そのほか
おなまえ
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カフェに昼下がりの暑い日差しがぶっ込まれている。整った冷房のにおいが通行人をたえず誘惑する。
その誘いに余裕の表情で乗った男は、わざわざ窓際の席を選んだ。
同じように窓際に座るあなたのとなりへ。
「おっす。」
「あ、こ、こんにちは」
伊藤ふみやが軽いあいさつを投げると、あなたはその出現に動揺しつつ返答した。待ち合わせていた場所に少し遅刻して現れたかのようなそぶりだが、ふたりの間にはなんの約束もなされていないし、これまでにそのようなことは一度もなかった。
すべて偶然だった。と伊藤ふみやは言った。
「今日ひま?このあと」
「ぃ、や……そうでもない、かな」
「そっか」
あなたは嘘をつき、伊藤ふみやもそのあからさまな態度に気付いているようだったが、会話は15秒もかからず、どこにも引っかからず流れていく。しばしの沈黙をさわやかな店内BGMが埋めようと必死に流れている。
「あのさ」
窓にブラインドを下げて、男が切り出した。
陽光が嘘のように遮断されて、ふたりに紫の影が落ちる。
「は、はい」
「俺あなたのこと好きなんだよね」
「……………」
伊藤ふみやはストローをくわえ、ガムシロップをいくつも投入した甘い液を口にした。
「この前も言ったと思うけど」
「……、」
「今日も下心ありきで来たからさ。会えるかもって」
あなたは暑さからではない汗をかき始めていた。
彼女は伊藤ふみやのことが苦手だった。
かさついた甘い声を聴くたび、なぜだか背筋が寒くなるのだ。
こどもが夏祭りの金魚を公園に埋めている光景のような、笑顔で蝶の羽をもぐ情景のような、彼がもつ無邪気なはずの恐ろしさが伝染してくるように感じられるのだ。
『会えるかも』ではなく、つねにあなたを把握している彼はまったくの確信をもってここを訪れている。
「あ、の、伊藤さん」
「ふみやでいいって言っただろ」
「………ぃ、……ふ……」
「ふ」
「ふ、……みや、さんの」
「うん」
「き、気持ちは、ぅれしいです、」
「うん」
「でっ、でも、あの、私は、その……私は」
あなたがどんなに視線をさまよわせてもその先を捕らえられる。どんなに目を背けても彼の真っ黒い、白昼には似つかわしくないほど暗闇な眼がついてくる。
「うん。落ち着いてしゃべって。ほら」
伊藤ふみやは自らが口をつけたストローを差し出した。あなたは驚いてそれをとっさに拒み、自分が購入したドリンクに浅く口をつける。……
「私は、い……ふみやさん……のことをその、あまり知りません、し……」
「そっか」
「だから、ふ……あなたとは、いっしょには」
「うん。」
「いっ……しょにはいられない、……」
「そうなんだ」
伊藤ふみやは事の顛末に納得したかのような表情でうなずいた。ぐずってわがままを言う子どもへ向けるような慰撫のまなざしをしている。
あなたは今度こそなにか違った反応が返ってくるのではないかと勘繰っていたのだが、その予想は外れた。
あなたが彼の告白を断るのはこれで8回目だった。
時間、場所、状況などはそれぞれ違っていた。
ただし、いつどこであろうと伊藤ふみやの視線はあなたから外されないし、気まずそうな様子をみせることもない。
好きだと伝えるとき、彼女がそれを反故にする瞬間ですら、けして真意を預けない深淵の眼でまっすぐにあなたを見ている。
「わかった。じゃあ、また」
そして伊藤ふみやは足早に立ち去った。彼女の反応を見ないまま、いつも一方的なままこの奇妙な関係は打ち切られる。
「あ、………」
あなたはもうこのカフェを利用しないだろう。
またひとつ自分のことを知られてしまった、と思って、憂鬱にさえなる。そこには、このまま伊藤ふみやが自身の生活へ入りこみ、からめとってしまうのではないかという不安があった。
不定期に訪れる愛の告白がもたらすブルーを慰めるようにして、陽の光はいっそうまぶしさを増し、さんさんと降り注いでいた。