中編 白昼夢 (観音坂独歩)
おなまえ
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…………
どうしてやさしい人からいなくなるのだろう。
神様が、やさしい人をそばにおいておきたいのだろうか。
俺のような底辺にいる人間から奪ってでも、あなたさんをその、「穢れない」手でさわりたいのだろうか。ああもう悲しくもない、悲しくもないのに泣いてばかりいて、至極つまらない。
あったはずの「あの日」に手をかざしても、すでに、グロテスクなまでに全部が、ほかの何かで塗り替わっているのだ。それは何よりも恐るべき事実だった。どうしてあなたさんは死んでしまう前に俺を殺してしまわなかったのだろう、と、思わずにはいられないほどひどいことだった。
俺はさようならが聞きたいんじゃなく、だがあの頃に戻りたいのではなく(戻れるはずがないのだから)、だから初めての人殺しを無感情で終わらせることさえできた。血が噴き出して、顔色を失っていくその男の涙、穢ればかりの……俺と同じ色の涙。肉と化し地面に転がっても、その目玉が俺を見ていた。おそろしい死に顔、あれは俺なんだ。まったくもって、まるっきりきたない俺なんだ。
俺は殺人を犯したから死ぬのではない。あくまでも、ああ、俺は悲観主義者をきっぱりと、やめてしまいたいのだ。
何もない、死体安置所のような街を抜け出して、死んだって誰にも迷惑が掛からない所へ来た。ごみくさい都会より、ずっと空気が静かで透明な気がした。この場所で何人が死んだのだろう。きっと、正確な数字なんて誰にも答えられない。その漠然とした数の中に、俺も今からこの身を落とす。
ホームセンターで購入した縄と台を手に持って車から降りた。葉のない木々や落ちた枯れ葉が風で静かに喚いた。早く死ねと言ってくれているような気がして、長らく苦しんでいた呼吸の仕方が、今になって少し思い出せたようだ。
「馬鹿だな。」
昼から夕方にうつろうこの時間、がどうしようもなくさびしかった。独り歩く、誰もいない道を、ふわふわ宙に浮いたような気持ちのまま、白い看板を横目に俺はガードレールを飛び越し、ずんずん草木に呑まれてゆく。
俺のことはもう誰も知らない。この世の誰も知りえない。
足場の悪い地面を歩きながら俺は、夢のような日々をまた想った。
あなたさんといた公園。
あなたさんのやさしい目。
あなたさんに話したことば。
あなたさんがふれたてのひら。
あなたさんを愛していたきもち。
あなたさんと俺の蜃気楼。ゆらゆら揺れて、きえてなくなった。
ああ。ああ。
あなたさんと一緒に過ごした夜、彼女は、「離さないで」と言いかけていたんだろう。
「俺は。…………あなたさんを離したんだ。」
木々の隙間から漏れる光が、だんだんと暗くなっている。曇天がさらに冷え込み、唇がかさかさに乾いていることに気付いた。
奥まで来て、俺は高い木の枝に縄をひっかけた。
ネットで見た、絶対に外れない結び方をした。枝は太く、俺の全体重を支えても折れることはないだろうと思う。
やっとだ。やっと死ねる。
薄暗い空の下、死のにおいが充満したような森の中で、俺は救いをはっきりとこの身に感じた。
彼女が隣にいてくれている気がした。
まだ実在して、笑ってくれている気がした。
だけどそれは、首に縄をかけてから、俺のみていた都合の良いまぼろしだと割り切ることができた。
だってもう逢えるのだから。
あなたさん、あいしていました。ほんとうに。
次も俺は人間になります。だから、またあなたを愛させてください。
「ごめんなさい。(名前)さん。ごめんなさい。ごめんなさい……………」
俺は台を蹴った。
少しくるしいがそんなことはどうでもいい。あいたい。
はやくあなたさんにあいたい、もうゆるされるわけもないけれど、あなたの手で罰してくれたなら、もう、それでいいんです。俺がそうしたようにあなたも、ひどいことをして。
そうしたら
、おれたちは
ゆっくりと、めをとじ
た。