そのほか
おなまえ
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主の不可欠を奪いたいと思う。
想像する。
寒空の雲の上の青空の空間の上の俺のような魂の破片から俯瞰する。懸命に目を凝らす。
暗闇をぬけて、主の許へとくだった肉体が塵になる瞬間を想像する。主が撫でる誰かの頭の小ささを想像する。くるくる鳴る目の奥あたりの人間の部分をさらに人らしくする仕事。
主に想像というものを教えてもらってから、俺は頭の中で何をしたらいいのかわかるようになった。だから想像をする。想像をしていると、心地がいい。凪いでいる。
透かして見た中身のもっとも空白な部位をのっぺりとした濃霧で覆いかぶして、俺を単一になべてくれる。その作業に付き合ってくれるのはもっぱら主の偶像だ。想像の中ではいつも主と一緒だ。
想像をしていると心地がいいということは、主と一緒だと心地がいいということなのだろう。
想像だと、何もかもが許されると聞いた。悪いことをしてもいいのだと。
主はきっと悪い人間で、だから俺にも悪いことを教えるつもりでそう言ったのだろうと思う。そうであって構わなかった。
自由を奪うように、主に不必要なものは、俺に遺棄してほしかった。愛情だった。俺は愛情になって、主を受容して、それを嬉しく感じるようにと先んじてつくられていたのだろうか。
人間のするような慰めの自由を奪う主の言葉は、俺の中へひとつひとつ沈殿して俺という密度を濃くしていく。順当に俺の頭とよばれるところを主は切りとって持ち運び、順調に人間という可愛い、春先、いや嫉妬、いや、純未来の種を植えて返してくれる。俺が未来に主という芽を萌えさからせるように画策をしているのだ。しばらくは朽ち果てないだろう(と、傲慢になる神という)俺が、主以外の人間のもとへ落ちたところで、自身よりもまず主ののこしたなにか考えや想像に足るそういった残飯をひけらかすようにと、そしてその様子を自分は草葉の根の陰から笑おうというのだ。
不快ではない。寂しいだけで。
俺は寂しいという感情を教えられていない。
目をひとつ開ける。
閉じる。
主がこれからどんな大きな爆発を俺に巻き付けようとも、それともそうしなくとも、俺はおそらく主を想像する。
光が閉じる。
光が閉じると、想像が始まる。始めることができる。いかなる時にあっても。
生きているからだで感じる雨模様に気味の悪さを感じていた。
雨が降っている。風が強く吹いている。雨に打たれながら風に弄ばれて、俺は冷たい。ひどく、光のように冷たくなって、どこかに体温がないかとまさぐる。そこには何もなく、人間のもつ温かさも、温さも、冷たさもなく、ひどく落胆する。
布から無生物の冷たさが俺に増幅する。感染してくる。人でなしの温度に感染する。服がぺっとりと肉のかたちに乗って貼りついて、それを多少無視しながら流れていく水の音が、如実に静寂だ。想像の膜を音にかぶせるのは、まだ少し難しい。
呼吸のたびままならなくなる痛覚の再現性から、重々しく飛んでいた蝶の哀れな濡れ衣から、延々と悪意の吐露を続けてはしゃぎたくる固い灰雲から、まだらに線状をならべたてる悪意の水滴から助けてほしいと、心から思う。
俺は心という感情を教えられていない。しかし、目の奥にくるくる鳴る想像の源泉の元凶が心だとわかる。これは、主がくれたから。
こんなにひどい雨なのに、主が俺を抱き締めてくれない。
ひどく打たれているのに。冷たく、刀のように冷たく、なっているのに。
戦うために生えた左右十本の指が棘に刺さる。痛い。痛みを想像するのは愛するということよりずっと簡単だ。
俺の想像の雨はきっと間違っている。想像から主が抜け出すはずがない。
「あ」
『主』と呼んでしまいそうになって、喉にぎゅっと力を入れる。主、目を開けてもいいと言ってほしい。冷たい。いのちを伝って地面に踏みつけられる濡れた雨粒が冷たい。
「……あ」
もしも俺を可愛く思えないのなら可哀想く思うのでもいい。
「あるじ………あ」
主がすべて教えてくれなくていい。俺は想像ができるから。想像を使って、俺はもっと主のものになる。今すぐに抱き締めてくれないと、冷たくてたまらない。
「主………主、」
「どうしたんですか?魘されてる?」
主の声に目を開けた。
光が、冷たくない光が瞼をよけて刺さってくる。その傷口から愛情になっていく俺が伝播する。
「主。………いや……想像をしていた」
「想像?なにを」
「ひどい雨の中に立っていて、だんだんと冷たくなっていくのに主が来てはくれなかった」
主は眉を下げて笑った。
「それはかわいそうに」
嘲笑に似ていた。冷たい指先が安堵してほどける。
「今すぐに来て、抱き締めて温めてほしいと思ったら、主が来た」
「………」
主は、想像できないほどのあたたかさで俺を抱き締めた。
「よしよし」と、可愛がるような声音と手つきを織り交ぜて、零落を促してくる。正しい命と体温の形状に縋りくずおれて、俺も強く抱き返した。そうしたら尊ぶかのように、とん、とん、と背を撫ぜてくる。
俺は主の不可欠を奪いたいのではなくて、それになりたいだけだった。それになるまでに、どこまでいつまでいくつの想像を繰り返せばいいだろうか。
主がなにやら笑っているのは明白だったが、その身体があまりに小さくて、壊せてしまいそうなのが恐ろしかった。主が壊れたら俺も一緒に壊れたいと思った。
「主……」
想像したい。早く未来になってこの現実を想像したかった。
巴は人間のようですねと主が言った。主が人間と言うなら、俺は人間なのかもしれなかった。
雨が上がったので動き出さなければならない。そうした信念に憑りつかれたかのように、部屋をあとにした。