短編
おなまえ
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妙にじっとりと、肌にまとわりつくような夕闇がおれたちを取り巻いている。
暑さはしかし茹だることなく、昨日すら置いてゆく気力も残さない。
クラスメイトは恋人へ、その恋人の終着点がここなのだとしたら、なんと戯画的なことだ。
「今日も授業は退屈だっただろ。」俺がいなかったからな、と逃げ道は用意しない。
もう施錠の済んだ冷房もない教室にふたりだけ残って、暮れていくあつい日に目を細めている。まだ学校に残っている教師どもや警備員はおれたちの存在に気付くかもしれないが、まあ、そのときには、前据えてやったお灸が、またその火種を大きくするだろう。
また明日ね、と友人に手を振っていた時のあなたの朗らかな作り笑いが、おれの網膜に張り付いて実に邪魔だ。
おれの黒い学ランに閉じ込めて、光を奪うようにして抱きしめる。塗り替わった。いまおれの色に、べたべた汚されている。ぱき、と、彼女の骨が鳴る。
それが静寂の中に溶け込んで見えなくなると、身をかがめて接吻をした。はじめてのときのように、繊細な動作の中で、おれの情欲はもう最高潮まで達しそうな勢いを止めない。
あなたの額から汗が伝う。おれのなかが暑かったのか、逃げ出したいほど怯えているのか、もう俺には判別がつかなかった。
頭の中にまで侵入してくるその体温と自らの鼓動音が、煩わしく心地いい。
汗をべろりとなめとると、「ひっ」と喉から息を漏らすのがかわいい。どうしようもない。ふう、ふう、と、おれの息がもう抑えきれなくて獣のようにうなる。快不快のふちへおれを追いやり、それでもなお正常を気取るあなたは、まあ、おれのような「異常」なやつからしてみれば異常にしか映りえないだろう。
よこしまであって不合意なキスのあと、残る脈動のような空気の揺らぎを永遠にしてほしくて、いやがる彼女の頭をつかんで、息どうしが抱きしめあうほど近くで、ためいきをつく。
それは決して諦念ではなく、欲求の、絶対的欲求の、吐息。
もう一度、震えるくちびるを食む。舌どうしが、再会を喜ぶように抱きしめあう。ひとつになったおれとあなたから、唾液のこすれるねばついた音が絶えず響いた。肉のうちがわにいるのだ、この世で、おれだけが許された権利。時折くちびるの隙に滞留するあまい息が、気をおかしくさせるほどいとおしい。
汗がまた、つつと首筋を伝う。
ああ。なんでもないこの部屋は変貌しつづける。
おれの望むように、閉じ込めてやまない。
少しだけ煙草のにおいのする唯一世界に、二人はいた。
あくまでも、融合するようにして。
「ほら。」
身体の上に跨らせたあなたが浮かせる腰を掴んで、無理やり押し付けると、ぞっとしたような顔をする彼女の、ぬれた夏の夜がとけるほどあつい体温に、また触れてほしい、と、むさぼってしまいたくなる。
『がたん。』と机がこすれて鳴る音。どこからか、雨のにおい。カーテンがわずかに揺れる。
弱い刺激にもてあそばれるたびに、面白いほど背中が粟立つのを感じる。
「はあ、ぁ。」
だんだんと膨張してかたちをとどめないそれが、おれのせいなのか、おれの上で怯えるあなたのせいなのか、どうにもならない責任転嫁の応酬はまだ、体温の共有を求める。
これがずっと、おれのなかだけに居れば好いと。
ぐりぐりと、膜のような淡い水たまりに溺れさせられている。おれはあなたの生っ白い脚をつかんでそこへ、さそって。
あなたはおれの、男の力を知らない。興奮で血管すら浮くおれの手の象り、体温も、なにもしらないのだ。
だがこの男が、自分という女に欲望を覚えていることくらいはわかるだろう。
「さっきおれがやったように、しろ」
「で、でも、」
汗ばんだおれの手がますます力をこめる。
あなたの顔色は、ゆっくりと青くなる。みし、と、脚の骨が軋む音。
「はあっ、はっ、ごめ、ごめんなさい、ごめんなさい……!もう離して」
おれに跨る女の身体が一層こわばる。そう、知らなくたって理解している。
それから焦らすように靴が、あなたの履く靴が、ゆっくりとおれの腹の真上に浮いていって、そのまま、振り下ろされた。
「は、…!」
「ごめんなさい、承太郎さん、承太郎さ、」
彼女はもはや涙を流している。肺に貯蔵された空気が、一気に口から吐き出される。そのたった一発でおれは、酸欠のように視界のフォーカスがぶれはじめる。ただただ苦しくて、ただただきもちが良かった。
痛みがじわじわとやってきてそこへ留まる。あ、あ、いなくなる前に、ずっとここに居ると約束しろ。
おれは興奮で、脳髄がどっぷりつかるほどの快楽に浸っている最中で、絶頂を迎えそうで迎えられなくて、 もどかしくて、踏まれた腹が痛んで、謝るあなたをみていた。おまえも、正気じゃあなくなっただろう。
「ほら、もっと。」
熱に浮かされたおれの声は滲むように弱々しかった。熱帯夜がつづいていく、あつい呼吸と心拍でつながったおれの痛みは、すでに死に絶えている。
閉め切ったカーテンの向こうの窓から、子供の笑い声が聞こえた。おれはあなたと、もう友達ではいられない。