そのほか
おなまえ
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寒空の下で歩く。天使が飛んでいるのを横目に曇天を不器用に歩いて、どこかへたどりつく。
寒空の下ではみんながうつむいて歩く。泣きたくないからって。
寒空の下ではみんながうつむいて、壊したいというよりは壊れたい気持ちで歩く。そうすると一歩ごとに少しずつ、つま先がくずおれて、コンクリートになっていく。
寒空の下でいずれきみが前を向いて歩くだろう通学路へと僕の気持ちが瓦解して溶け込んでいく。
僕は混沌と困っていた。
何も知らなかったんだって知った。
僕がやさしい人だって前提で進む世界がなんだか許せない。
「そ、なんだ。あなたさんは、……そっか……」
「………うん、……」
「じゃあ、わかった。いいよ」
僕には想像をそのまま現実にできるような力があるけれど、そうしないのは、僕のこの恋のような心が自然なものだって証明したいから。
種から芽が出るみたいに、虫が灯りに集うみたいに、雨上がりの虹が消えるみたいに、それがどんな感情より優先されるべきすてきな輝きなんだって、僕のことを信じていたいから。
僕は確かに感じていたそれは、この胸にあるどの感情より透きとおっていたのに。
確かに透きとおって、僕のそばに寄りそってくれていたのに。
どっかに行きたがる。
「え?」
「彼のこと、いろいろ聞いたりさ、好みとか。それとなくね。応援・・・・・・するから」
「いいの?」
「うん。全然」
軽薄、軽薄、軽薄軽薄軽薄軽薄軽薄軽薄軽薄軽薄軽薄、嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘!!!!!!!!!!!!!!嘘の笑顔。だけどきみにはほんとの笑顔に見えるみたい。
何もかもよくない。
何もいらない気分。なのに何かがほしい気分。
「ありがとう。花沢くん」
道具みたいに僕を呼ばないで。
「あなたさん。」
ああなんで。僕じゃなくて。
「あなたさん……あなたちゃん。」
「……だから……」
「僕にそんなことをさせないで……、ねえ……」
笑ってる彼女の頬の液晶をなでる。そこには平面が永遠につづいていて、僕の指がまっすぐに滑落する。粘膜で泳ぐ言葉たちが、僕の大脳に追いつけなくて息を切らしている。
「そんなこわいことを……いやなこと。させないで」
いま目の前にいるわけじゃないのに、新鮮でぐらぐら熱い嫉妬や傲慢や強欲……は、絶え間なく渦巻いてくる。輝きが。僕がすごく信じていたきれいな心の水色が。きみの笑顔が。
携帯に唯一入っている彼女の写真を壁紙に設定したあの日が遠い過去みたいだ。
心臓が早い。今度は僕が追いつけない。どうしよう。
自分の口から出た言葉で首が締まっていく。喉が詰まっていく。
音が途切れてその中間地点にいつまでも取り残される。
僕がやさしい人だって前提で進む世界をなんだか壊したい。
だからその証明に、やさしくないことをしてみたくなった。
あの日と同じ校舎裏の景色は少しセピアだ。
思い出の中を生きなおすようにして落ち葉の道を歩く。僕が歩いたそばから土が露出して、灰色に死にまくっている葉っぱがさらに枯れる。
足元をくすぐって、名前も知らない雑草がちくちくと心にふれてくる。勝手に。僕の気も知らないで。花も咲かせないくせに。
下を見てばっかりで、北風に目もくれないでいると泣かないで済む。
この世界で花を咲かせる唯一の存在だ。僕を心底枯らす唯一の存在。
彼女をまっすぐに見つめて深呼吸する。
「好きです。」
「え……」
「僕と付き合ってください」
心臓が凪いで、嘘みたいに校舎裏が黙った。
雨でも降りそうな湿度の沈黙を突き破って、彼女が僕に歩み寄る。
そして、あわれみでもうれしさでもない速度で僕は、僕たちは、はじめてふれあった。
「ありがとう」
「え」
夢みたいにやわらかな感触であなたちゃんが手をまわしてくれる。
「抱きしめてくれるんだね」
「ち、ちが」
彼女は照れながらどんどん力を強めて、僕の胴をむぎゅっとおしつぶして壊した。そこから僕のちっぽけなお悩みの破片が転がり出る。あなたちゃんの目の前に暴露される。
恥ずかしくて、見られたくなくて、誰よりも知ってほしくて、ちょっぴり濁っている、なにかのかたまり……そんなものがさらけ出されても、彼女は変わらずにぴったりと抱きしめ続けてくれた。
温かくておかしくなりそうなほど、ふたりきりだ。
