短編
おなまえ
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「ほら。熱いからわたしが冷ましてやろう」
スプーンにすくったそれに息を吹きかけて、あなたになるだけ濁りのない微笑みを向ける。
彼女の口許に運んでやると、恐る恐るといったようすで愛らしいくちびるを開いた。しかしすぐに、うまく咀嚼できず口のまわりを汚す。
「ああ、こんなにこぼして……」
「うん。あはっ」
赤子のように衒いのないあなたの笑顔はとても、とても。くるおしいほどに世界のすべてだった。こぼれた料理を拭うわたしは確かに彼女の母だった。
あなたがこうなってからもうひと月、いや、ふた月だったか?…
ともかく彼女は幼く、誰よりも純粋に、成った。楽しくて笑い、悲しくて泣き、気に入らなくて怒り、そしてなにもかもを受け入れる。
わたしはそれを穢したくないと思うのに、それなのに、わたしと同じところへおちて来て欲しいとも思うのだ。
自己愛がゆえの矛盾だ。わたしたちは狂っているのかもしれない。
それでもよかった。
おまえのそばに、わたしは『いなくてはならない』のだ。
何を犠牲にしてでも。
神を犠牲にしてでも。
「ほら。愛してるをしよう」
「あいしてる。」
彼女はいつだってわらってわたしの言葉を復唱する。そしてやわらかい唇がわたしを喰む。蝕む。教育の愚神礼賛。そうしているうちにせつなくなってわたしは、あくまでも遠慮がちに彼女の肩を抱き寄せてこどものような仕草でもういちどをねだる。
母性と相反するその行為は果てなくナンセンス。
残り少ない良心が砂のように崩れてゆく。そこから腐敗してもうなにも考えられなくなる。
ぐずぐずにとけ合う。蠱惑に勝てずに。わたしはあなたの母であって、しかし成長を望んではいない。その義務を果たす必要も無い。
このこども部屋でもうすぐにでも、ただの黒いふたつの染みになるだろう。
ふたりは何処へも行くことはない。地獄ゆきはとうに確定していたし、小夜にまぜるあたたかいミルクは、どちらでも無いふたりの隙間に入って消えた。
それが嫌なのでわたしはもっと望む。もっとを望む。
しらない、なにも知らないおまえのことをすべて知ったならば、わたしは、この子どもをまだ愛してやることができるだろうか。
「……おかあさん。」
「ああ。」
「………かえりたいよ。おかあさん。おかあさん。どこ?」
もうずっと前から狂っていた。あなたの目をやわらかく塞ぐ。
それでキスをしてまた、この夜を無かったことにした。