ケンガンアシュラ
おなまえ
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あなたが孤立し始めたのは去年の冬頃だった。べつに、暴行や盗難など犯罪被害にあうといった大げさなものではない。最初はささいなもので、交際している相手を遊びに誘ったところを無難な理由で断られた程度だった。ところがだんだんと、休み時間になると避けるように友人が教室を出ていくようになり、担任教諭や近所の人々、彼女が通う店の従業員でさえも、彼女と目を合わせなくなった。そして親も多忙を言い訳に家に帰ってくる頻度が少なくなり、ついには顔を合わせなくなって四か月が経過した。
誰とも笑顔を交わさずうつむいて生活するようになったあなたを見て、満足げに陛下は笑っておられた。
「すこし手荒な真似をするが許せ」
陛下があなたの恐怖の表情のすぐそばで囁かれる。
薬品をしみこませた手触りのよい布を彼女の口にあてがうと、ちょうどこぼれ落ちた涙が吸い込まれた。薬品は、孤独は、恐怖は、すなわち陛下の欲望は、残酷なまでに人間の意志を甘く毒のようにとろかす。しばらくして意識を失ったあなたは陛下に抱きかかえられ、文字通り掌中に落ち(てしまっ)た。
ジェット機内、ごうごうと唸るエンジンと続く揺れをよそに、陛下はいつまでも微笑みを浮かべながらあなたの苦痛そうな寝顔を眺めていらした。将来を誓い合った恋人がするように絶対の信頼と愛情をかきまぜて塊にしたような、さも慈しむかのような手つきで前髪を整えたり、かわいた唇を指先でなぞったり、血の気の引いた頬にくちづけをして楽しんでおられた。
あなたが、あまい軌道を描きながらやっと、この手の届く場所へ舞い降りた。はじめて触れた彼女の身体はあまりに弱弱しく、せつないほど、まだ誰も暴いたことのない領域までこの手を伸ばしてしまいたくなる。
「……知りたい………」
だれよりもきっと知っているのに、まだ足りないと思わされる。
だれの邪魔にもならないように隅っこでちいさくなる背。話したいことどころか相槌さえ打てない。口を開こうともしない。余のような者に見つからないように、日の当たらぬ場所でただ何の表情もなくして、生きている。それがあなたの人生観で正義で絶対の習慣になった。なってしまった。そうさせたのは誰か。
「おまえだけの、愛する夫よな?」
「起きたか。おはよう」
まるい瞳孔のとばりが朝焼けよりもはやい速度で上がった。やわらかい髪をなで、頬や額にくちづけているとやがてあなたは意識をはっきりと取り戻し、恥ずかしがっているのか余の顔を背けようと手をやる。しかし力が足りず、ただわずかに上げられただけの愛い手首をとって指同士をからませる。こう触れあっているともう契りを結んだあとの夫婦になったようで気分がいい。
あなたは目玉だけで周囲を見回し、徐々に顔色を変えた。
「こ、ここっ……どこ?あなた、だれ」
驚いて焦る表情もかわいらしい。感情を制御しきれていない瞳が、ベッドのわきに灯ったランプの暖色光をはじいてきらきらと潤いを増し、自分の姿がその宝玉の中へとらわれている。
「ここはタイ、余の邸宅。余はラルマー13世。おまえの夫となる男だ」
「………は、え?なに、なに!ひっ」
「まあ、性急すぎる……と言いたいのはわかるが。そう怖がるな。愛しているから」
枕元に、わずかに点るあかりだけが笑んでいる。それ以外はまったくの無明。ふたりにはすこし余るベッドの隙間から、底から、そこらじゅうから、闇のように這いあがってくる欲という人間性に目を伏せるのをついにやめてしまった。
やっと起きている彼女のくちびるにキスができる。