あなたちゃんが抱きしめてくれて、かさかさに渇いた心を包んでくれる。肯定して温めてくれる。この子は、思ったよりずっとあたたかくてやわらかくて、やさしい。甘やかしながら、僕をゆっくりおかしくしてくれる。それだけで世界はもう、大丈夫なような気がした。
僕は泣きそうだった。
「うれしいな………」
「花沢くん、なに、これなに!いや!」
「こうしたかった……ずっとこうしたくて、こうされたくてさ……なんか」
なんか、あああ。僕はちょっとだけため息をついた。ああ。
彼女は口をつぐむ。僕がそうであってほしいと思ったから。
力で征服するだとかきみをどうこうするだとかそういうのではなくて、ただ僕に本当にやさしくしてほしかっただけ。
あの胸で透きとおっていたのはそういう、ただのわがままだったって思いたいから。欲などという恐ろし気なものじゃなくて。
「」
「たぶん……僕のことはもう嫌いになっちゃったかな」
ああ、なんだか。やきもちを焼いてもどうにもならなかった心の一部分が、完璧だけど馬鹿みたいに満たされる。ゆっくりとする衣擦れのささやきの音や、力を使うときにする小さな耳鳴りの音が、どうしようもないハーモニーになっていく。
世界は前提を失って困惑していた。
あなたちゃんが腕の中でもがこうとして、ぴくぴく動く。
「………いいや……いいよ、それでも」
不協和音のつらなりで僕はちょっと壊れて、勘違いみたいに恋に落ちていた心をぎゅっと抱きしめては撫でた。ただ自分を愛してた。彼女の背をつかまえていた指先が、途端に冷えてくる。やわらかな永遠の種が枯れていく。
もうこれで終わり。世界は終わり。たぶん、もうこの気持ちも終わるね。
「……好きだよ………」
大人になったら僕は清算できるのだろうか。
スマホの壁紙をきみから当たり障りの無いどこかの風景写真に変えて、どこかが邪悪だった頭を換えて、この腕に残りつづけるぬくもりを残酷な誰かの息遣いに変えて、呑み込むには苦すぎるこのセピアな曇天をただ色あせた思い出話に替えて、僕は変わってくのだろうか。
(もしそうでも、そうじゃなくても、きみは………)
「……はやくどこかに行ってくれ……」
力を解く寸前になって、僕は強く、離れたくないと思った。このままどこか遠くへ逃げてしまいたいと思った。僕たちなら完全犯罪のように、誰にも知られずに逃げてしまえるよと、口をついて出そうになった。
「ん……いや……ごめん。」
「ごめんね、勝手なことを言って」
だけどできなかった。
口をつぐむ。そうしたくはなかったけれど。
七色とそれ以外の色が校舎裏の殺風景に到着して、僕たちは現実に戻った。
世界はもう一回作り直されてなんとなく、優しくなくなった僕を拒絶した。
力を抜いて、腕を戻して、息をついたそれだけで、ふたりの体温の重なりは身体じゅうのどこにもなくなった。あっけない。さびしい。
どうして僕じゃなくて。
「もう、応援できない、きみのこと」
「ごめん……」
思い出したかのように吹く風の一瞬で涙がこぼれた。
もう体温がなくなった僕の胴体から、すっぽ抜けただけの割れ物が中味をこぼす。
指先が凍り付いたみたいにこわばって、この身体はすっかり僕の支配をかいくぐって、あなたさんの視線をすりぬけて歩き出した。
寒空の下を歩く。何も言わないで早足で、きっとどこかへたどりつく。
寒空の下を僕はうつむいて歩く。彼女に背を向けて。
寒空の下を僕はうつむいて、どうにもならない気持ちで歩く。そうすると一歩ごとに少しずつ、恋していた気持ちが喉を膨らんで、透明な泣き声になっていく。
寒空の下でいずれきみが前を向いて歩くだろう通学路へと僕の気持ちが瓦解して溶け込んでいく。振り返らない。振り返らない。
息をつく。誰にも見られないところまで歩いたところで、立ち止まって深く呼吸する。
この胸に突き刺さったままのハグの感触を冬の風に放す。たったそれだけで前と同じように世界が動き出した。
・・・
僕は悪いことをしたのだろうか。心臓がばくばくと飛び出して僕を責める。
そんなに悪いことを?みんなに軽蔑されるようなことを?あなたさん以外のみんなって?
どうせ
足が反転して、途端に鼓動が落ち着いた。あなたちゃんの方向へまた歩き出す。
寒空の下を歩く。きみのことはどこにいてもわかるよ。
寒空の下を歩く。もう軽薄な言葉を吐いたりしない。
寒空の下を歩く。まだ少しは許されるはずだから。
寒空の下を歩く。きみの弱弱しい背を見つけた。
寒空の下を歩く。僕はその感触を知ってしまった。
だから傍へ歩く。
やっと、きみをつかまえた。