中編 白昼夢 (観音坂独歩)
おなまえ
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「あぶない!」
女の声がして、少し遅れて俺は車の作った熱風を受ける。
世界は元のスピードで働き始めている。
誰かが俺を歩道側へ引き戻してくれたのか。べつに、そんなことをしなくてもよかったのに。
ため息が口をついて出そうになるのをこらえる。
「だいじょうぶですか。」
目を開けると、俺の腹に手をまわして、そのひとは心配そうな表情を作っている。眉を下げている、この人、本当に善意だけで助けてくれたのか。
だが周りの人間はこっちをみてくすくす、笑っていた。何がおかしいのだろう。俺の体に染みついたへたくそな愛想笑いが、つられるように、自嘲するように、口角をひくひく震わせた。
「熱中症ですか。少し涼しいところへ行きましょうか」
最悪なような、白昼夢のような、そのどっちが起こったのか俺にはわからないまま、力なく俺はうなずき、感謝の言葉も出せないでただ女の手にひかれた。
その光景は母親と子供のようで、それこそ滑稽で笑うべきことだろうが、周りの人間はもう誰もこちらのことなど見ていなかった。
~
公園のベンチに座って、そのひとにスポーツドリンクを買ってきてもらっている間、俺はぐるぐる考えていた。
どうして俺を助けたのだろう。
俺なんか金を持っていそうな男にはまず見えないだろうに。ラップバトルで少し有名にはなったかもしれない……が、それともほんとうに優しさからなのか?どうにも信じがたい。
現代東京においてほんとうの慈善の心を持った人間なんて存在しないってことは、俺だけじゃない、もうみんな知っていることだ。
それにしても大の男が熱中症で倒れるなんて情けないことこの上ない。
それを女の人に助けてもらった、それに、きょうも営業の成績は揮わなかった。会社に戻ればまたハゲ課長に怒鳴られる。そして大声に痛むこめかみをおさえながら残業だ。それが俺だ。人生だ。そうやって終わっていくんだ。
と、そうやっていつものようにぐるぐると考え込み吐き気の足音が近づいてくると、すみません、と小走りで彼女が帰ってきた。
「近くに自動販売機がなくて。 ...ましになりましたか、めまいは」
「はい、まあ」
そのひとはさっきと同じように、心底心配そうな表情を浮かべて、うつむき気味な俺の顔色をのぞく。猫背なのは体調が悪いせいじゃないんだが、弁明するのも面倒なので黙っておく。
彼女は両手に二本ペットボトルを持って、スポーツドリンクとお茶を差し出し選ばせてくれる。お茶を選び、この人は俺みたいなのにも気遣いができる人なんだ、俺が普段弱音を吐きながら過ごしている場所とは遠い世界で生きているんだと、ぼんやり考えた。
財布を取り出そうと鞄をひっつかむと、そのまま帰ろうとしていると思ったのか、腕をつかまれ、「だめですよ、安静にしていなくちゃ」といって、そのまま彼女は俺の隣に座った。