中編 白昼夢 (観音坂独歩)
おなまえ
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病気になりそうだと思った。
明日も晴れだと天気予報がほざいていたからだ。こんなに暑いと頭がばかになる。
直射日光をじかに食らった脳みそはもうくたくたにしぼみきって、俺は情けなくよれたハンカチで額をぬぐう。
さっき営業先に突き返されて手に持ったままの自分の名刺が、もう汗でじんわり湿っていてますます消えたくなった。
そんなことされたらどんな気分になるかなんてこと、よく考えなくたってわかるだろ。
道徳を受けてこなかったのかよ、と、毒づきながら薄ら笑いを浮かべて、……それでも生きていたい理由とは何だろうか。
東京では信号待ちのわずかな時間ですらごみくさい。
めまいがするようだ。極彩色の車がずっと遠くを走っている。
横断歩道の、しろい線がかげろうでぼやぼや揺れる。
消えもできない幻、それは俺みたいだと思った。
会社では隅のデスクで、薄汚れたキーボードをぱちぱちと打ち込み、それはたとえ今の会社を辞めたって変わらないことなのだろう。
社会で、特に褒められるでも、虐げられるでもなく。
誰にも気づかれないで、ふっと息を吹かれたろうそくの火のように、そこに何も残さずに消えていくのだろう。
「……不毛だ。」
直帰してしまいたいが、その矢先に、ポケットに入れていた携帯が震えたような気がした。
ハゲ課長からの𠮟責の電話だろうか、もう暑さとか関係なく、おれは吐きそうな気分だった。
毎日がその吐き気に支配され始めたのはいつからだろう。
何度目かわからないため息をついて目を伏せる。
まだ、怒鳴り声は後回しにしていたかった。
「......っあ」
ふいに風にあおられ、なにかを抱きすくめるような姿勢で俺は前につんのめる。
この期に及んで、俺はなにをこの腕に抱こうというのか。
やけにスロウな世界の回る速さや、ゆっくりと動く視界で、ぎらぎら光ってうるさいくらいの赤信号が網膜に焼き付く。
途端に背中から冷たい汗が分泌され始める。まだ生きたがっているというその証拠がシャツへ吸い込まれてゆく。
そうか、俺が抱きしめたかったのは自分だけだったのか。
俺を可哀そうがるのは俺だけなんだ。
ぶうん。と、他人事のように、耳に近くなったエンジン音が響いた。
こんなくだらない夏に…ああ。
次生まれ変わるのなら、絶対に人間だけにはなりたくない。
明日も晴れだと天気予報がほざいていたからだ。こんなに暑いと頭がばかになる。
直射日光をじかに食らった脳みそはもうくたくたにしぼみきって、俺は情けなくよれたハンカチで額をぬぐう。
さっき営業先に突き返されて手に持ったままの自分の名刺が、もう汗でじんわり湿っていてますます消えたくなった。
そんなことされたらどんな気分になるかなんてこと、よく考えなくたってわかるだろ。
道徳を受けてこなかったのかよ、と、毒づきながら薄ら笑いを浮かべて、……それでも生きていたい理由とは何だろうか。
東京では信号待ちのわずかな時間ですらごみくさい。
めまいがするようだ。極彩色の車がずっと遠くを走っている。
横断歩道の、しろい線がかげろうでぼやぼや揺れる。
消えもできない幻、それは俺みたいだと思った。
会社では隅のデスクで、薄汚れたキーボードをぱちぱちと打ち込み、それはたとえ今の会社を辞めたって変わらないことなのだろう。
社会で、特に褒められるでも、虐げられるでもなく。
誰にも気づかれないで、ふっと息を吹かれたろうそくの火のように、そこに何も残さずに消えていくのだろう。
「……不毛だ。」
直帰してしまいたいが、その矢先に、ポケットに入れていた携帯が震えたような気がした。
ハゲ課長からの𠮟責の電話だろうか、もう暑さとか関係なく、おれは吐きそうな気分だった。
毎日がその吐き気に支配され始めたのはいつからだろう。
何度目かわからないため息をついて目を伏せる。
まだ、怒鳴り声は後回しにしていたかった。
「......っあ」
ふいに風にあおられ、なにかを抱きすくめるような姿勢で俺は前につんのめる。
この期に及んで、俺はなにをこの腕に抱こうというのか。
やけにスロウな世界の回る速さや、ゆっくりと動く視界で、ぎらぎら光ってうるさいくらいの赤信号が網膜に焼き付く。
途端に背中から冷たい汗が分泌され始める。まだ生きたがっているというその証拠がシャツへ吸い込まれてゆく。
そうか、俺が抱きしめたかったのは自分だけだったのか。
俺を可哀そうがるのは俺だけなんだ。
ぶうん。と、他人事のように、耳に近くなったエンジン音が響いた。
こんなくだらない夏に…ああ。
次生まれ変わるのなら、絶対に人間だけにはなりたくない。
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