短編
おなまえ
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外がちょっとうるさい。CMばかりのテレビを消したからそう感じる。
お布団の曲線にのっとって、ごく普通にまどろんでいる。全然まぶたは重くなくて、落ち着いた脈が流れている。革命にも戦争にも関係のない26時とかってありふれた時間。鼻歌を歌おうとしたけど、あんまりなんの歌も思い出せなかったふがいない時間。
深夜は死を考える時間なんだってサブカルが言っていた。
隣にあなたちゃんが来てくれた。彼女の身体のかたちにシーツがゆがむ。
ついさっきタイピングを終えたばかり、ノートパソコンを閉じたばかりのその手はお疲れのようだ。
だから「マッサージしてあげる」と手のひらを揉もうとしたけど、「いい」と断られてしまった。ぶっきらぼうちゃん。愛情マシマシ、下心マシマシ、替え玉も無料なのに。
「があーん」
「あははぁ」
電気を消すと、外からの無駄な明かりがさしこんで、天井は星空のようだった。
あー。
キスしたい、し、してほしい。
俺は天井を見るのをやめて、彼女のほうへごろりと転がった。
あなたちゃんは死体みたいに髪の毛を広げて寝る。弾痕や硝煙を頭のどっかに思い出してしまうから、その寝方はやめてほしいとは思うけど、困ったことにその死に顔は、いつもなんとなくかわいかった。
「うぇーい。んー」
「もうおやすみだよ」
「むー」
すっかりおねむらしく、かわいい顔で俺のチューをよけるあなたちゃんは、完璧にとろけた滑舌でそっぽを向く。
だけど、俺はどうしようもないほどものすごく惚れているのであきらめきれない。もこもこと膨れていく触りたい気持ちをちょっぴりおさえて、出来る限りやさしい声で問いかける。
「ねえ。しようよ。ていうか、して?」
「んんー。おやすみだよ」
「じゃあおやすみのやつ。しよ」
「んえあー」
よくわからない天体の鳴き声をあげて、必殺悩殺のささやきすら軽々かわす白いほっぺたが、布団のなかにうずまっていった。
それでもしかたなく、かろうじて露出している耳やこめかみにちゅっちゅと吸い付くと、うざったそうに身体をうごうごさせている。
「ねーえ」
「うーん」
「こっち向いてよ」
「………」
「やだ?」
そう俺が訊くと、あなたちゃんは急に振り返ってきた。
「白石くん………白石さん」
「あ。うん。はい」
「………」
「ああー……なんて言うんだっけ。なにを言いたかったんだっけ。」
「あは……ごめん、わかんない」
「いや。ごめん……本当に…………ごめんなさい………ごめんなさい……ごめんなさい」
あなたちゃんは泣きだした。
ああ。だめだ。まただめだ。またやり直さないといけない。なんかもうだめだ。
俺はあなたちゃんの涙をちょっと拭った。それから、ちょっと舐めた。どうしようもないほどものすごく惚れているから。その味はどうともいえないほどぼんやり塩味な流星群みたいだった。
あなたちゃんがせっかくこっちを向いてくれたので、唇にもキスをする。今度は避けられることなく、ちゃんと口が重なった。重なっているのに、まだ謝罪を述べようとして口をもごもごさせている振動がかわゆくて、俺は笑ってしまった。
離れるときの「ちゅっ」って音がかわいくて、切ない。だからもう一度くっついた。今度の音はさっきの一回よりも湿度が高くて、なんて悪い子なことだろう、俺は、このままおやすみするのがもったいない気がしてきた。
「………人間はね、死んだら夜空に閉じ込められてさあ。むりやり星座にされちゃって、生きてる人間の見世物になるんだよ。」
「……ごめんなさい………ごめんなさい………」
「あのさ?だから……あー。ごめん。なんか哲学かもだけど」
「……、ごめんなさい………ごめんなさい………本当に」
「ねえ、だからさ。俺たち、死んでもたぶん空で一緒だね……あなたちゃんがずっと、俺を逃がしてくれないから。あははぁ」
深夜は死を考える時間なんだってサブカルが言っていた。気がする。
薄いカーテンを開ける。暗いけど、遠くの空は晴れているはずだ。
死んでもとか、死んだらとか、生まれ変わったらとか、怖いことばかりを考えてしまう曇天観測を終えたら、きっとふつうになる。俺たちはただ一過性の、夜行性の魔物にやられているだけだ。ただ朝の光で焼ける程度の弱い闇に、つまさきをちょっと浸しているだけにすぎない。拭ってしまえば。もう戻るんだから。
明日は早起きをして、健康をやろうよ。それで早くに寝て、なにもかも元に戻ろうよ。俺たちに必要なのは健康的な生活習慣であって、贖罪やサブカルチャーやしょうもないたとえ話なんかじゃないんだから。
「だからさ………ねえ、だから………あー………」
「……ごめんなさい………ごめんなさい………ごめんなさい……」
「もう寝よっか。ね。ほら。怖いこと言ってごめん。もう寝よう」
「ごめんなさい、………ごめんなさい………」
「ううん。ほら。お布団かけて。おやすみ。もう、おやすみ」
『おやすみ』