「……愛しているから、な?」そう思うとたまらなくなって、暴れるあなたを決して離さないよう後頭部に手を添えてくちづけた。
くちびるは夢で見ていたよりもずっとあまくやわらかく、抱きしめているとあなたのやさしくて清潔なにおいが直接轟いて、余の頭はとろけてしまいそうだった。あなたは驚いて肩を跳ねさせ余の身体を押して抵抗するが、余は抱きしめる力を強め、さらに身体どうしを執着で結びつける。一度くちびるが離れてしまうと、その都度顔の角度を変えてあなたの口まわりがべたべたになるほど舐りつくした。
慣れないことをしているのとずっと欲していたものを手に入れた興奮で目の前がぼやぼやと歪み、息は荒くなり、こめかみには汗が伝った。空腹のような漠然とした渇望が、ふたをしていたのにせりあがってくる。その鍵を持っていたのは、あなたただひとりだったのだ。なかなか余を受け入れようとしないあなたの口に指先を沈め、歯列にぬめりながら噛ませるとようやく余が這入る隙間ができた。
「っんぁ…♡ふふ……」
そこに舌を滑り込ませると、さらに愛著が確かになり、正常な思考回路へつづく通風孔が閉ざされる。ふたりが世界であって、それ以外のすべてはにせものでしかないと、はっきりとわかる。ぐちゃぐちゃに、ふたりがまざって絡まりあって融解する音だけがしている。
「……ゔっ、ぇ…」
「あなた。余の子を孕め」
理解、道徳、価値観の食い違い、それらによってわたしたちの間には無限とも思えるほどの透明なわだかまりが産まれつづけていたのだ。
「執着の理由などなくていい」
人間はみんなそういう顔をして生きている。目を逸らしたその先にあるものを手に取って生きている。
あなたは余とともに一生をここで過ごすのだ。無くてはならなかった孤独への救済がすべて行われるこの場所で、あってはならない交錯や畏怖や蛇蝎が排除されたこの場所で、かなしいほどお互いを愛おしむのだ。寝息を立てるあなたに秘めるようにくちづけ、抱きしめながら眠ることにする。
あなたの足首からのびる強固で累卵なる拘束と、絶対の愛を信奉してやまない人間的こころにつけられた重石。愛ではなく余が絶対であることに気付かないまま眠れ。
「……これでようやく余のもの。」
誰とも笑顔を交わさずうつむいて生活するようになったあなたを見て、満足げに陛下は笑っておられた。
「すこし手荒な真似をするが許せ」
陛下があなたの恐怖の表情のすぐそばで囁かれる。
薬品をしみこませた手触りのよい布を彼女の口にあてがうと、ちょうどこぼれ落ちた涙が吸い込まれた。薬品は、孤独は、恐怖は、すなわち陛下の欲望は、残酷なまでに人間の意志を甘く毒のようにとろかす。しばらくして意識を失ったあなたは陛下に抱きかかえられ、文字通り掌中に落ち(てしまっ)た。
ジェット機内、ごうごうと唸るエンジンと続く揺れをよそに、陛下はいつまでも微笑みを浮かべながらあなたの苦痛そうな寝顔を眺めていらした。将来を誓い合った恋人がするように絶対の信頼と愛情をかきまぜて塊にしたような、さも慈しむかのような手つきで前髪を整えたり、かわいた唇を指先でなぞったり、血の気の引いた頬にくちづけをして楽しんでおられた。
あなたが、あまい軌道を描きながらやっと、この手の届く場所へ舞い降りた。はじめて触れた彼女の身体はあまりに弱弱しく、せつないほど、まだ誰も暴いたことのない領域までこの手を伸ばしてしまいたくなる。
「……知りたい………」
だれよりもきっと知っているのに、まだ足りないと思わされる。
だれの邪魔にもならないように隅っこでちいさくなる背。話したいことどころか相槌さえ打てない。口を開こうともしない。余のような者に見つからないように、日の当たらぬ場所でただ何の表情もなくして、生きている。それがあなたの人生観で正義で絶対の習慣になった。なってしまった。そうさせたのは誰か。
