短編
おなまえ
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その日は雨だったんだ。
道の端に、蝶の羽が落ちていた。片方だけの、碧い羽。雨と泥にまみれて潰えた美しさは、暗く光をたたえて俺を責めるようだった。心底気持ちが悪い。吐きそうなほど歪む視界。水たまりに眩んだ街灯がつくりものの心を映し出す。
あなたの笑顔を思い出した。
最悪だ。
俺がどうしたって何も変わらないんだ。あなたの心はもう絡め取られちまっているんだ。あいつに向けた笑顔だけがただ輝いていた。
消耗品の愛に甘えるあいつを馬鹿らしいと思いながらも、俺だって、まったく完全に、愛に狂っちまっているのを解っている。ああ、ほんとうは、人間が生きるのには愛なんて必要ない。俺は、呼吸をするようにあたりまえに、おまえのことを愛している。
瞬きのたびに睫毛から雨水が伝う。体温が奪われるのを感じる。この冷たい指先であなたに触れることができたなら、…そんなことは有り得ないのに。
愛の名の下にうそをついても、それはきっとただしく有るだけなのだ。
俺の脳を占拠するあなたはまるで侵略者だ。なにもかもおまえで埋め尽くされる。それは花が咲くような美しい感情なんかじゃあない。泥みたいに濁った、うす汚い愛の像。手は届くのに掴めない甘やかな幻想。
「プロシュートさん。傘ささないんですか?」
俺のとなりであなたが笑う。
「なら、わたしも雨に打たれようかな」あなたは傘を閉じた。
恋をしているようなつくりものの笑顔は、いやに脳裏に焼きつく。心臓に巣食う病、もとい愛をもとめさまよう俺の後ろ姿は、随分と弱々しく、しかしその檻からは逃げられないで、依存へただ、堕とされる。あなたの濡れた髪から目が離せない。街灯のあかりが、僅に、あなたの鼻や唇を照らす。
かなわない。何もかも、かわらないまま侵食するように俺を殺す。弱い俺を知ったなら、おまえは笑うだろうか。
息を吐く。死んだ蝶の羽は、どこかへ消えてもう無い。
「きっと帰ったら、リーダーがびっくりしますね」
その細められた眼の、うっそりとあまい幻だけが、欲しいのだ。
(そんな顔をされたら、もっとおかしくなりそうだ)
胸をさすゆるやかな痛みは、俺の脳髄を徐々に覚醒させる。「……、ああ、」
俺はひとりで雨に打たれていた。頬はずいぶん濡れて、息を吸いこむ。
あなたの声は、あっちへ消えてもう無い。