短編
おなまえ
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血の色が透ける風に吹かれている。快晴にわざわざ眉をしかめている。そういう日々で形づくられた我々が唯々諾々とあわれみを享受するのと同時に、指のすき間を通り抜けて落ちていくのを見ている。一点透視図法で空に描かれた夕陽が、今日も地面に吸い込まれる。
「私たちの歩く先になにがあっても そこが地獄でも」
足を組み替えるくらい容易く口にする「ずっと一緒」。
誰にも見つからないように、冷たい暗がりにふたりで逃げる。誰も知らないような街の安宿のベッドは汚れていて、ふたりで眠るには狭い。お互いのほうを向いて寝そべると、呼吸や鼓動が時折揃うのがわかるほどだ。だがそれでいいような気がした。
彼女はもう眠りに落ちてしまったようだ。境界線のわからなくなった私たちは、また今日を静かに生き延びたのだ。なにもかも失うための逃避行が壊れないように、痛くないようにあなたの手をにぎって私も眠ることにする。
夜。なかでも、悪いことをする夜の暗黒性。残酷な低温。それから逃れる唯一の方法。………
あなた。
『あなたはかわいそうな人』
聞いたことのないあなたの声色がそう言って、俺を同情の目で刺す。これはただの夢だ、疲れているだけだ。そうわかっていながら伏せる目蓋は重い。
『かわいそうな人だから愛しています』
私はそうであってほしかったのかもしれない。
だからこんなくだらない夢を見ているのかもしれない。あなたがすべてを失っていいわけがないのだ。すべてを奪ったのは俺なのにまだそんなことを考えている。
俺にふれる(名前)の手に、やめろと言い放つことはできなかった。もう何も残っていない自我の内側に入り込む指先が、愛にも似たぬくもりを塗り広げていく。かつては大切なものが置いてあった心内空間の空虚に、あなたのやわらかな気配が充満する。それが心の底からうれしくて、心地よかった。ああ。
「おまえのしたいように、愛してくれ……」
夢の中でするキス。夢の中で放つ愛の言葉。夢の中だ、明日起きたら何もかも忘れているだろう。しかし、くちびるを離したあとの吐息の目。くっつきたがる舌の液の目。
すべてが俺を肯定してくれる、俺を通り抜けていったあわれみが、あなたのさわるところへ蓄積して沈殿していく。
自分に安息などあってはならないとわかっていて浴びる寵愛は、心をとろかしてだめにしてしまうものだ。とろかされた心が鋳型にそって、またあなたをかたどる。
これじゃあ繰り返しだ。
あなたを奪うなら、あなたに奪わせるのなら俺は。すぐにでもこんな夢から覚めなければならないのに。
そうわかっていながら浴びる寵愛は…………