短編
おなまえ
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雨上がりの公園は少し冷たいこと。
遊具がどれもこれも濡れちまって、子供すら一人もいないこと。
ぬかるんだ地面の泥が歩くたびにまとわりつくこと。
俺はびちゃびちゃのベンチに寝転んであくびをして、体の下に敷いたコートの底から、じわじわと雨水がしみこむのを感じていた。
まだ曇る空は俺の眼前まで迫っている。自分の口から吐き出されたそれは、ひどく無害そうな色をしていた。俺は公園の中央の時計を見た。
ああ。そろそろあなたの帰ってくる時間だ。
俺は飲み終わった缶コーヒーにシケモクをねじ込む。ずいぶん長いこと吸っていた気がする。
そして公園から出る。
「よう。おかえり。」
俺たちは花曇りのすぐ下で目を合わせた。あなたはすぐに睫毛を伏せた。
俺はあなたが俺と出会ってしまったのを取り消したいと思っていることを知っている。
だから俺は笑った。
「まあ、ちょっと話そうぜ。食っちまおうってんじゃねーんだからよ」
俺は何も言わないままのあなたの目をはっきりと見た。それは曇り空のうすい光に透けて見えた。
眉間からのびる鼻の線、瞼の肌色の裏の血管、白目と黒目の境目に浮かぶ涙の膜、雨が降り注いだようにすべてが透明だった。
たじろいで制服のスカートがゆれる。それの波のような動きが、俺と、清廉なその女との完全な相対をあらわしていた。
やがてあなたの口からあふれるだろう永遠のさよならを、どうしても見たくなくて、どうしようもないほどすがりたくて、その執心の感情を、俺は愛と呼んでしまうのかもしれない。
「あの、わたし、もう」
「塾があんだろ?知ってる。おまえの使う言い訳は全部」
あなたはもう泣きそうだった。ああ、かわいそうに、俺のかわいい未成年者。
まだ雨水にきらめいている公園の、色とりどりの遊具のどれよりも、あなたのまとう白黒の制服だけが真実だと思った。
うつむいたあなたの顔が見たくてかがむ俺に、ふいに風がびゅうと吹いて、俺たちの髪や服をなびかせていった。
「アハハ。泣くなよ。」
俺はあなたの小さい手のひらを取って、指を絡めるようにしてつないだ。ひどく、たまらなく甘い気分だった。両手ともそうしたら、俺たちふたりとも、相手からは逃げられない。
左手を引き寄せて、見せつけるようにキスをしたこと。
空気が、結婚式のように静寂だったこと。
もう去った風が、ぜんぶ秘密にしてしまうこと。……