短編
おなまえ
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きょうも生きている。
きのう死ねといわれたのに怖くてできなかった。
ぼくには何もできない。
「わたしの前から消えて。はやく別れたい。おまえみたいなのには価値がない。いい加減に死んで。死ねよ。もういやなの。」
「う、う、ごめんなさい、でも別れたくない、っす、あなたちゃんと、一緒に、いさせてほしいです」
「うるさい。うるさいうるさいうるさい」
じゅう。熱い痕がついた。痛いけど、ぼくのきたない身体にまた彼女のしるしが残されて、すごくうれしい。
ああ、生きている。そして生きていたいと思う。
あなたちゃんに所有されていたくて、でも彼女はぼくのことを嫌いだから悲しくて、ぼくはこんなに好きなのに、なんて思ってしまって、顔をしかめないよう口角を上げて涙をぽろぽろ溢した。
いけない。あなたちゃんはぼくの、すぐに泣いて許してもらおうとするところが一番嫌いなんだ。
見返りを欲してあさましく呼吸を乱す。
「なんで泣いてるの。」
あなたちゃんの声は一層冷たくなって、ぼくについたやけどの跡すら冷ましてくれるんだ。
死ねといわれて首を絞められても、死に絶えない純粋な崇拝。
きみにひどいことをされるのがぼくの生きている証になるんだよ。塞がった片目の視界じゃ正常な恋愛なんて、知らないままでいい。
ぼくは洗面所の鏡の前で服を脱いで、自分の体を見た。
鎖骨の生むあわれなくぼみのまわりに、彼女のものだというしるしがいっぱい残っている。
くちびるはかさつき、目の下には隈とまつ毛の影が不気味に浮かんでいる。髪の毛はもつれてぼさぼさで、まるで虐待をされている子供のようだ。
でもぼくの表情だけは、あどけなさなどどこにもない、情愛をすでに知っている眼の光だけは、いつだって生きているんだ。
わずかに涙をたたえた、ぼくの望まれていない生だけは、息をしていた。
「あなたちゃん、ぼくといっしょに死んでくれませんか。」
ぼくひとりでは、寂しくてたまらないから。誰も存在しない洗面所に、ぼくの声が卑しく響いて消える。鏡で見る自分の顔は、ひどくゆがみ、暗闇にぼうと白く浮き上がるようで、わざとらしい悲愴な表情は狂信者を思わせる。
きみにほんとうに、これを言ってしまったなら、きっとぼくたちは真実の終わりになってしまうのかな。
きみが愛しい。だから愛してほしいだなんて、あきれるほど、それは都合の良いおとぎばなしのまね事。
鏡の向こうの自分にくちづける。
ずきんと、すべての傷痕が痛んだ。冷酷に伝わるそれの温度は、とても彼女の所作に似ていた。
(窒息して死ぬまでキスをしてほしい。正しくなくていいから愛をしめしてほしい。ぼくはきみになんだってあげられるよ。涙も心も命もぜんぶ。)
きみはぼくの神様です。