ケンガンアシュラ
おなまえ
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孤独にこんにちは。
はい、こんにちは。というより、こんばんは。
明朝体でつむがれる欲望の文言に興味がある。その言葉で形容された人間の内容物の真実に興味がある。人生などという大それたことを営んでいるつもりがないのに肋間神経痛に悩まされるだれかに興味がある。
未解決な祈りの行き先について知っているものは、いつか、どこかで罰される。孤独というものはその行き先をいつも、四方八方に指し示す。とくに、夜間は非常に危険である。
真っ暗く白い白い廊下をつかつか歩くと、真っ暗闇に足音が、散らばる。真っ暗闇色なりに脚色された反響を伴って、私はまっすぐに歩く。
歩きながらどこへ行こうか決めている。
しばらくそうしていると、彼女の病室に着いた。
いつもこうだ。
けっきょく、決まってあるのだ。
夢遊病患者でも追いつけない、定着したルートでのスリープウヲークが、私の回路を書き換えつつあるのだ。非常口の緑が心に平穏をもたらす。まったくの人工の光がありがたいほどの暗闇で、逃亡する棒人間の発光する皮膚を大自然だなんて錯覚してしまいそうな暗闇で、ほほえむ。
ほほえみという表情をくちびるに与えて、愛しているというかたちをとった。
そして扉を開けようか決めあぐねて、肋骨のあたりを頭のなかでかきむしる。痛みを捨てた私であるので、いまはもう、心が痒くて仕方がない。
「〽ふん、ふうん……」
どうだっていい、取るに足らない、つまらない、この世のなににも役に立ちはしない、そういったひどい言葉がぴったりな私の鼻歌。この病棟でとても怖いおばけが出るといううわさは、これが発端だろうか。
だが興味と冠した好奇心のもっとも煮詰まった赤黒い組織が、表立ってこのくちびるを破ることはない。そいつはふだんおとなしく、恥ずかしがりなやつだから。だけれども、孤独である限り、いつでも食道を逆流するその心を、恋と形容することができてしまう。
扉の前で、じっと夢想する。加害を。いや、恋を。いつも世界をただよう、原子よりもっと本質的に世界を構成しているらしいとうわさの。あの恋を。
これを考えると私はおかしくなりそうになる。
もう、いつも。毎夜のことだ。
私は扉を開けた。
おとなしく恥ずかしがりに、死体より白いベッドに横たわるあなたを見ると、恋のことを考えずに済むから、とても安堵する。
掛け布団の内側に立てこもる心臓を、そっと見やる。ひどく安心したような寝息がつづいている。そのせいで、胸腹部は規則的な単独のうごめきをつづけている。
うやうやしく布団をめくって、身体すべてをじっくりと観察する。力が抜けた寝顔も、指先も、もったいないほど眠っている。
いつも願うのは、この肌に刃を立てて、糸を通して、針を刺して、液を入れて、軽薄な『ちょっとちくっとしますよお』を………。
「欲しい………欲しい…………欲しい………したいしたいしたい…………ああ。」
おさまらない螺旋の言葉が、唾液のように分泌されて沈黙をつんざいた。吐息で幕引き。客演。きみの病室は永遠に凍結する。わたしを閉じ込めたままに氷漬けになって、わたしの頭をどうしようもないシロップへひたすのだ。
この心臓とその心臓をとりかえっこしたら、わたしたちは正く危くひもづけされる。この心臓とその心臓をとりかえっこしたら、私が欲しい感情をあばらぼねのなかにずうっと隠しておける。この心臓とその心臓をとりかえっこしたら、冷めたきみの賞味をごっこ遊びのように簡単に私のものにできる。この心臓とその心臓をとりかえっこしたら、狂っているのだとか。この心臓とその心臓をとりかえっこしよう。生きよう。
「あなた?…………あなた?フフ。あなた……」
孤独だからだとか。狂っているだとか。あいさつを交わすより割とにこやかな顔で殺人をいとなむのが、根本的でないそういう因果からだとか。些事は音色の隊列で解決されてしまう。
容易すぎるほど容易に、壊れそうなほど容易に、あなたというきみの名は、あたたかだ。
私をこんなにしておいて、まだすやすや眠るのか。
かわいいね、ああ、私をこんなにしておいて。
「こんばんは。」
孤独にあいさつをするようにして、私はささやいた。うそぶいたのではなく。けして、きみの心臓にうそをついたりはしないよ。
とくんとくんと懸命にうごくきみの心臓にくちづけたいと、そんな衝動をいだいたのが初めてで、私自身もとまどっている。
首をかしげるようにして、きみの身体をじっと見た。なんの返答も返ってこない不躾なくちびるをじっと監視した。ここが永遠ならいいのに。そんなことを考えるのもまた初めてだった。
なんども口に出すきみの名は、私の脳に巡り狂っている神経をいつも刺激する。この場所が永遠ならいいのに。
もうしばらくすると、私に忘却のすきまを与えない夜が終わるだろう。いつもどおりに。計画に這うように。神のご意向に沿って。
じきに、この薄いカーテンを透けて、いじわるな日差しが私たちを切り裂くだろう。童話や神話の理にのっとって。ファンタジーをたどって。
夜の延命をたどると、いつでも母のようなきみがいる。子どものようにいたいけな顔で眠って、母のように私を許して、なにもかものように記憶の膿のなかを培養される。
「こんばんはというより、もう、おはようかな?」
きょうも祈りは未解決のまま、命は未完結なまま、私の胸でわずかに脈打っている。恥も外聞もなく生きている。
この胸には、あまりに空虚なこの隙間には、あたらしい血と核が必要だ。とても魅力的にかがやいてみえる、赤い、強烈な恋の対象を、早くこの胸にはめこみたい。
「……早く、いまは………だがなるべく………」
指を折って数える血飛沫の白衣……真夜中はいつ迄も進行して自壊する………孤独という末端まで巡る一番の劇薬………ツーツーと記号の声………もう行かなければ………静かにしているのも私であるということ………規則を守って、正く、目覚ましの声を………早く………成るべく……早く……きみの心臓が、この胸にやってきてくれますよう………