短編
おなまえ
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息がつまる。
ぼくの、余の、俺の、妾の、…ああ、小生の。彼女は小生を嫌いだと云って、手の届かないところへ逃げてしまいました。
開け放していた窓から夜風が吹き込んで、白く半透明なカーテンと小生の髪を揺らします。ちらと覗く夜空があんまりあなたの眼に似ていたから、小生はつい、そこへじっと視線を遣ってしまったのです。
「幻太郎さんの眼は、………」はて、なんと云われたんだったか。
ふと彼女のことを想起するたび、今までの普通が音もなく崩壊してゆく気分でありました。虚しい堕落。注射器。鬱。鬱。ただ美しく、ああ、臓器がきら、きらめく。
小生は手をついて立ち上がります。
あなた、あなた、あなた!ああ、狂おしい女。
ついにあたまはそのようなことで埋め尽くされて、脳髄の中からはぱきりぱきりと、おかしな音楽が流れこんできます。眼の前がちかり、くらり、瞬く星のようでした。窓から啜り哭く夜空の、あなたのふたつの瞳に煌く星。小生は、輝くそれから流星がふわふわと流れゆくのを思い出してしまった。
その光景の、なんと美しかったことか。
覚束ない儘の足取りで扉を開ける。
「あなた。あなた。あなた。あなた。あなた。あなた。あなた。」
愛していますと、呪いを、縛りを、あなたにかけました。
小生は息をして、己がまだ正常であるかを確かめました。息ができる。息が出来る。息をする自分は正しい生き物なのだ。そう思った。それから咳をすれば、ようやっと歩き出します。
ずうっとずっと、あなたの、あなたのことが好きだったんです。ずっと。
ぼ、ぼくは、あ、?わたし、あ、小生は、あなたがいないときっと、だめになってしまう。
彼女の名を、愛を、呟きながら、小生は階段を降りました。浮遊感は消えないそのままで、また視界は、煙が薫るように、ゆらめきだすのです。外の世へ続く扉に、開けた形跡があるのを見つけ、ああ、彼女は、穢いと、浅ましいと言って聞かせた世界へ、消えてしまったのだと、あるはずの無い心という臓器のあたりがひどく痛みました。
あなたにはわたしの愛が必要だ。愛を、与えねば死んでしまう脆弱な存在なのだ。
いっしょに手を繋いであの部屋へ帰って、いっしょに、ただ息をするだけで、良い。あなたは、この世界のことなんて、何も知らなくていいのです。…ああ、嘘ですが。
あなたが知るのは、わたしの愛だけ。「それでいい。」
ぼんやりと響く声は、あなたに届かずに、暗闇に寒々しくとろけるだけだった。