博愛主義
おなまえ
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「アシリパさん、この方、なんか……」
すごく見てきます。
「シライシヨシタケです!付き合ったら一途です!」
あなたは困惑しながら差し出された手をとりあえずと握る。白石の握手にまともに応えたのはあなたがはじめてだった。
白石の手が女性特有のやわらかくてちいさな手に包まれる。ああ女の子……と恍惚の声をもらすと、アシリパがあなたと白石の間に割って入る。
「あなたにさわるな。あなたも握手しなくていい」
「え……」
誰にでもやさしく、を心がけているあなたはアシリパの言葉に驚いた。
「ちぎるぞ」
「ヤダ、ちぎらないで……」
杉元の過激な発言にはそこまで驚かなかった。
「チタタプ、チタタプ……」
最初はまごついていたあなたも、慣れた様子で包丁を動かしている。手際よく肉を細切れにしたら、アシリパのもとへ持っていって鍋で煮るのだ。
「見るな」
「なんでえ?」
それをのほほんとした表情で眺める白石の前に杉元が立ちはだかり、その視界を奪った。たのしいお料理の時間にそぐわない眼力に白石はくちびるを尖らせて女子ふたりの集う鍋の方へ駆けていく。
「杉元がいぢめる」
「いぢめてはいけませんよ」
「いぢめてない」
あなたがやさしいのだとすでに理解している白石が杉元の行いを密告するためだ。聖女のごとき微笑(苦笑)でふたりをたしなめ、それからアシリパの目が食欲に輝いているのを確認して心を和ませた。
(……白石さんが同行するなら、これからもっと大変なことが多くなるかもしれない)
そして覚悟した。
「ヒンナです」
「ヒンナだねえ」
「おい、私があなたの隣だ」
「俺の歓迎会でしょお?これ」
自分のチタタプした肉は特別おいしい。あなたは思った。そしていつもより、空気がぴりついている、とも。
さも当然とでも言うように杉元は、いつも通りあなたのぴったり隣を死守する。今まで三人だったので必ず反対側の隣にはアシリパが座っていたのが、きょうは事情が違った。白石もとなりに座りたいと言うのだ。
やいやいと言い争いが止まらないので、あなたは意を決して声をかける。
「アシリパさん、わたしのお膝で……どうでしょう?」
「!!」
提案されたアシリパはびっくり顔で、しかしすぐにあなたの膝へおさまる。
「あなたの膝はあったかいな」
「うん、アシリパさんもあったかくて大好きです」
アシリパのこども体温が身体中へ散っていくのをなんだかいとおしく感じ、あなたはそのちいさくて強い身体を抱きしめた。その間も、アシリパは満足そうな顔でもぐもぐとオハウを頬張る。
それを見て、半ばもたれかかるようにして隣を陣取っていた杉元があなたに密着するように擦り寄る。さらに、白石も反対側の隣に座り、くうんと犬のように鳴きながらくっついた。
「あ、あつい……」
ぱちぱち爆ぜる火と三人分の体温が直接うつって、あったかいと言ったのも束の間、頬が赤くなるほどの熱をあなたは感じていた。
あっという間に鍋の残りを平らげ、おねむになってきたアシリパがうつらうつらしだすのを見て、あなたは母になったような気持ちで白い頬をやさしく撫ぜる。しばらく静かにそうしていると、アシリパは本格的に寝入ってしまった。
「かわいい」
「そうだね」
あなたがちいさな声で呟くと、すぐそばに控えていた杉元が矢継ぎ早に相槌を打つ。まるで夫婦が我が子の寝顔を見ているかのようだ、と杉元は前向きに解釈した。
「ねえ、あなたちゃんってやさしいね」
「そうでしょうか?」
「俺もそう思うけど……白石に言われるのは癪だ」
「ええ?」
アシリパはもう起きないだろうとたかを括った白石が切り出すと、あなたは自分の話題であることに気がひけるような心地がした。昔から自分のことを進んで話すのは苦手だった。
「俺にちゃんと握手してくれたの、あなたちゃんがはじめてだよ」
「そ、そうなんですか…大変でしたね」
同情めいた苦笑いを浮かべると、また杉元が口を挟む。
「自分が特別とか思うなよ」
「なんか杉元当たり強くなあい?」
「そうですよ。喧嘩はいけません」
ふたりに窘められ、杉元は渋々口をつぐむ。こうして、あなたがいつまでも自分に母のような態度で接するのかと思うと蟠るものがあったが、昨日自分が口付けた頬をじろりと見遣るだけで、何を言って良いか分からずにいた。
「んフフフ。あなたちゃん、俺のこと下の名前で呼んでよお」
酔っ払ったように、こてん、と可愛いこぶって首をかしげる白石は、あくまでもあなたとの距離を縮める気らしい。
「いえ………それは、…恥ずかしいのでだめです」
「えっ」
白石はあなたが予想もしていなかった瞬間に赤面するのにつられて、驚きながらわずかに顔を赤らめた。男にここまでの距離感を許しながら、下の名前を呼ぶことに恥じるあなたに驚いたのはもちろん白石だけではない。
昨夜その肢体を抱きしめて告白をしさらに頬へ口づけ、さらにさらに同衾まで果たしたというのにあなたは恥ずかしがる様子など見せなかった。それなのに白石の軽薄な言葉ひとつであなたは照れたのだ。
杉元の執着心は瞬間、もう一段深いところへ落ちた。
「……あなたさん、俺のこと見て?」
ふと、息を吹きかけられたように、火が消えた。
昨日も今日も、どうしてこんなにすぐ火が消えるのか、とあなたは杉元のほうへ目をやりながら考えるが、それはその男の放つ瘴気じみた感情のせいにほかならない。
この場において平和なのはアシリパのたてる寝息のみで、白石は急な暗転に「ヒッ」と怯えてあなたの腕にすがりついた。
段々と目が慣れていく中で、あなたは杉元の瞳がどこからか光を拾ってそれを増幅させるようにぎらぎらしているのに気づいた。獣のような目つきが、なぜだかあなたには美しいと感ぜられた。
「……きれいですね。」
暗闇のなか、距離を探りながらあなたが本能的に手を伸ばし、杉元の頭へ触れようとする。杉元が予想もしない言葉に面食らっているうちに、白魚のような手がふれると、今度は絆されないと決めていたのも虚しく、口の端がふにゃりと歪んでしまった。
「あーっ。ずるい」
あなたが頭を撫でるのに邪魔にならないよう、杉元がゆっくりと軍帽を脱いで手に擦り寄る。白石の羨望の言葉など耳に入らない杉元は、単純ながら先程までの瘴気をすっかり失って、従順な飼い犬のような顔を覗かせた。
「よしよし。」
「くうーん」
白石の坊主頭ももう一方の手で撫でてやると、杉元の頭とは違う感触であなたはおもしろくなった。ざりざり、わさわさ。犬種のちがう二匹の犬を可愛がるような気持ちだったが、しかし大型犬のほうが時折剥き出す鋭すぎる犬歯にはまだ、気づかないふりをしていたいなと感じるあなただった。