博愛主義
おなまえ
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はたから見たら恋人に見えるだろうかと、杉元は考える。闇の中にふたりで、誰にも知られないままとけてしまいたい。
(こんなに近くであなたさんのにおいを嗅ぐことなんて今までなかった。)
静かに、首筋にくっつく寸前まで顔を近づけて、いつもより大きく息をすると肺がちくちくするほどあまく感じた。
それに、彼女は拒絶したり暴れたりしない。借りてきた猫のように、腕を回すこともなければ声もあげない。
「あなたさん、……好き………」
杉元は意識もしないうちにそう囁いていた。頬どうしが、すり、と、こすれあい、それにも大した反応をよこさないあなたに、さらに彼はうさぎがにおいをつけるときのように擦り寄ってあつい息を吐く。
好きだと言うその理由は、あなたが古風ゆえ杉元のような男に従順であるからか、笑顔がきれいだからか、料理がうまいからか、はたまたその身体つきに覚える欲求のためか、杉元にもわからなくなっていた。
しかしあなたはまだ自分が誰かの代わりに好かれているのではと疑る。正直杉元があなたを好いていることなどは誰の目から見ても明らかであったし、町でも、「おっ、お似合いだねえ」と声をかけられることも何度かあった。あなたが律儀にそんな関係ではないとことわりを入れようとしても、杉元は照れたように、そうでしょう、と応えるばかりだった。
「………杉元さん、じゃあ、こうしましょう」
「なあに?」
すっかりあなたのにおいに絆された杉元は、先程までの殺気をひっこめて間の抜けた声をあげる。
「金塊が見つかったらお付き合いをします」
この旅が終わったら。
あなたの提示した条件はお世辞にも良いものとはいえなかった。
金塊が確実に存在するかどうかは首を捻るところであるし、そもそもこの旅が終わって五体満足でいられるか、というよりもまず生きているかどうかの確証もない。
言い出したあなたも、これを受け入れてくれるとは到底思っていなかった。
あなたは博愛主義者だった。だれか一人を特別扱いなど、できたことがない。しようとも思わない。だから結婚や交際もせず、ひとりで生き、いずれは出家でもしようかと思うほどだった。
「わかった」
だが杉元は二つ返事で了承する。
あなたと密着しているという夢のような状況もさることながら、金塊を必ず見つけるという自信にも依った。
「だけど触るのはゆるして、ほしい……」
次第に勢いを失う杉元の声に、あなたはこんな状況なのにも関わらず僅かに安心した。
「わたしが、嫌だと言ったらやめてくださいね」
戒めるように小さな声で言い聞かせると、杉元は何度も頷いた。
あなたがなにかを拒否する場面など杉元は見たことがなかった。初めて動物の脳みそを差し出されたときも戸惑いながら咀嚼していたし、彼女の目の前で人の皮を剥ぐときも、杉元の心配をよそにまるで平気そうな顔をしていた。
「ン……」
杉元がいきなり頬に接吻を落とすと、あなたはびくりと肩を硬らせながら苦笑いをした。これは、計られているのかもしれない、と思った。
「あなたさん、一緒に寝て……」
立て続けに、いつになく弱気な声でそういうものだから、今までも流されて生きてきたあなたは今度も流れには逆らえない。
今までぶつけたかった欲求が塊になって押し寄せてきているのだろうか、杉元はあなたと向かい合うようにして横になり、じいと顔を具に観察している。
「……これでは眠れません」
あなたが眉を少し顰めると、杉元はそれに呼応するように口角を緩めた。
「うん」
男の大きな身体があなたを覆うと、胸板に押し付けるようにその頭を抱きこむ。いとおしげに、今度も拒否しないあなたの髪を撫でたり掬ったりしていると、「苦しいです」とあなたはくぐもった声をあげる。
「……でも、あったかくていいですね……」
あなたも大概、常識人というわけではない。
これまでも、他人に何かを強く推され、されるがままに、言われるがままに自らの人生を運んできた。
拒絶を知らないあなたは杉元の腕の中で、瞼を閉じ切って、しばらくすると眠ってしまった。
「…………ぁ…」
消えた火が照らすちいさな仮小屋のなかで、杉元のたてるごそごそという物音以外は寝静まり、そして夜は更けていった。