短編
おなまえ
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希望!すばらしい!最高!
勧善懲悪の逆、その逆、ときて、そのまた逆。ぎくしゃく。
ビルの屋上から虫のように小さく交差していく人々の影が、みんな幸せそうに見えた。それは素晴らしいことでいつものことで、エンターキーを押しまくっても幸福に改行のやじるしが産まれないこともわかっていた。↩
しかしそれを取り囲む灰色の建物は高く、笑顔を知る前の残酷な子どもじみた湿り気を帯びている。だれも待っていない空にはかわいそうなほど純に水死体色の雲が浮かんだりしても、世界では太陽信仰ばかりが加速してゆく。
海の向こう側を挟んだ土地では、空はどんな色をしているだろう。俺にはみんな同じ空の下にいるように思えない。精神の些細な湾曲と、それの骨組みになるためできたランダムな個々の肉体。それをひっくるめて、人は心と呼ぶのかな。
ちゃちいディスプレイについたわずかな埃をはらった。希望!希望!ああ!息が切れるまでそう叫びたくなるのを心臓の真上の位置で堪えて、この世のなににも影響を受けていないと確認するための確認をするための作業として、神に影響を受けてできたこの身でキーボードにずるずると文字を打ち込んでいます。そういえば、この部屋にはずいぶんごみが増えてきた。ごみの日がいつだったか思い出せないので仕方がない。ああ、ごみに出すべきは俺の頭の中で詰まっている脳みそだな。と決まって考えるのを、俺は人生の中で何度行わなければならないのだろうか。
そういう風に思いながらキーボードの間の汚れを見つめていると、太陽の真逆の方向にあなたさんがいたので、俺は地面に額をこすりつけるような気持ちで「こんにちは。」とあいさつをした。
……生まれ変わるとしたら、あなたさんの影になりたいと思う。そのときには彼女もまた生まれ変わっているだろうが、彼女がふたたび人になっていようが、虫になっていようが、くだらないメロドラマになっていようが、なんでもかまわないから。できれば、あなたの後光に照らされてできた影がいい。そうすれば、彼女がどんなご機嫌か、表情を見て理解することができるから。
だけれども、あなたさんが俺のあいさつなど意に介するようすもなく自分のデスクへ戻っていくのを見て、俺は屋上のフェンスを乗り越えて缶コーヒーを飲み、空になった缶から手を離して落としたときの動悸を思い出した。落下の間、俺はなんてことをしてしまったんだと後悔の念から肋間神経痛を引き起こし、吐き気をこらえていたほどだった。しかし、缶は風にあおられ、なさけなくフラフラ揺れて、誰にも危害を加えずに甲高い音とともにそばの道路に落ちた。ああ、落ちきった缶は俺だった。あなたがいる空の下でカランカランとからっぽを鳴らしつづける俺はころがってぺしゃんこになって、あなたの影になりたい。