺はあなたの横顔をじっと見る。
端の席に座れた人は、ラッキー。大股開きのサラリーマンにはさまれてアンラッキー。海に近い駅で誰も降りないのを、目視で確認。海面の白い星を散らしたちらし寿司を、頭の中でもぐもぐ。なんとなく、桜でんぶのような甘さでラッキー。塩分、小なり、糖分。
「あー」
準備運動のように声をか細く出す。
その瞬間、車体がぐわんと揺れた。
あの炎天下のせいでとうとう熱中症にかかってしまったのかと思ったが、急ブレーキがかかっただけだった。
「あ」
俺は勢いあまってあなたの肩にぶつかった。
あわよくばを通り越してはじめてふれたその体温に、初恋みたいに鏡で自分見るみたいに泣くみたいに、はっとした。ふれているところから毒電波が伝播して、壊れるくらい強く俺をゆさぶってくる。ぐらぐらになって、割れそうになって、その中身から告白の文言がもれだしそうになってしまった。
自白に似た告白、罪の告白、愛の……それはどうだろう。とにかくいたく、俺は感動していた。
「ああ」
それに、勢いあまって……で、なんでも許されるのならぜひ敢行したいことがあるけれども、パスワードを打ち込まなくても読めるように、それについてはあえて思わないよう心掛けた。
あなたにくっついていると、喉がとろけそうに甘くなる。ゆりかごと体温で眠くなる。このまま終着までいたいと思う。
でも、俺が目をつむりかけた瞬間、あなたは恥ずかしがって身をよじって離れてしまった。
そしたら簡単にさびしくなれる。
無作為につむがれる運命という糸が、そしてその一本一本につむがれた許容というペラ布が、俺たちをつねにくるんでいる。
冬は過保護にもこもこ、夏は乾いて乱れてざらざら、そんなのかわいそうだから、あなたをくるんで手のひらに閉じ込めておくのは、神でも運命でもない人間でいい。俺でいい。よな?
電車に乗ったらどこへいく?ケーキを食べつつ地獄にいこう。
ケーキは買ってあるから。地獄はそこにあるから。あとはあんただけだよ。
もう目的の駅だ。言わずもがな、俺のではなく。
隣にいると、時間があっという間に過ぎていく。
かわいいことに、あなたが立ち上がろうとする。逃げるみたいに。
そしてもっとかわいいことに、あなたのスカートは俺に踏まれている。それで立ち上がれなくて、でも俺に言い出せなくて、ただ居心地悪そうにそわそわしてなんとか逃れようともがいている。弱。ずっと俺たち、寄りそっていたいよな。未来までずっと。
焦る視線を横目で感じながら、少しうとうとする。夢想感にまかせて、このまま寄りかかって寝てしまおうかと思ったけど、あなたは小さい声で声をかけてきた。
「す、すいませ……」
あなたの目が俺を見てる。それだけで、真夜中の夢みたいに頭がさえる。だけど、俺に放してほしいとお願いする目だ。
ああ、かわいいな。と思っていると、俺はキスをしていた。
「あ」
「………ひっ、えっ?」
「あー……」
きょうは、くちびるの味がわかってラッキー。
ちょっと腰を上げて、スカートとあなたを解放してあげる。
まあ追々両想いになるのだから、ちょっとした前借りやフライングみたいなもので、全然大丈夫だろう。
ケンカにならないように、俺は人の波にもまれゆく彼女を微笑みとともに送り出した。
ちょうちょが蜘蛛の糸駅に降りて、まんまとかわいくからまった。そのまま手のひらにまるめて、熱の届かないなぞの場所に閉じ込めておきたい。これはどうせ最終的に両想いになる話なんだから、その途中でどんな回り道があろうと地獄があろうと関係ない。
ああドアが閉まる。さびしい、さびしい、さびしい。
危ないから、黄色い運命線の内側へ。
俺だけを乗せたつまらない終わりなんかいらないから、このページを指先で読み飛ばすみたいに平穏なあなたのことが欲しかった。だから俺は好きな子を線路へ突きとばしたりなんてしない。しないときはしない。
唇を舐める。まだ甘い。
もし今世界が終わったら?もしその今すら来なかったら?もしこの先の線路がなかったら?もし海の底につづいていたら?もしメビウスの環状線なら?もし俺がこの駅でもしあなたを
「あー」
ひたすら盛り上がらない俺の二次元思考だけをのせて、確約されたハッピーエンドに向かって、ひたすらに列車がゆく。海はもうどろどろに光ってる。そろそろどっか、近場の地獄で降りよう。