「おまえだけの、愛する夫よな?」
「起きたか。おはよう」
まるい瞳孔のとばりが朝焼けよりもはやい速度で上がった。やわらかい髪をなで、頬や額にくちづけているとやがてあなたは意識をはっきりと取り戻し、恥ずかしがっているのか余の顔を背けようと手をやる。しかし力が足りず、ただわずかに上げられただけの愛い手首をとって指同士をからませる。こう触れあっているともう契りを結んだあとの夫婦になったようで気分がいい。
あなたは目玉だけで周囲を見回し、徐々に顔色を変えた。
「こ、ここっ……どこ?あなた、だれ」
驚いて焦る表情もかわいらしい。感情を制御しきれていない瞳が、ベッドのわきに灯ったランプの暖色光をはじいてきらきらと潤いを増し、自分の姿がその宝玉の中へとらわれている。
「ここはタイ、余の邸宅。余はラルマー13世。おまえの夫となる男だ」
「………は、え?なに、なに!ひっ」
「まあ、性急すぎる……と言いたいのはわかるが。そう怖がるな。愛しているから」
枕元に、わずかに点るあかりだけが笑んでいる。それ以外はまったくの無明。ふたりにはすこし余るベッドの隙間から、底から、そこらじゅうから、闇のように這いあがってくる欲という人間性に目を伏せるのをついにやめてしまった。
やっと起きている彼女のくちびるにキスができる。
「……愛しているから、な?」そう思うとたまらなくなって、暴れるあなたを決して離さないよう後頭部に手を添えてくちづけた。
くちびるは夢で見ていたよりもずっとあまくやわらかく、抱きしめているとあなたのやさしくて清潔なにおいが直接轟いて、余の頭はとろけてしまいそうだった。あなたは驚いて肩を跳ねさせ余の身体を押して抵抗するが、余は抱きしめる力を強め、さらに身体どうしを執着で結びつける。一度くちびるが離れてしまうと、その都度顔の角度を変えてあなたの口まわりがべたべたになるほど舐りつくした。
慣れないことをしているのとずっと欲していたものを手に入れた興奮で目の前がぼやぼやと歪み、息は荒くなり、こめかみには汗が伝った。空腹のような漠然とした渇望が、ふたをしていたのにせりあがってくる。その鍵を持っていたのは、あなたただひとりだったのだ。なかなか余を受け入れようとしないあなたの口に指先を沈め、歯列にぬめりながら噛ませるとようやく余が這入る隙間ができた。
「っんぁ…♡ふふ……」
そこに舌を滑り込ませると、さらに愛著が確かになり、正常な思考回路へつづく通風孔が閉ざされる。ふたりが世界であって、それ以外のすべてはにせものでしかないと、はっきりとわかる。ぐちゃぐちゃに、ふたりがまざって絡まりあって融解する音だけがしている。
「……ゔっ、ぇ…」
「あなた。余の子を孕め」
理解、道徳、価値観の食い違い、それらによってわたしたちの間には無限とも思えるほどの透明なわだかまりが産まれつづけていたのだ。
「執着の理由などなくていい」
人間はみんなそういう顔をして生きている。目を逸らしたその先にあるものを手に取って生きている。
あなたは余とともに一生をここで過ごすのだ。無くてはならなかった孤独への救済がすべて行われるこの場所で、あってはならない交錯や畏怖や蛇蝎が排除されたこの場所で、かなしいほどお互いを愛おしむのだ。寝息を立てるあなたに秘めるようにくちづけ、抱きしめながら眠ることにする。
あなたの足首からのびる強固で累卵なる拘束と、絶対の愛を信奉してやまない人間的こころにつけられた重石。愛ではなく余が絶対であることに気付かないまま眠れ。
「……これでようやく余のもの。」