ケンガンアシュラ
おなまえ
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あなたには子どもじみたところがあった。
手を繋いでやらないとすぐにはぐれるし、いつもせわしなく興味があちらこちらへと移るし、そもそも俺と比べて小さすぎる。くちびるをなぞると、いつもミルクのようなほの甘いにおいがする。抱きしめると、いつも高い平熱が俺を歓迎する。心臓の音が、とくとくと、速く流れている。あなたのすべてが俺のことを迎合しているのだと思っていたし、俺だっていつも、そうしているつもりだった。
そんなあなたが、『もう眠たいの、こんな時間だから』とでも言うように、別れを切り出した。
「飽きたのか」
それは幼児がおもちゃを放り投げるみたいにもっとも簡単な、もっとも納得のいかない理由だった。ばつが悪そうに俯くあなたの、ちがうよ、という声が一瞬で部屋に溶けてなくなってしまうのを待たずにふたりのものだったソファに腰かけると、たわむ布地につられて余計に頭が重くなった気がした。
つないでいた手を放そうと躍起になるあなたの、さくら色をした爪が俺の腕にわずかに食い込む。痛みはなかった。どこまでも優しい女であることくらい、俺も知っていた。悲しいほどやさしい。あきれるほど。変わらないのだ何もかも、俺と一緒にいたあの日々を、生活から消し去ろうと愚直にもがく姿は、俺が好きになった一瞬と全く同じだった。
「まあ、落ち着けよ、ここに座れ」
落ち着けよ、というのは、俺自身に言い聞かせている言葉でもあった。俺の座っているすぐ隣を示すと、あなたはさらに顔をゆがめる。
「でも、」
「座れ」
警戒をやめないまま俺の隣へ間を開けて座る姿は、茶番そのものだったと言えるかもしれない。俺の心の、あなたにしかさわらせたことのないところが、その似合ってもいない演劇的なそぶりのせいでひどく荒れている。
あなたが何かを言っているそのくちびるの動きだけが、俺の視界の中で唯一な真実だった。だが脳は、そこから出てくるおぞましい音にピントを合わせようとはしない。
あなたの細い手と、俺のささくれだった分厚い手は、不釣り合いなようでいて奇妙な融合を果たしている。俺はいつも、この手を握るたったそれだけの動作で、あなたのすべてを掌中におさめたような気がしてならない。知っている。俺はこの体温と、皮膚の感触を、だが、今のあなたの怯えたような眼と、拒絶を知らない。知りたくない。知る必要もない。と思っていたのに、この味は、この口いっぱいに広がる苦い味は、最高に人生って感じがしてかなり最悪だ。
ちょっと力を入れて引っ張るだけで、あなたの身体は簡単にバランスを失って、俺のほうへもたれかかってくる。
「離し、て…」
俺はその懇願に応えないまま、膝の上にあなたを乗せた。向かい合うように抱きしめれば、ふたりが愛し合っている仲であることは誰の目から見ても明白だった。あなたの身体がふれたところからとけて、恋人たちを模した一つのかたまりになりたいと願った。これほどまでに俺は、わがままだったのだ。ぐずる子どものように、俺は……
冷静なふりをするのも疲れていた。そもそも俺は偽るのが下手なんだ。
「行くなよ」
俺の喉から捻りだされたような声が漏れた。本音であって演劇的、で、ありふれたことば。
だが、やっとのことであなたは、俺という他人を傷つけてしまったという顔をした。清く正しく馬鹿な女、俺の一番いとおしい女。もう離さない。