短編
おなまえ
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わたしと彼女は影だらけになった公園の隅っこで、それ自体が罪であるかのように密やかな待ち合わせをしていた。あかあかと空に光の穴をあける月に寒々しさはなく、むしろ目を伏せて歩きたくなるほどこの夜の色に似合っていない。
あなたはごくわずかにずれたマスクを丁寧に直しながら、ブランコに座って待っていた。
………
彼女はインターネットの無限欲望地獄にまんまと呑まれ、蝶や花はおろかわたしにも触れたくないという。
そう言い放った口で誰が作ったかもわからないファストフードをほおばるあなたは、だれよりも怠惰な幼気だった。
「顔とか頭もよくないし、なんの才能もないから。
わたしがさわるとよごれてしまう」
と、顔も知らない誰かたちに目を遣りながら彼女は呟く。
たかがブランコの隣の鎖が、向こう岸のようにつかめない。
彼女の許可がないからだ。
おそろしいほどこの子に忠実なこの身を俯瞰で見ている自分もまた、おそろしいほどにあなたの「抱きしめてほしい」を待っていた。
「そんなことはないと言ってほしいのか」
「ううん。どうでしょう……」
あなたは携帯に表示されている時間を気にしながら言った。わたしたちがとどまっているのが永遠ではないのだと、このときようやくわかったように感じた。
すごくつまらないことを言うとすれば、あなたの悩みは些事中の些事だった。知らない人間のことなんかどうでもいい。どうでもいい人間の中であなただけが、わたしには珠のように大切に思えた。
「わたしにふれてくれますか?」
ああ。
たがいのマスク越しにくちびるが重なる。くぐもった吐息どうしが常識外の領域でふれあって、伝播する。まばたきをするだけでゆれる空気の共鳴が一致したたった一瞬で、とばりの下りたようにあなたしか見えなくなった。
ぬかるみに没したはずのらせん階段の底から、海のような血潮がうねりくる。解熱できない温度のくちびるは言葉よりもこれを求めていたのかもしれない。
「あなたがふれてよごすのは、わたしだけでいい」
遊歩道がどろどろに沈んで、街灯や信号機がこちらを覗き込むように首をかしげている。光芒を逸した空とこれ以上濁りようのない人々の足音が潤みながら曇っていくのを、視線からはずして歩く。
真夜中になってようやく荼毘に付した虚飾と、俗世におぼれるほど依存するわたしたちの生活の変拍子が、あしたもずっと続いていくように。