短編
おなまえ
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俺はその服のレースの波に、なぞるように触れて確かめる。男には似合わないいつわりの重なりは、俺の貧相な身体をつつみこむ。あなたさんがそれを見て微笑んでくれた。
「じ、じぶん、かわいい、っすか?」
「うん、かわいい」
「よかったあ…」
月だけしかしらないこの俺たちの秘密は、なんどもなんども連なっていく。こんなこと間違ってるって思うのにやめられなくて、俺はもうおかしいんだ。あなたさんが俺の骨ばった手を引いて、姿見の前に誘う。それに暗くうつる俺の姿はなんとも情けなくて、それが恥ずかしくて泣きそうになる、けれど、あなたさんの愛してくれるこの格好が好きでたまらなくなって、ひみつがまた増える。
「あなた、さん」
俺はわざと声を高くあげる。あなたさんの熱を持った指が俺の頬をかすめる。愛玩動物を撫でるような手つきで俺にさわる彼女は、世界でいちばん残酷なひとだった。触れたところから俺は死んでいく。殺していく。
あなたさんの脚が俺のスカートの裾に当たって、くすぐったい。それは神経を透き通って細胞を過ぎ去ってからだ中に伝染する。どこもしびれておかしくなって、愛してほしくなる。「おんなのこ」の俺だけを好きなあなたに。
あなたさんの指先で。てのひらで。視線で。爪先で。舌で。くちびるで。
「……ぜんぶ、もっと、さわって」
俺はあなたさんの犬で、これはどうしようもない事実だ。
女になれと言われたら女装をして、足を舐めろと言われたら床に這いつくばって、どうして、そんなに彼女のことを好きなのかというと………それは忘れたけど。一般的な恋愛じゃないのはわかってるし、あなたさんの愛が気まぐれだってことも知っている。それなのにおさまらない、間違っているのに、崇拝とよぶべきこの、感情は、ほんとうに、ほんとうにどうしようもない…
「す、好きです、あなたが、おれ、あなたさんがすき…」
「……………どうして女の子なのに、俺なんていうの?」
そうして俺は愛されるのをやめさせられた。どんなに泣いてももうこの夜は帰ってこない。今日はもう存在を認知してももらえないだろう。俺はしくしく痛む頬をなでた。あなたさんが打った頬は赤くあまく腫れていた。これが俺たちの愛の生活なんだと思った。
鏡で見た自分の顔はひどく、幸せそうだった。狂ってるみたいに幸せそうだった。
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