短編
おなまえ
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清く正しく美しく、その至って人間的な、模範的な文言が気にくわない。
そんなことできるはずもないのに。完璧な人間なんていやしないのに。反吐がでると思う。路地裏は雨。じめじめとした空気は最低な生温さを含んで、ゴミのにおいと一緒にまた世界を汚す。俺は煙草に火をつけて、その空気に有害物質を付け加えた。
間違ってつけた手首の傷はなかなかふさがらない。肌色はいつまでも悪いままで、ああ、俺は結局、昔っからなんにも変わっちゃいない、ただの馬鹿なんだ。きれいな愛なんてわからねえよ。
世界は俺にいやに厳しい。俺以外の連中はみな笑って街を往く。クソ、クソ、クソクソクソ。死んじまえ。
俺は壊れそうなキスと自傷に依存している。そしてそれに怯えている。
「あなた、あなた、あなた、ぉ、おぇ、俺、あなたがいないと、ぅ、だめなんだ」
この世に存在するというそれだけで吐き気がする。俺は満員電車に殺されたはずなのに。
とたんにこのふたつの手が恨めしくなる。俺はあなた以外に触れてはいけないのに。切り落としてしまっても良かった。手首にきらめく血の糸がいつもより穢く思える。
あなたは黙って微笑んだ。だめな俺をすべて肯定してくれた。あなたは光だ。影を洗う光、ああ、それは誰にも遮られちゃいけない。邪魔されちゃいけない。
だから俺はあなた以外をぜんぶぜんぶぶッ殺して、ぐちゃぐちゃにばらばらに、あなたが気づかないように静かに、消してやりたい。
俺を抱きしめながら頭をやさしく撫でるあなたは聖母のようだった。いっそあなたから産まれられたなら、清く正しく美しく生きられたのに。目を閉じるとあなたの中にいるように温くあたたかくて、やわらかくて、俺はそのまま息を止めて死んでしまいたくなる。
そうしてあなたから、あなたから、産まれ直したい。
俺は生きるのが、俺は考えるのが、俺は愛するのが下手だから。
こんどはちゃんとあなただけを考えられるように清い脳をつくりなおして、あなただけを見られるように正しい眼をつくりなおして、あなただけを愛せるように美しい心をつくりなおしたい。
「ねんねんころりよ、おころりよ。ぼうやはよい子だ、ねんねしな。」
頭の奥がじわりと微睡む。次こそはもう目を覚まさないでいい。これでぜんぶ終わり。
外の雨音はずいぶん静かになった。
あなたが俺のすべてです。